第7話 二人は画策する
文化祭も終わり、楽しかった学校生活は一転してお通夜ムードに切り替わった。
あとひと月もすれば二学期も終わる。その前にある恒例行事、期末テストだ。
「どっちかっていうと嫌い。でも、無いと困る。目標も何もないのは困るしね」
加奈ちゃんはまだいい。学年でも上位に入る頭脳を持っているから。
「俺も好きじゃない。無くなってもいいと思う。いやむしろ無くなってくれって思う」
櫂は俺より少し下。平均点は取るけどそれ以上は無理して狙わない。
「まあ、この国で生きていくにはこういった判断基準で上位を取らないと。企業も目で見える判断材料があった方が安心でしょ?」
至って冷静にテストの重要性を語る加奈ちゃん。
「さすが、勉強に前向きな人は言葉の重みが違うな、ね。愛栖ちゃん」
俺はつい茶々を入れる。
「うう~…… 今回もよろしくおねがいします」
俺たちの中で、愛栖ちゃんは一番点数が低い。いつも赤点ギリギリで補習を逃れるのが精いっぱいだ。
理由はいくつかあるが、本人曰く『小学校の基礎学力が微妙だから』とのことだ。
なんせ、彼女は小学校の授業をほとんど受けていなかったらしい。
小学校に入る前、両親が離婚したのをきっかけに母親と暮らすことになったのだが、その母親が
それを児童相談所に通報され、今は父親と暮らしているそうだ。
そんな彼女のために、テスト前は俺の家で全員そろってテスト勉強を行うのが中学からの習慣となっている。
もともとは俺と櫂の二人だけだったのが、秀才加奈ちゃん先生の指導のもとで行われるようになり、加奈ちゃんにくっついてくる形で愛栖ちゃんも参加するようになった。
櫂は今飲み物を切らしたので買い出し中で、今はなんとも場の持ちが悪い。
なにせ、今までと違う関係になったというか、こちらから切り出しづらい話になりそうでちょっと話題が迷子になってる。
加奈ちゃんがそんな空気に少々間を感じたのか、櫂にお金を渡すために鞄から取り出した財布をしまおうと手に取る。と、財布の中からぱさりと何かが床に落ちた。
「ん?」
「!」
あれは、もしかして……
「ち、違うの! これは、その」
財布からこぼれた小さなビニールの包みを、加奈ちゃんは急いで財布に戻す。
「え、姫たちはもう、そんな?」
愛栖ちゃんがつい聞いてしまう。あの、俺もいるんですが。
「ば、全然、そこまでじゃないし! そもそも、まだキスだってしてないんだから! こ、これはある種の…… その、『お守り』っていうか」
最初こそ慌てていた加奈ちゃんだったが、声は徐々にトーンダウンし、恥ずかしがると言うよりも妙に落ち着いた雰囲気になった。
「うちの両親ね、『できちゃった婚』なの」
加奈ちゃんは小さく呟く。
なんとなくそれぞれの親経由で聞いたことがある。本人から聞くのは初めてだが。
彼女はうつむいたままポツリポツリと話し始めた。
「母方の両親は『授かった命だから大事にしなさい』って言ってくれたらしいんだけど、父方の両親がママを目の敵みたいに嫌ってて、小学校のころから『もっといい嫁がいたはずだ』とか『孫に恵まれなかった』とか言われたの」
息子がかわいいあまり、どこの馬の骨とも知らない女にやるのが気に食わない、と言ってはばからない残念な親の言い分だ。まあ、そこそこ聞く話だな。
「だからね、私、そう言われないように頑張ってるの」
「姫……」
……そうか、普段優秀な振る舞いを続けていられるのは、そういう事情があったからか。
「櫂は、このことを?」
加奈ちゃんはふるふると、うつむいたまま首を振る。
「私だってさ、櫂だってさ、高校生だし、その、興味はあるし、何かのきっかけでそうなったときに、また私みたいな『望まれない子供』は生まれて欲しくないの。……だから、これは『お守り』」
「多分、大丈夫だよ。櫂もその辺は固い…… いや、鈍いから」
「それはそれで、私に魅力がないみたいだからヤダ」
加奈ちゃんは、財布ごと『お守り』を大事に鞄へと戻す。
「内緒にしておいてね」
無論、言うつもりもないし、頼まれても言わない。言えるわけがない。
「と言うことは、姫は櫂くんと『望まれた子供』が欲しいわけだ」
あ、加奈ちゃんの顔が今日一番に赤くなった。
◆ ◆ ◆◆
期末テストという一大イベントが終わると、大体の生徒は三学期に備えて色々と忙しくなる。
部活も文化祭が終わった段階で部長の交代が完了して新しい体制になるし、三年生は受験に向けてのラストスパートが始まる。
俺たち一年生もようやく高校生活に慣れてきたころなので、冬休みの過ごし方などを相談する者たちがちらほら現れる。
心配だった櫂と愛栖ちゃんは無事補習対象者圏外となった。むしろ愛栖ちゃんは平均点付近まで点数を取り、櫂を大きく引き離した。
「愛須ちゃん、やるじゃん! それに引き換えうちの彼ときたら……」
「うぐ! で、でも優秀な先生方のお陰で赤点と補習からは逃れられたし、素直に誉めていただいても……っ!」
「まあ、ね。よく頑張りました」
加奈ちゃんは櫂の頭をナデナデする。櫂もまんざらではないようだ。
……放課後わざわざ屋上まで来て、何をやってるんだ俺たちは。
「で、何のために俺たちをここに呼んだんだよ、彼氏さん?」
「ああ、忘れてた。オッホン!」
わざとらしい咳払い。
「見事全員を補習授業から救い出してくれた先生方の労をねぎらうべく、この『タヌキングタワー遊園地』入場券を進呈したいと思います! その数なんと、4枚です!」
タヌキングタワー遊園地の入場チケットとな?
「それ、結構高いチケットじゃないの?」
そうそう、地元の遊園地とはいえかなり高額な入場料を要求される施設で、一日四千円はするはず。それを4枚!?
「ふっふー。父さんの同僚が家族で行きそこなったらしくて、安く譲ってもらったんだって」
ナイス櫂の親父さん!
「ただ、使えるのが今年の29日までだから、なんとしても冬休みに時間を作りたかったんだよな」
30日からは大体の施設は年末年始の休業に入る。ここもその例に倣い休みに入るんだろう。大きなテーマパークとは言え田舎の施設はこんなものだ。
「なら、その前の土曜日とかでいいんじゃない?」
加奈ちゃんが提案する。
「加奈! わかってる! 俺もそう思ってた!」
櫂が激しく同意する。なんだってこんなにテンション高いんだよ……
「あ、もしかして、そのチケットもらったのテスト前でしょう?」
「!! あ! え~~と……」
櫂は明らかに動揺している。ははあ、だからテスト勉強に身が入らなかったというわけか。
「ど、どうだったっけ? でもま、補習免除だしいいじゃん! 行こうぜ、四人でタヌキングタワー!」
「姫の前だと本当に調子いいんだから」
と言いつつも愛栖ちゃんもまんざらではなさそうだ。
タヌキングタワーか。小学校のころ親に連れていってもらったきりだ。どんなアトラクションがあったっけ……
◆ ◆ ◆ ◆
「そろそろ、もう一歩先に進んでもいいと思うんだよ」
帰宅後。
ボイスチャットで櫂が、恒例となった『恋愛相談』を依頼してきた。
「櫂の言う『もう一歩先』って何だよ」
一応、確認はしておかないとな。
「そりゃ、……健康な男女がお互いを求めあう最初の儀式だよ」
儀式って。
「俺はまだ彼女いないからわかんねーよ」
「いやいや、分かるはずだ! タヌキングタワーといえば? だ」
ん? そんな有名なスポットなんかあったっけ?
「そもそも、タヌキングタワーが有名になった『あるアトラクション』があるだろ?」
えー、なんだったっけ。ガチで分からん。
「知らないって。地元の施設ってだけでそんなに詳しく知らないから」
「バッカ、『ゲッスー118』に決まってるだろ!」
「あーあー、あったなそんな名前の観覧車」
言われて思い出した。国内最大級の標高と座席数を有するアトラクションで、乗ったら最後帰ってくるまでに二十分はかかるという、カップル以外が乗ると最悪なやつ。
ああ、つまりそういうことか。
「つまり、櫂は加奈ちゃんと『二人だけで』ゲッスー118に乗りたいんだな」
「そうそう!」
「で、乗っている間に」
「うんうん!」
「イチャイチャしたいと」
「近いーー! 近いけどおしいーー! おしいってことはーー!」
俺がその単語を言うのか?
「……キスをしたいと」
マイクの向こうで激しい拍手が鳴り響いた。
「さすが、わが親友! わが恋愛の先生!」
こいつ本当におちょくってるんじゃないかって時々思う。
「でもさ、そもそも俺たち四人で行ったら全員で乗せさせられるぞ。あれ、四人乗りだろ?」
サイズがデカイってことは、一度に乗れる人数も多いってことだ。118は「乗れる人数」だったはずだからな。
「そこをなんとか、当日までに愛栖と打ち合わせして乗り込む直前になんやかんやしてくれたら、さ」
……図々しいな、とは思ったが、櫂の
「わかったわかった。一応愛栖ちゃんには伝えておくよ。うまく行くかはほとんどぶっつけ本番だからな」
「そうだな、綿密に打ち合わせしてくれ。俺も当日のプレゼントも用意しないといけないしな」
プレゼント?
「何か、あったっけ? その日」
「おいおい。確かに日付は言わなかったけど、わざとじゃないよな?」
「いや、誰の誕生日でもないし…… あ!」
俺はカレンダーを見て理解した。
(クリスマスイブじゃん……)
告白した年のクリスマスイブに、空に近い場所で愛を誓う……
なんだよ、羨ましいやつだな。
「チケットもらったタイミング、めちゃくちゃタイムリーだな」
「これは、天が俺たちに幸せになれと囁いていると思うんだ」
無理もない。俺もちょっとそう思う。まあ、タイミングなんか関係なく俺は二人には幸せになってほしいけどな。
「プレゼント、何がいいかも愛栖と相談するときに聞いておいてくれないか?」
「さすがにそれは櫂が聞……」
とはいうものの、今年は四人で交換会をするわけにはいかない。と言うことは必然的に俺が愛栖ちゃんへクリスマスプレゼントを進呈する必要がある。
櫂のプレゼントを聞く流れで、愛栖ちゃんの好みも聞いておくか。
「わかった、さりげなく聞いておくよ。それじゃ」
「頼んだぜ親友! おやすみ!」
俺は静かになったスマホの『チャット終了』をタッチし、充電ケーブルを差して机に投げ出す。
「……ふう」
数秒してから櫂とのやり取りを思いだし、俺はケーブルが繋がったままのスマホを再度手に持って愛栖ちゃんへのメッセージを打ち込み始めた。
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