第12話 二人は占う

「これでいいのか?」

「うん。……ちゃんと伝わればいいけど」

「あいつとちがって、愛栖は勘がいいからな。大丈夫だって」

「ずいぶん自信あるのね 、愛栖ちゃんのこと、信頼してるんだ」

「そりゃそうさ。俺の親友の一人だし」

「私は?」

「……たった一人の、大事な、……とだよ」

「え? 最後までちゃんと言って」

「大事な人だよ!」

「……ふふふ」

「ふ、はは。ははは」

「うまく、行くといいね」

「行くさ。俺たちの大事な親友たちだからな…… で、のこり一周弱、どうする?」

「……」

「……」

「なんか言ってよ」

「いや、たぶん怒るから」

「じゃあ、特別に怒らないで聞いてあげる」

「……もう一回、したい」


 ◆◆  ◆ ◆


 イベントの後、設営グッズや売れ残りの本を車から下ろした後、俺たちは美鈴さんの運転で家まで送ってもらった。

 ほぼ運転し通しだったにも関わらず、本人は涼しい顔だ。

「もし興味が出たら、また連絡して」

 と、連絡先を交換した。

 家につくともうすっかり夜中で、俺は疲れもあって風呂にも入らずベッドに飛び込んだ。久しぶりの布団の感覚は、数分もしないうちに俺の意識をまどろみの奥底へと誘っていった。


 ぐず。ひっく。

「どうしたの?」

 ぐず、ひっく。

「なかないで」

 ぐず、ひっく。

「……おお、『とらっぷしすたー』よ。まっていた。あなたたちがくるのを」

 ぐず…… ひっく。

「せかいは、きっとへいわになる。そなたたちのかつやくを……」

 ぐず……

「かつやくを…… きたいしている!」

 ず……

「さんとらっぷ、みてる?」

 すん、こくり。

「ぼくも」

 ひっく、すん……

「おもしろいよね」

 すん、こくり。

「あ、そうだ」

 がさがさ。かきかき。

「はい、げんきになるおまじない、かいた!」

 ……すん。

「へへ。わらったほうがいいよ!」

 ……にこ。


「……ん?」

 ふと目が覚めた。

 外はまだ暗い。スマホを見たら午前三時。……到着時にすぐ寝たとしてもざっくり三時間程度はいた計算だ。

(昔の、夢だった? かな)

 幼い頃の記憶。『あの子』と話した、数少ない記憶。

 本当はもっと話していたかもしれない。

 本当は全然会話が成り立たなかったのかもしれない。

 本当はもっと話したかったのに。

 本当は全然その気はなかったのに。

 まだ物心がついたあたりの記憶とと言うのは、えてして鮮明に覚えていないものだ。何故なら、語彙力や自身の正確な感情の把握ができておらず、それらを今の段階で言葉にすることが非常に難しいからだ。

 人によっては記憶野への保存方法が異なるから一概に言えない、などいう人もいるが、万人がそうではない事象を取りあって議論すること自体がナンセンスである。

 どうだったか、どう思ったか。

 それだけをかいつまんで言うなら。

 『懐かしい』

 今は、それ以上の感情を自身が受け取ることはなかった。

 少し前はどうだっただろう。

 これから先は、どう変わるのだろう。

 過去の自分は、確かにあの笑顔をもっと見たいと思っただろう。だから声優になりたいと、今も続く目標ができたきっかけとして自分の記憶に刻まれている。

 これから先、自分が声優となった後。

 果たして、目標を達成したその後。自分は何を目標に生きていくつもりなのか。

(……だめだ。寝よう)

 俺は頭の思考の整理を放棄し、もう一度からっぽにすべく眠る選択をした。

 どうせ、明日になったら忘れる。忘れるということは、どうでもいいことだ。

 そう、言い聞かせて。


 ◆ ◆ ◆◆


 年末と言うのは、実家に住む未成年にとって都合のいい親の道具となる以外の存在価値を抹消される。

 特に力仕事などに駆り出される可能性の高い男子はその権利を十二分に発揮され、一日中クタクタになるまで使いまわされる。

 俺もその例に漏れず、やれ大掃除の家具移動や痛んだふすまの貼り替えなど、一日が二時間で終わる間隔を数日味わった。

 そう、気が付いたら年が明けていた。

 いくつか見たかった番組は予約録画していたものの、消化はもっと先になるだろうなと懸念していた所に、数日ぶりのメッセージ着信がスマホに届く。

『初詣行こうぜ!』

 短くも簡潔に記載された櫂からのメッセージに微妙な違和感を覚えつつ、指定された地元の小さな神社へと足を運んだ。

「おー、あけましておめでとうございます! 今年も、ずっと、よろしく!」

「あ、今年もよろしく」

 満面の笑みで新年のあいさつをしてくる親友に、若干そっけないなと自覚しながら短く返す。

「今日はちょっといいものが見れるぜ」

「へえ、どんな?」

「まあ、もう少ししたらわかる」

 やけにもったいぶるな。なんだろ。珍しい。

「あ、もう来てる。あけましておめでと…… っと、姫がまだか」

「愛栖! おめでとう!」

「あけましておめでとう」

 愛栖ちゃんとはあの年末以来あってない。

 なので、何となく会話につまりそうな気がして櫂の隣からすこしそっけない挨拶をする。

 少しして、乾いた木の音が特定のリズムを響かせながら近づいてきた。

 下駄の音だ。

「あ、みんな。あけましておめでとう」

「!! どうしたの姫!」

「きたきた!」

「あ、あけましておめでとう…… 加奈ちゃん」

 加奈ちゃんは、振袖を着ていた。

「ちょ、ちょっとね」

「姉貴のおさがりなんだ。成人式の時に来てた着物を着せてもらってて」

「わ、私はいいって言ったんだけど」

 確か、櫂には少し年の離れたお姉さんがいるはずだ。その人の事だろう。もう成人式も終わってたっけ? にしては。

「イメージっていうか、立ち振る舞いがもう純日本人」

「きれい。かわいい。素敵!」

「は、恥ずかしいな、何でみんな呼んだの?」

「こういう縁起物は、皆で見るべきだ! これからの俺たちの恒例行事にしていきたいし」

 彼女自慢…… っていう思考は櫂にはないな。単純に喜びを共有したいってところだろう。まじまじと見るのも悪いが、俺はとある部分がちょっと気になった。

「胸が苦しそうだな」

「保、それは姉貴に言うなよ」

「保くんサイテー」

 二方向からブーイングが届く。

 いや、着付けの問題なのでは? と思ったが、当の本人からはまた別の文句を頂いた。

「保は、他に見るべきところがあるんじゃないかしら?」

 一瞬分からなかった。もう少し加奈ちゃんをよく観察する。

 俺が着物の良さ何か分かるわけないだろ、と思っていたら、加奈ちゃんからアイコンタクトが届く。それによると『私じゃない、そっち』と解読できた。

 その方向を見ると、愛栖ちゃんがいる。……え、こっち? ともかく自然と俺の隣に来ていた愛栖ちゃんをよく見る。

 いつものサラサラのショートヘアー、太めの黒縁メガネは相変わらず。水族館にいったときにつけていたリップは今日はない。服装に目を移すと、丈の少し短い茶色のコートに、中身はクリーム色のセーターにジーンズ生地のロングワンピース。

 セーターは少し首が良く見える広い口のもので、少し寒そうにも見えた。

 ……あ、俺が送ったネックレス、つけてくれてる。

 俺がそれネックレスに気が付いたことに愛栖ちゃんが気が付いたのか、一瞬視線を外すべく顔を俯かせたあと、目だけをこちらに向けてきた。

 俺は何も言わず、再度加奈ちゃんを見ると「言って差し上げろ」とアイコンタクトが来る。なんで俺があげたプレゼントをご存じなんですか?

 と言うか、微妙に言葉に詰まる。

 遊園地の帰りにそのまま帰っていれば、きっとすらすらと言えたと思う。

 今は謎のモヤモヤが胸を支配している。なんなんだろう。いや、好きとか嫌いとかの次元の、少し前。子供っぽい感情かもしれない。

 俺は何か言わなきゃ、と視線を愛栖ちゃんの首元プレゼントにもう一度戻す。

 今度は余裕がある観察なので、視界が広く持てたせいか、ある事に気が付いた。

 愛栖ちゃんが、震えてる。

 ……多分、俺にネックレスを見せたいがために首元が広い服を着てきたんだろう。

 俺は迷いなく自分のマフラーを取り、愛栖ちゃんに巻いて上げた。

「あっ」

 愛栖ちゃんは小さく呟く。

「ごめん、寒そうだったから」

 ついでに小さく、愛栖ちゃんにだけ聞こえるように呟く。

「櫂たちに見られないように」

 そう言いながら、俺もマフラーを外したことで目立ちそうになったもらいものネックレスを服の下へと逃がす。

 俺はお互いのがちゃんと隠れたことを確認すると、もう一度加奈ちゃんを見る。

「50点」

 謎の採点を頂いたが、赤点ではなかったのでそれ以上話題を掘り下げるのはやめた。

「じゃあいくか」

 俺たちは当初の予定通り、神社に向かう。

 地元の小さな神社とは言え、この時期は非常に混んでいる。一応それなりの販売コーナーもあり、お参りを済ませたあとは恒例のおみくじを引くことになった。

「よいしょ、よいしょ…… えーと、34番」

「ほいほいほーいの、からの、4番」

「わ、た、し、は… 23番」

 加奈ちゃん、櫂、愛栖ちゃんが引いた後で俺が引く。

「今年は…… 71番」

 俺は受付で番号を申請し、おみくじをもらう。

「保、なんだった? 私は中吉」

 加奈ちゃんは自分が引いたおみくじを見せてくる。

「待ち人、隣に、か。あってるあってる」

「俺は小吉。恋愛、気を付けるべし! 深いなぁ」

 櫂も見せてくる。恋愛以外も見ればいいのに。

「私は大吉!」

「お、やるじゃん愛栖」

「健康、奢らず注意で問題なし。金運、出費すれど増えて戻る。恋愛……」

 俺は意識を耳に集中する。

「怪我の功名? 悪運が福運に、だって」

「バッドイベントがグッドイベントに変わるてことじゃね?」

 櫂がフォローに入る。

「悪くはないんじゃない? 要は叶うってことで」

「じゃあ、俺も見てみるか」

 もらってきたくじを開く。


 運勢:吉

 願事:叶うが理想に遠し

 待人:意外な人が来る

 失物:既にあり

 旅立:自分以外が去る

 商売:儲からず

 学問:今が力のつけ時

 病気:周りに注意

 恋愛:遠くより来る


「まあ、吉だし、そんなもんじゃないか?」

 横から覗き込んでいた櫂が声をかける。

「吉なの? 残念でした~」

 たしか中吉って吉より下じゃなかったっけ? っていう言葉を飲み込む。今の二人へマイナスの言葉をかけるべきじゃない。

「交換しようか?」

 愛栖ちゃんが気を利かせて声をかけてくれる。けど、交換してもそれはそれで意味がない。

「大丈夫。全部が悪いわけじゃないし」

 ただ、少し気になる。

 恋愛の『遠くより来る』

 ……近くじゃないのか。

 なんとなく、その一文だけが妙に頭にこびりついた。

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