第8話 二人は購入する

「さすがに、本人にお伺いをたてるのはどうかと思うんだけど」

 櫂からの相談の翌日に愛栖ちゃんへ相談を持ちかけたのだが、彼女自身もわからない要素が多くあったため改めて後日『最高顧問』を呼んで話し合うと言われた。

 その日はちょうど二学期最終日で終業式のために午前で学校が終わり、近くのカラオケボックスで待ちあわせてみると、まさかの本人登場だった。

「二人の話なんだから、両方から要望を聞き取りするのは自然な流れだと思うの」

 もうサプライズとは言えない。すまぬ櫂よ。

「まあ、少しは気がついてたけどね。あんな高いチケットをさらっと出したり、二人っきりは恥ずかしいからって保たちを呼んだり、それでも、その、目的のために相談をするあたり、らしいっていうか」

 加奈ちゃんが早口でまくし立てるときは心に余裕がないときだ。理路整然と言葉を並べることで自分の正当性を強く念押ししたいという意志がこもっている。つまり、嬉しいけど恥ずかしいということだ。

「加奈姫さま。彼からもらう初めてのクリスマスプレゼントは何をご所望されますか?」

 さすがの加奈推し愛栖ちゃんも、この辺の扱いは慣れたもの。いきなり核心をつく。

「は? は? いや、ちょっと待って……」

 動揺を圧し殺すように深呼吸する加奈ちゃん。大丈夫。緊張と気持ちはもういっぱい伝わってますから。

「……そうね、無難なところでアクセかな? ずっとつけていられるのがいいかも」

 まあ、定番っちゃあ定番だな。

 うちの学校も偏差値が中途半端に高いから多少のアクセサリーも学校側は見ない振りだ。生徒もその辺はわかっていて、そもそもそんなに目立つものをつけてくる者もいない。

「指輪、ブレスレット……」

 男が思い付くのはその辺だ。

「ピアスもいいと思う。絶対似合うって」

 愛栖ちゃんが加奈ちゃんの耳たぶをすりすりしながら提案する。なるほどな。イヤリングは大きすぎるから小さなピアスなら目立たないし。

「あ、ピアスはダメ。穴開けてないし」

「あー、そっか。でも絶対かわいいよ? 櫂くんの買ったピアスがずっと耳につくんだよ?」

 すりすり、すりすり。

「ダメ。つけたの忘れて寝ちゃいそう」

「ほら、姫は髪が長いからちょっと工夫すれば他の人から見えないし」

 すりすり、すりすり。

 むう、なんだか入っていけない雰囲気だな。

「でも、部活の時外さないと危ないから、結局は別のものがいいかな?」

「あー…… そだ、保くん」

「え、な、なに?」

 不意に呼ばれて変な返事を返してしまった。見とれてたの、バレてないよな……

「せっかくだからさ、二重スパイしてよ」

「二重スパイ……?」

 愛栖ちゃんはニマっと笑う。

「お互いが送るクリスマスプレゼントで、お揃いのものを送り合ったら、ロマンチックだと思わない?」

「お、いいじゃんそれ!」

「だからぁ、サプライズにならないでしょう!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


「ネックレス?」

 聞き慣れた電子音がスマホから流れる。

「そうそう。有名ブランドでさ、一万円以内で誕生石入るやつがあるらしいんだけど」

 結局、一番目立たず一番長く使えて一番無難なネックレスを勧めるように、と二人から念押しされた。スケジュールも押しているからその日の夜に櫂と連携を取る。

「この辺じゃ売ってないから少し遠出しないとダメだけどさ、専門店だから種類も結構選べるみたいだからさ」

「ふん、ふん…… 悪くないな」

 なかなか提案は気に入ってもらえたかな?

「よし、じゃあいつ行く?」

「は?」

「は、じゃねぇよ。選んでくれよ、プレゼント」

 いやいやいやいや、流石にそれは自分で選べよ。

「選んでくれよ、じゃなくてさ、それは自分で選んでこそ、だろ?」

「保さ、俺のセンスを何だと思ってるんだよ」

 こいつ本当にこういうところヘタレてるんだよなぁ。

 いや、もしかしたらこういう所がモテてる理由なんだろうけどさ。もうモテても困るけど。

「もう日がないだろ? そんな状況で俺がまともなプレゼントを買える気がしない。な? 頼む!」

 柏手かしわてが一回聞こえる。お願いのポーズをされてもこっちからは見えねーよ。

 だが、ここまで想定内。

「わかった、明日の朝駅前集合な」

「親友! 助かる!」

 そう、ここも想定内。

 ボイスチャットが切れると同時に、スマホをたたた、と叩く。

『予定通り。明日よろしく』


 ◆◆ ◆◆


 翌朝。最寄り駅の券売機前に到着と同時に櫂がやってきた。

「おわ、遅れたか?」

「いや、マジでちょうど来たところ」

 二人とも、男同士と言うこともあってラフな格好だ。

 そろそろ冬も本格的になってきて、着込むことが多くなってきた。とはいえ鼻が弱い櫂はいつもダウンジャケットを嫌う。厚手のジャケットが彼のトレードマークだ。

 下らない服装の話をしていると乗るべき電車が来るアナウンスが駅構内に流れ出す。言われるままに隣の県までの切符を買って遅れる前にとっとと乗車してしまう。

「電車で移動するのも、なんだか久しぶりだな」

「特に出る用事ないしな」

 俺はスマホをたたた、と叩く。

 数行の入力を済ますと、また櫂の方へ向き直る。

「で、何買うか目星くらいはつけたのか?」

「ネックレスだな。最近漫画も読まなくなったからちょっと小遣いに余裕があってさ。一万円前後なら予算内」

 おっと、意外。もう少し高くなるものだと思っていた。

「低くない? クリスマスプレゼントだぜ?」

「ばか、高校生で、付き合いたてだろ? 高い買い物したって重たいだけだ。……って、ネットに書いてあった」

「なかなか、勉強してきてるな」

 正直感心した。

「だったら、俺に聞かなくてもよかったんじゃないか?」

「生身の意見も必要だろ? 意見の多角化は成功の鍵、ってな」

 んな言葉聞いたことねーわ。

 スムーズに走る電車は定刻通り目的の駅に着く。ここからメイン通りに向かって歩いて10分。目的のお店に到着する。

「……な、やっぱり保と来て正解だったわ」

 なんともおしゃれな外観。

 ガラス貼りのショーウインドウは女性をモチーフにしたマネキンに色とりどりのアクセサリーを施し、一見男性が入りづらそうな雰囲気を感じた。高校生ならなおさらだ。

 だが、店内をガラス越しに覗き込むと、意外とスーツ姿の男性や若いカップルが入店している。年齢や性別は関係なく利用されているようだ。

「ん~、よし! 行くぞ!」

 櫂は頬をパシッと叩いておっかなびっくり自動ドアをくぐる。俺もつい一拍遅れて店内へと侵入を果たした。

 店内は微妙に暗く、手元のショーウインドウが妙にきらびやかに輝いていた。商品をよく見せるための工夫なのだろうか?

「っと…… ネックレスは、と」

 櫂の言葉に一瞬来た理由を忘れていた俺は顔をあげて店内の奥の方から視線を泳がせる。すると、入り口から結構離れた場所に『誕生石コーナー』な一角を発見した。

「なあ櫂、ネックレスのトップはもう決めてあるか?」

「あ、ああ。やっぱハートじゃね? こう、左右で不均等になってて、ふわっ、としてるような」

 ああ、こういうところ幼馴染みだな。センスが似通ってるっていうか。

「じゃあさ、そこに加奈ちゃんの誕生石とか入ってると、ぐっと映えるんじゃね?」

 俺は予め目を付けていたコーナーへ櫂を引っ張っていく。

 確か加奈ちゃんの誕生日は5月。

 ……エメラルドだったな。

 売り場も俺のような客にあわせてか、大きく『5月・エメラルド』とPOPが掲げてある。良心的な店だな。

「よく覚えてるな、加奈の誕生日なんて」

 場所で察したのか、櫂もやって来てコーナーを物色し始めた。

 ただ、この店のアクセサリーは土台となるペンダントトップに宝石を嵌め込むタイプなので、ただ誕生石とアクセサリーの組み合わせた合計額が載っているだけだった。ちなみに櫂が考えていたハート型の土台にエメラルドをあしらった場合、ざっと15000円は必要なようだ。

「まあ…… 予算内ではある」

 大きく後ろのほうに予算を振った金額だが、シルバーとプラチナの土台にエメラルドを乗っけるのだ。高校生がつけるには十分な代物になるだろう。

「結構するもんだな。ネットの価格は所詮ネットの価格ってことか」

 俺も価格はある程度勉強してきたが、現地で見る価格帯はまた違うものだ、と思い知った。自分が世話になるときの参考にしよう。

「でもさ、これで喜んでくれるなら安いってもんだよな」

 ……こいつこんなに優しそうに笑ったっけ?

「じゃあ、店員さん呼んでくるわ」

 櫂が再度価格と組み合わせを確認して、この場を離れていく。

「それじゃあ」

 俺はスマホのカメラ機能を起動し、料金表と購入予定のペンダントを撮影する。

 櫂がこちらを見ていないのを確認しながら、スイスイとスマホを操作し、画像を納める。これでよし。

「こっちの、これなんですけど」

 おっと、櫂が戻ってきたから少し離れるか。

「あ、はい。プレゼントですね。誕生石のセットに15分ほど頂きますが、よろしいですか?」

「ええ、構いません。お願いします」

「それでは、お会計をお願いしますね。こちらへ」

 遠巻きに親友を見守る。

 彼女へのプレゼント、か。

 今の自分に縁のない話ではあるが、いずれは自分も買うのだろうか。

 その時、プレゼントを渡すのは誰なんだろうか。

 まだ見ぬ女性ひとか、もう知り合っている女性ひとか。

「いずれにせよ、もう知り合っている人には買っていいよな」

 15分の待ち時間の間、俺は店内を少し物色し始めた。


 ◆◆       ◆◆


「画像のやつって、これだっけ?」

「あ、そうそう。値段もこれであってるね」

「うわ…… 奮発したなぁ」

「それだけ、思いがこもってるってことじゃない」

「それ、思いじゃなくて重たい、じゃない?」

「えー、そんなこと言ったら可哀想だよ」

「ふふ。ごめんごめん。でもまあ、なんていうか……」

「愛されてるね~ まだ半年も経ってないよ?」

「知り合ってからの時間は膨大だよ。人生のほとんどが一緒だからね」

「あ、幼馴染みマウントだ」

「ふふーん、誰にもこの濃密な時間かこを超えることはできないのだ」

「ずるいな~ 私にもチャンスは来ないのかな~」

「本気、出せばいいじゃない。一発でメロメロになると思うけどな」

「むむ、またそういう意地悪を」

「私は応援するよ。そもそも、向こうだってまんざらじゃないと思うし」

「いまは! 姫の応援が大事」

「わ、分かったから、抱き付かないでって」

「それで姫は、どれにするの?」

「……これ」

「お揃いとは言ったけど、まんま同じやつじゃない?」

「いいの。チェーンの長さを変えてもらうから」

「あ、つまりペアかぁ」

「……」

「……かわいい」

「ね、かわいいよね。ハートのネックレス」

「姫がかわいいの。彼氏とペアでネックレス付けたところを想像して顔を真っ赤にしてるところが、かわいい」

「そんな事考えてません」

「今の間だけだよ? こうやって想像するだけで恥ずかしいくらい嬉しくなるの」

「そんなことないよ。私は今も昔もこうだから」

「昔から、櫂くんが好きだった?」

「……まあ、そりゃ、ね。愛栖ちゃんもでしょ?」

「ナンノコトカ、ワカリカネマスー」

「まったくもう…… じゃあ、私店員さん呼んでくるね」


「……あ、これ」

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