第4話 二人は約束する
「まあ、こんなものでしょ」
うちの高校は、放送室と並んで視聴覚室が設置されている。
来週から行われる文化祭で、放送部は文芸部とのコラボでボイスドラマを公開する。この間は俺がフライングして直接愛栖ちゃんからシナリオを受け取ったが、登場人物は複数人。となると、読み上げる人も複数いるわけで。つまり今日は視聴覚室で登場人物全員が揃っての最終録音を行っているというわけだ。
「これだけの文章でかなり濃い内容よね。類は友を呼ぶってやつ?」
部長で三年の
「いや、俺は声だけですし。文才は彼女だけの実力ですよ」
「でも、お前もかなり気持ちがこもってたように聞こえたけど? やっぱりただの友達じゃないんじゃないのか?」
副部長で二年の
「ちょっと前にも言いましたけど、彼女はただの友達ですって」
「その『ただの友達』がこの間付き合い始めたんでしょ?」
古地先輩の鋭い切り返し。
「そりゃ、幼馴染み同士だし知らないうちに恋心が育つこともあるでしょう」
が、以外にも反田先輩が助太刀に入る。
「僕と、先輩のように」
反田先輩が片膝をついて古地先輩の手を取り、上目使いに顔を覗きこむ。相変わらず古地先輩はスンとした顔のまま、軽くため息をつく。
「私の好みは背伸びしたらちょうどキスできるくらいの身長の人。これ見よがしに屈むやつは好みじゃないわ」
まあ、ここまでがいつも通りのやりとりなのだが。
◆ ◆ ◆ ◆
収録が終わり、録音データをスマホのグループチャットから直接愛栖ちゃんへと送る。
数秒後、「家で聞くね」と返事が返ってくる。
「さて、帰ろうかな」
今日は特に誰とも帰る約束はしていないので気楽なものだ。
……今日もあの二人は一緒に帰るのだろうか。
いや、仮に一緒に帰ったとしても俺が気にすることじゃあないし、そもそも出歯亀は趣味じゃあない。
さっさと帰ろうと鞄を持ったとことであることを思い出した。
「やっべ、体操服忘れた」
仕方なく自分の机に戻るため教室へ向かうと、その途中で名前を呼ばれた。
「保くん、いいところに」
隣のクラスに何故か残っていた愛栖ちゃんが手招きしている。
「あれ、まだ帰ってなかった?」
「文芸部、文化祭前で事実上の休みでさ。ここで本読んでた」
そう言いながら彼女は俺を教室の中に引っ張り込み、自分の席の前に座らせる。
ごそごそと自分の鞄をまさぐると、にゅーっとイヤホンを取り出した。
「せっかくだからさ、聞いていきなよ」
「聞く? あ、ボイスドラマ?」
「そそ。感想聞きたかろう?」
確かに聞きたいが、別にあとでチャットに入れてくれれば……
「ほれ」
「……何?」
彼女はイヤホンをスマホに差して片方を自分の耳に、もう片方を俺に差し出してきた。
「君も聞きなさい。命令である」
「ははー、おおせのままに」
拒否したところで無限ループになるのはいつもの事なので、おとなしく耳に突っ込む。あ、耳掃除したっけ。
ポ、ポ、と機械の操作音が何度が響いた後、ボイスドラマが始まった。
登場人物は3人。効果音やBGMは
俺は既に内容も展開も知っているので耳半分に聞いていた。
脚本も事前に読んでいたし、なんなら耳で聞くのは3、4回目くらいだ。
聞き慣れた内容を聞き流していると、ふいに正面にあるものに目がいった。
愛栖ちゃんの顔だ。
彼女の顔はスマホに向けられているが、下を向いているので普段眼鏡越しにしか見てない目が良く見えた。
ちょっとサイズが大きいせいで、いつも黒縁が邪魔をしてきちんと目を見た記憶がない。
視線もスマホに落ちているので、俺が見ていることに気が付いていない。
(へー…… まつ毛結構長いんだな)
じっくり見てると、不意に彼女が笑う。あ、今流れているシーンのやつかな? ちょっとコミカルにし過ぎたのかもしれない。
と、そこで彼女の視線がちらりとこちらを見た。が、すぐにスマホへ戻る。
……だが数秒後、再度視線がこちらに向く。今度はなかなか外してくれない。
(怒ってるわけじゃあないん、だよな?)
愛栖ちゃんは、怒る時は必ずちゃんと怒る。気に食わないことを放っておけないタイプらしい。
(……あ、今ちょうど俺の台詞のところか)
なんとなく視線の理由を理解し、俺の出番が終わったタイミングで俺から視線を外す。さすがにこれ以上じっと見てはいられない。
視線を外してから30分くらい経っただろうか。ドラマは終わり、自分でイヤホンを外す。
「あ」
愛栖ちゃんが小さく呟く。
「どしたの?」
「ううん、なんでも」
彼女はくるくるとコードを巻き取ると、そのまま鞄に放り込む。
「帰ろっか」
「あ、ごめん。体操服取りに行くところだったから」
「ん、待ってる」
俺は待たせるのも悪いと思って、ダッシュで体操服を取りに行く。
自分の教室に入って気が付いたが、既に外は眩しい角度にまで太陽が傾いており、いつもの教室が夕焼けによるオレンジ色に染め上がって奇妙な光景になっていた。
「ま、秋も深まる時期だしな」
目的のブツを持って昇降口に行くと、下足に履き替えた愛栖ちゃんが既に待機していた。急いで靴を履き替えて外に出て、二人並んで歩き始めた。
「ところで、あのドラマの話なんだけど……」
この後、俺が家に着くまで登場人物と声の演技によるダメ出しが延々と行われた。
主に、俺の担当した役柄について。
◆ ◆ ◆ ◆
「そりゃ厳しいな」
「だろ? 客観的な意見はありがたいけど、少し自分の欲望がちらついてるんじゃないかって思う」
夕食も終わって少し勉強してたところで櫂から
何気なく振られた話題から帰り際の話になり、つい愚痴っぽくなってしまった。
「でも、なんか悪いな。いつもなら俺たちも帰り一緒なのに」
「今日もちゃんと、手を繋いで帰れたか?」
「あ、あああ。もちろん! 何か、好きな弁当のおかずも聞かれた。ああいうの、なんか、付き合ってる、って感じだな」
話題も定番だな。なぜかどもったことはそっとしておこう。
「そもそも食べ物の好き嫌いは知られてるし、会話の盛り上がりには欠けたな。まだ『ちゃんと卵の殻は抜いてくれ』とか『砂糖を入れすぎたからって塩は入れないでくれ』っていうコメントを入れた俺の心意気を汲んでくれ」
「よく怒られなかったな……」
「いや、しっかり怒られたぞ。でもさ、そこが加奈らしいっちゃあらしいよな」
結局はのろけるのか……
「そういうわけで、文化祭は加奈と二人で回るからさ。悪いな」
今回の通話の目的はそこだ。
いつも通り四人で回るか、二人で回るかを悩んでいた櫂の背中を押した…… ところから、逆に俺と愛栖ちゃんがギクシャクしてないかと心配してくれたらしい。
自分たちにハッパをかける目的とはいえ、無理に手を繋いでないか。
会話のクッション役である
残念ながらそれぞれに意中の相手がいる以上、こじれることはないと念押しした。なぜか櫂は残念そうではあったけど。
「じゃあ、文化祭終わったらみんなでカラオケ行こうぜ! こればっかりは保がいないと面白くないからな!」
「わかったわかった。それじゃあな」
終了の操作を行い、通話を終える。
静かになった部屋で再び机に向かうと、ふと目の前に並べられた漫画が目に留まった。
『魔女騎士ブレイブウィッチ』
全5巻の少女漫画。今から10年以上前に某少女漫画雑誌で連載されていた漫画である。
だが、そこには4冊しかない。2巻が無いのだ。
例の、あの女の子に貸したっきりだ。
「元気にしてるかな」
何気なく手に取ろうと腕を伸ばしたとことで、今見ると絶対に勉強が始められないと自制し、再びノートにペンを押し付けた。
◆ ◆ ◆◆
「どうだった?」
「あー、ありゃまだまだかかりそう」
「そっか。意外とまっすぐと言うか、周りを見ていないというか」
「まっすぐなのは保の取り柄だ。ちゃんと周りも見てると思うぜ。俺たちの事とか」
「でもさ、私たちばかりが楽しくても、それはそれで私たちが空気読めてないし」
「一途なんだよ。ゆっくり待ってやろうぜ」
「私は早く四人でダブルデートしたいな」
「で、デート、か。そうだな……」
「私はね、櫂が告白してくれたこと、すっごく嬉しかったし、でも、それが原因で四人がバラバラになるのは、嫌だなって思うの」
「それはないだろ、流石に」
「でもさ、同じクラスの佐々木さんは今の彼に告白された翌日から、友達がよそよそしくなった、って」
「俺は、そんなことしない。保も、今まで通り相談に乗ってくれるし」
「愛栖ちゃんも。……でも、愛栖ちゃんもちょっと、揺らいでるみたい」
「言っちゃえばいいのにさ、なんで黙ってるんだ?」
「全部ほしいんだって。過去も、今も。ただ、言われて思い出すんじゃなくて、自分から確信を持って、聞かれたいんだ。って言ってた。でも、わかる」
「まあ、俺たちみたいにずっと一緒だったわけじゃあないし、親御さんで色々あったってのも聞いてるから、余計に口出ししにくいんだよな」
「うんうん。幸せになってほしいというか」
「……俺たちも、幸せになろうな」
「なら、とりあえず大学は卒業してね。それなりの企業に入社して、給料も休日もちゃんと出る所。それから…… 育児休暇がとれないと、産んであげないんだから」
「あ、ああ。もちろん!」
「ふふ。……なんだか、こんな話を櫂とすると思わなかった」
「俺も。アニメとかで見るような甘々な会話とか考えてたけど、思いつかない」
「へぇ、考えてたんだ。どんなの?」
「は? えっと…… 俺のどこが好き? とか」
「えー、ベタだなぁ。保に負けず、まっすぐなところとか?」
「え、あ、そうかな?」
「なんか、ついつい目で追っちゃうんだよ。危なっかしいっていうか、視界に入っていないと心配するっていうか」
「母ちゃんかよ」
「ふふふ。気になる存在ってことだよ」
「あ、やっべもうすぐ日が変わる」
「わ! ごめん! ……じゃあ、また明日」
「ああ。お休み~」
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