第9話 二人は贈り合う

 クリスマスイブ。

 俺たちは、例年通り四人で過ごす。

 去年は流石に勉強会を兼ねていたが、今年は別の意味で特別だ。

 あの櫂と加奈ちゃんが付き合っている。

 男として羨ましくもあるが、同時に友としてうまく行って欲しい。

 それは、中学からこの輪に入ってきた愛栖ちゃんも同じ思いらしい。

 普段は「姫、姫」と加奈ちゃんを追っかけまわしているが、櫂が告白した日から少し離れた位置で二人を見守って…… はやし立てている? どっちだろう。

 少なくとも、仲を引き裂こうと動いてはいないので、そこは安心していいだろう。

 以前に櫂とネックレスを買いに行ったときと方向は同じだが、その時よりも少々短い距離を電車で移動し、目的地であるタヌキングタワーへ到着した。

「うっわ、まわりカップルだらけ……」

 俺は一応事前に予習をしてきた。

 結構地元とは言え、このアミューズメント施設は付近の他府県からもカップルが利用している。

 その目玉は日本最大の観覧車『ゲッスー118』だ。

 この観覧車は人が乗れるカプセルが36個。それぞれ4人乗りだ。

 お気づきの方もいるだろう。そう、人数が合わない。

 普通に計算すると144人乗れるのだが、設計上この人数を乗せることができなかったらしい。

 ならどうしたか。二人乗りのカプセルを増やしたんだそうだ。

 普通ならばマイナスイメージなのだが、これを「恋人限定スポットとして売り出そう」という作戦が見事大当たり。

 かくして通常ならばブーイングともなりえる弱点を「特別な空間」として売り出したタヌキングタワー経営者の手腕によって、カップルたちの聖地と呼ばれるようになったわけだ。思わず予想を超えるカップルたちについ悪態をつくのも仕方のないこと。

 というか、そういう意味ではこの週のチケットはとてつもなく高価なものだ。

 譲った側は家族と言う話だったけど、なんだか本当かどうか怪しく感じる。まさかそれも口実とか…… まさか。

「ほい、じゃあチケット渡すぞ。愛栖ちゃん、保、……加奈!」

「わーい、プラチナチケット~」

「さんきゅー」

「あ、ありがと」

 愛栖ちゃんはこのチケットの価値を十二分に理解している。

 俺には過ぎた価値の物だが、最も今必要としているのはもちろん加奈ちゃんだ。

 今日ここでこのチケットを受け取る意味を、彼女は重々理解している。

 俺と愛栖ちゃんに課せられた使命は「いかにこの二人を恋人専用カプセルに載せるか」だ。

 軽く目配せをした俺たちは、いざ鎌倉とばかりに受付へ行き、入場ゲートをくぐっていった。


 ◆◆◆◆


 いきなりクライマックスの観覧車へ行ったんでは情緒も減ったくれもない。

 まずは優雅にメリーゴーランド。

 これも、小さい子供の集団ならみんなが乗ってハイおしまい、ではある。

 が、俺たちは高校生だ。

 手にはスマホもある。

 と言うことで、じゃんけんで一人だけが残るようルーティンを組んで、回っている三人を外から撮影する、というのを四回全員分行う。

 この日は子供連れのお客さんも少なく、俺たちがほぼ貸し切り状態だったのでスムーズに撮影できた。

 一番はしゃいでいたのは、加奈ちゃんが撮影順番だったときの櫂だった。あれは図体のデカイ小学生だ。しかし、撮影している加奈ちゃんはむしろお母さんのように笑顔で撮っていたから、あながち二人とも楽しかったに違いない。

「なんで乗って回るだけで楽しいんだろうな」

「いないいないばあ、の法則だろ? 回ってきて知ってる顔があると面白いっていう」

「あー! 確かに! でも加奈と一緒に馬車の客車乗ってるときも楽しかったぞ?」

 それは別の楽しさだと思う。広い意味では間違ってないけどな。

 一通りの撮影が終わったら次はお化け屋敷。

 うん、定番っちゃあ定番だけど、この場合俺と愛栖ちゃんがペアになることになる。

「……と思ったら、何で男女で分かれて入るんだよ!」

「いやぁ、別にそれぞれでもいいんだけど、ベタすぎるだろ? かと言って俺と愛栖が入ったらコトじゃんか」

「今更加奈ちゃんが愛栖ちゃんともめるようなことは無いと思うけど、変なところでサービス精神出さなくていいんだよ、普通で……」

「逆にさ、俺がこうして保と一緒に遊園地くるなんて機会、もうないかもしれないしさ」

「……なんだよ、急に湿っぽい話して」

「それより、観覧車に並ぶときの話なんだけど」

 あ、そうか。それでここは俺と入ったのか。

「例の観覧車の仕様、知ってるだろ? できれば加奈とは二人用のカプセルに入りたいと思ってるんだけどさ」

「分かってるよ。俺も少し予習はしてきてる」

「話が分かるな! 親友よ!」

 コイツが加奈ちゃんと付き合いだしたころの、茶化して言う「親友」が最近聞く本当に困った所を助ける「親友」へと価値が微妙に変わりつつあるんだが、櫂はそれをわかっててやってるのかそれとも心の底から意味が変わってきているのかちょっと悩む。今の櫂は、助けないと本当に空中分解しそうなくらい危なっかしい。

「一応、ギリギリで俺か愛栖ちゃんがトイレに行って、残った方がはぐれないようにって追いかける作戦でいる」

「ふんふん、なるほどな。じゃあ俺はそれについて行かないようにトイレをちゃんと済ませておかないとな」

 そんな会話をしている横では、いきなりやしろの扉が開いて赤く光る人魂が飛び交ったり、突如天井から冷気とともに白装束の女性が降ってきたりしてきたが、これから始まるミッションに比べれば全く気にならない。俺たちのミッションの失敗の方が、何倍も何十倍も怖い。

「プレゼント、ちゃんと持ってきてるよな?」

「ああ。家から出るとき、電車から降りるとき、んで今もちゃんと胸ポケットにあるのを確認している」

 確認しすぎでは?

 ……ともあれ最後の最後でしくじらなければ、後は流れと勢いだ。

「うまくやれよ」

「……ああ」

 生唾を飲み込む音がする。部活の試合ですら櫂のこんな緊張した顔を見たことは無い。

 まあ、うまく行けば一生ものだからな。

 頑張れ!


 ◆ ◆◆◆


 あの後もいくつかのアトラクションを楽しんだ後、俺たちは残す観覧車へと向かった。

 待機列に並ぶまでのあの不思議な緊張感。

 並んだら並んだで、いつ声をかけようかとの目配せが、幾重にも展開された。

(愛栖、いつ言い出すんだ)

(まだ前に何人も並んでるでしょ?)

(このまま並び続けると、私たちはちょうど四人カプセルに座ることになって……)

(ちょっと櫂は前を見たほうがいいんじゃないか?)

(あと五組か。さりげなく加奈の横に立っておいて……)

(はたから見ればもう立派なカップルだよなこの二人)

(いいなぁ)

(こ、こここの辺で手を繋いでおけば係員さんも気を利かせてくれたり……)

 密着するほどの距離を櫂たちが作ったあたり。

「あ、ジュース飲みすぎたみたい」

 ミッション「愛する二人は密室密着大作戦」開始の狼煙があがった。

 愛栖ちゃんが軽くもよおした仕草と、上目遣いに困った顔を加奈ちゃんに向ける。

 次の役割は俺だ。

「だめじゃん、ここで抜けたら迷子になるぞ。俺も一緒に行くよ」

「もう、だめじゃん。さっき行けるタイミングがあったのに」

 加奈ちゃんが愛栖ちゃんに声をかける。気のせいか、少し嬉しそうに。

「ごめんね、姫、保くん」

「ああ、先乗っておくぜ」

 ちょうど俺たちのすぐ後が三人家族。自分たちが乗るはずだった四人用カプセルを譲って次にくる二人用のカプセルに、櫂たちが乗る……

 それを見届けられないのは残念だが、逆にそれは成功の証とも言える。

 うまく行ってくれ……っ!

 一応、愛栖ちゃんと俺は口だけではないことも見せないといけないので最寄りのトイレまで向かう。

 俺もそのタイミングにトイレを済ませ、愛栖ちゃんが戻ってくるまで外で待つ。

 あたりは夕焼けから夜に変わる時間だった。

 一番星も仲間を連れてきており、賑やかな夜が始まろうとしていた。

 近くのベンチには既に目を向けられない状態が展開され、なんとなく居心地が悪い。

「もういいかな?」

 トイレの出口からひょっこりと愛栖ちゃんが出てくる。

「うん、観覧車もそこそこ回ったし、大丈夫じゃないかな」

 既にカプセルは五、六組を連れて空へと散歩を始めている。あのいずれかに、親友と幼馴染がその距離を一層詰めるべく、戦いに赴いているはずである。

「じゃあ、待ちますか」

 俺たちは、奇跡的に開いていたベンチに並んで座った。

 数分無言で俺たちは観覧車を見守る。二人が見えるわけでは無いのに、妙にドキドキするのは気のせいではないだろう。高さは違えど、女の子と一緒に座っているシチュエーションは同じだ。

「保くんは、まだあの子の事、好きなの?」

 ふと、愛栖ちゃんが声をかけてきた。

 視線は地面で、マフラー越しで少しくぐもってはいたが、なんとなくはっきり聞こえた。

「幼稚園の、あの話?」

 愛栖ちゃんは、こくりと頷く。

「どう、かな。昔過ぎて。自分も幼すぎたし、きちんとした言葉で表現できるような感情じゃないのかも」

 というより、自分から積極的にあの時の感情を言葉にしては来なかった。

 いいような思い出に改変してしまわないよう、自分の出発点を恋愛感情に変換して妙な歪みにしたくなかったのかもしれない。

「自分のやりたいことの始まりみたいなものだし、純粋なきっかけ、なだけかな」

 そこで、俺はあることを思いだした。

「きっかけと言えば……」

 今日ここに来たきっかけ。二人のための舞台作り。そのときに買ったアレ。

 サイドバックをごそごそとまさぐり、小さな包みを愛栖ちゃんに差し出す。

「メリークリスマス。今年は交換会が無いから、直接俺からの手渡しだけど」

 櫂と加奈ちゃんへのプレゼントを買いに行ったときにこっそり俺も買っておいた。櫂ほどの高価なものではないが、友達に高価なものを送るのも変な話だし。

「え!? あ、ありがとぅ…… 開けていい?」

「もちろん。あ、でも櫂のと比べると安物だから」

 愛栖ちゃんは俺が渡した小さな包みをたどたどしく広げ、中を見る。

「あっ、かわいい。……蝶々?」

 細いチェーンの先に、蝶のモチーフをあしらったペンダントだ。

「ほら、愛栖ちゃんの小説によく蝶がモチーフのアイテムとか、出るからさ。なんとなく好きなのかな? って」

「……あ、ありがと(そういうトコ、よく見るなぁ)」

 愛栖ちゃんは大事そうにバッグに仕舞う。

「あ、じゃ、あの、私からも」

 バッグにしまうついでに、中から白い包みを取り出す。

「え、マジ?」

 ちょっと予想していなかった。

「私も、実はさ」

 そう、俺たちがあのアクセサリー屋で加奈ちゃんのプレゼントを買った後、愛栖ちゃんたちも同じ物を買うべく、同じ店に行っていた。

 今頃櫂と加奈ちゃんはペアになるよう購入しあったプレゼントを交換し合っているに違いない。

 俺が櫂の買い物に付き合った時に買ったように、愛栖ちゃんも俺へのプレゼントを買ってくれたということだ。

「はい、メリークリスマス」

「開けていい?」

「もちろん」

 しかし、受け取った瞬間から微妙な違和感があった。

 妙にデカイ。

 アクセサリーにしては、ちょっとした漫画の単行本くらいの大きさがある。

 恐る恐る手を入れると、すぐ指に何かが当たる。つまみ、出してみると……

「漫画? あ、これ! 『魔女騎士ブレイブウィッチ』の単行本2巻!」

 持っていない単行本。いや、愛栖ちゃんは確かに何度か俺の家に来たことがあるからそれは知っているが。

 俺は「まさか」がよぎったが、それは本をよく見ることで一瞬で消え去った。

「あたら、しい?」

 そもそも『魔女騎士ブレイブウィッチ』は人気が無くて5巻で終わってしまった漫画。その後同じ作者が始めた作品が大当たりしたのもあって、ブレイブウィッチ自体は重版がかからなかった。俺が昔例の子にあげてしまったあと買い戻そうと探したが、一向に手に入ることは無かった。古本屋にすら並ばないくらいの人気の低さだったのだ。もちろん、その新しい作品が、『サントラップ伝説』になるわけだが。

 なので、古本だとしても嬉しいし、なぜかとても新しい。まるでつい先ほど買ってきたかのように。

 だがよく見ると、本屋で買ったようなパッケージではなく、後から市販のフィルムでリパックしてある。もしかして、コレクター品?

 一瞬あの子が愛栖ちゃんか? とも思ったが、それならもっと劣化しているはず……

「あ、それは、おまけと言うか、本命があって」

「え、そうだった?」

 俺は再度包みをがさがさと漁る。恐らくバッグの中に入れてるうちに漫画の下敷きになったのであろう小さな箱が出てきた。あのアクセサリー屋の箱だ。

「ふふ。四人とも同じお店で買いそろえちゃいましたねぇ」

 確かに、と思いながら箱を開ける。そこにはある花びらがモチーフのネックレスが入っていた。

「……さくら?」

 俺は、脳裏に不思議な違和感を覚えた。

 しかし、うまく言葉にならない。

「嫌だった?」

「いやいやいや! そんなわけない! めっちゃ嬉しいって」

 それは本心だ。

 慌てて箱から取り出し、早速つけてみた。……ていうか、つけるの難しくね?

「あ、つけてあげるよ」

 愛栖ちゃんが身を乗り出し、俺の首後ろに手を差し入れる。……ち、近くないですか?

「うん。かっこいい」

 慣れているからか、スッと付けて離れた愛栖ちゃんが一言。ネックレス一つでそう変わらないと思います。

 と、ここでスマホが鳴る。メッセージだ。送信主は櫂。

「え、櫂からメッセージ?」

 何かあったのか? まさか失敗か?

 俺は恐る恐るメッセージを開く。


『すまん、ミスった』


「え……?」

「櫂くん、なにかあったの?」

「なんか、ミスしたって」

「え! 嘘でしょ!」

 そんな、馬鹿な!

 だが、俺は瞬間的に冷静になる。

 隣に加奈ちゃんがいる状況で、悠長にこんなメッセージを送るはずがない!

 ドキドキしながら次のメッセージを待つ。下手に何をミスったのか、怖くて聞けない。


『降り損ねた。先帰ってくれ』


 全身から力が抜ける。

「……帰ろうか」

「そうだね」

 いつの間にか、俺のプレゼントを首から下げた愛栖ちゃんが立ち上がり、俺の前で手を差し出していた。

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