第2話 二人は手を繋ぐ

「そもそも、朝なんで来なかったんだよ」

 ウキウキとモヤモヤが同居したような櫂の言葉。

「気を利かせたんだよ、分かるだろ?」

「うまく行ったかどうか、ちゃんと報告したかったんだよ、親友だろ?」

 そんなのは顔を見れば分かる。そもそも、もう知っていたけど。

「やーやーこんにちわっと」

 愛栖ちゃんもいつも通りやって来て俺のとなりに座る。

「よし、面子も揃ったし。発表する!」

 櫂はすっと立ち上がり、俺たちの正面に立つ。

「保! 愛栖! 昨日の告白、俺はOKを貰った!」

 わーわーパチパチ。

 俺も愛栖ちゃんも真顔で拍手。すまん、驚くほどではない。

「……なんか、感動が薄くないか?」

「なんていうか、姫が教室で話してて。もうクラス中話題になってる」

「マジか! ……いや、さしたる問題じゃないな」

 そうだな。いまや次の段階へと進むための一歩を躓きつつあるわけだから。

「昨日の告白のあと、一緒に帰ろうってなったんだけどさ、なんか、お互いの関係が変わったわけじゃん。そしたらこう、なんていうか、つめきれない距離みたいなのができてさ」

「えー、意外。櫂くんならもっとぐいぐいっていくと思ってた」

 俺も。

「バッカ。俺も女の子と付き合った経験ないんだから手探りなんだよ。色々と」

 そう、こいつはこんなにモテる要素を持ちながらも、何度も告白イベントをこなしておきながらも、お試しで付き合うことすらしたことがない。

 変に誠実で、変にお固い。まあ裏を返せばそれだけ信用に足る男だということでもある。だからこいつは男女関係なく信頼されてる良いヤツなんだけど。

「それに実は朝方も、何故かお前たちが来なくて待ってる間、終始無言でさ」

 待ってなくてよかったのに。

「で、いざ予鈴が聞こえて急がないと! ってなって、二人とも走りだして」

 ああ、必死の形相はそれでか。

「じゃあ、手を繋ぐどころじゃないじゃん」

「そーーーなんだよーーーー!!」

 愛栖ちゃんの辛辣な一言に、櫂は地面に向かって叫んだ。

「朝の登校前もずっと顔が下向きでさ。目を合わせてくれなくて。いや、なんか色々目的や感情が入れ替わってる気がするんだけどさ、なんかさ」

 あれ? 櫂ってこんなやつだったっけ?

「そこは安心して良いと思うよ。姫、午前の授業すっごく機嫌よかったから」

「ほ、ホントか?」

 櫂の声が少し上ずる。よほど心配していたのだろうな。

「なんなら私からも聞いておこうか? お昼時にいつも唸られるのもヤだし」

「頼むっ! 恩に着る!」

 アニメとかでしかみたことない、土下座からのお願いポーズ。

 でも、こんなに誰かのために必死になる櫂は、なんだか懐かしい気もする。


 ◆◆◆ ◆


「あ、お疲れ」

 部活終了後、一人だけ居残りで放送室に残っていた俺は、静かに入ってきた愛栖ちゃんに声をかけた。

 実は再来週、うちの学校で文化祭がある。

 最近加奈ちゃん抜きでお昼を食べるのは、生徒会の会議がお昼にあるからだ。だからこそ櫂は俺たちに相談できたわけだが。

 俺の所属している放送部は、文芸部とコラボしてオリジナルのボイスドラマを製作するのが恒例となっている。今年もそれにならって応募したところ、愛栖ちゃんがシナリオ、俺が読み上げに決まり、先日完成した原稿を今日もらう予定だった。

「はい、これ」

 そう言って、愛栖ちゃんはスマホを操作して、俺たちのグループチャットに原稿を投稿する。

 彼女の原稿…… 創作物を見るのは、実は初めてではない。中学の頃から一緒に遊ぶようになって、共通のオタク友達とわかった辺りから何度か創作を見せて貰ったことがある。

 俺はというと、

「じゃあさ、早速終わりから2ページ前のところ、読んで」

「はいよ」

 俺はスマホを操作して文書ファイルをストレージに保存し、慣れた手つきで開く。最終ページまでスクロールすると、指定のページまで戻って『求められている』台詞を見つけて音読した。

「『大丈夫。例え忘れたとしても、何度でも思い出す。何度でも言う。僕は、君のことを愛しているから』 ……どう?」

 恋愛ファンタジーの、記憶喪失の彼氏が主人公のヒロインに告白するシーン、かな。全部読んでいないが、愛栖ちゃんの書く小説はだいたいこのパターンだ。小さい頃ファンだったと言う「サントラップ伝説」というアニメが元ネタだ。ちなみに、俺もこのアニメのファンである。

「……うん、レベル高い。やっぱり声優を目指す人の声だとまた違って聞こえて最高」

 俺は声優を目指している。

 幼い頃、アニメキャラの真似をしたのを誉められたのがきっかけだ。

 放送部で活動しているのもそれが理由。

 偏差値が近いのも助かって、みんな同じ高校へこれたのは幸運と言わざるを得ない。

 愛栖ちゃんは左の口角だけあげて笑う。俺たちと一緒の時だけ見せる、彼女独特の笑顔だ。俺も喜んでもらえて何よりだ。


「じゃあ、録音しながら一度全部読んでみる」

 俺は再度文書ファイルをトップまで戻し、愛栖ちゃんの小説を読み上げ始めた。


 主人公の女の子が、不運な生い立ちと運命に縛られて大切な人と離ればなれになるストーリーだ。

 障害も共に越えていくも、彼氏が記憶を奪われてしまう。それを愛の力で解決するというベタなもの。俺の大好物でもある。そして、それは愛栖ちゃんも同様らしい。


 「……そして二人は、永遠の愛を誓ったのだった」

 読み終わると同時に、熱のこもった拍手が起こる。

「あー、フォーマル仮面様素敵。やっぱり愛はすべてを解決する」

 力がすべてを解決する、みたいに言わないでくれ。

「あ、愛と言えばさ、姫に聞いてみた」

「急にリアルの愛の話になったな。まあ、気にはなってたけどさ」

 お互い真顔になる。大切な親友たちのためだ。茶化すのもこじらせるのもしたくない。

「やっぱり、姫もちょっとできた距離は感じてるみたい」

「そっか……」

「でもさ、櫂くんも悩んでるって言ったらすっごい喜んじゃって」

 愛栖ちゃんの声が少し荒くなる。やはり自分以外が推しを喜ばせている事実に納得がいかないのだろうか。

「さすが、加奈ちゃん最推しは違うな」

「当然。櫂くんだからこそ許すけど、それ以外はそもそもお付き合いを認めないんだから」

「それは俺でも?」

 愛栖ちゃんはものすごい顔でこちらをにらむ。

「保くんは姫のこと、好きなの?」

「好きだよ。ライクのほうだけどね」

 でしょうね、と言いたげにこちらを見つめてくる。

「へぇ…… 他に推しがいるとか?」

「まあ、ね」

 そこまで言って、向こうが不思議な圧をかけて聞いてきた。

「誰? 私の知ってる人?」

「いや、たぶん知らないし、俺もよく覚えていない」

「……どういうこと?」

「声優を目指すきっかけをくれた子がいてさ。名前も覚えてない幼稚園の頃の話。愛栖ちゃんは中学の頃に転校してきたから、さ」

「あー…… 確かに。でもさ、幼稚園一緒だったんなら名前とか、住んでるところとか、覚えてるもんじゃないの?」

「その子さ、親の都合とかですぐ引っ越していっちゃって。半年も一緒にいなかったんだ」

 名前もろくに覚えてない。卒園アルバムにも載ってない。淡い思い出。

 だけど、いつも泣いていたあの子が、俺が真似をするときだけ笑ってくれた。その時の笑顔が忘れられないのだ。

「ふーん…… ロマンチスト、なんだね」

 愛栖ちゃんがいつもの笑顔で笑う。

「昔を忘れられない、初恋を引っ張る情けないヤツなだけだよ。それより、今の愛を育むほうが先じゃない?」

「むむ。姫たちの場合はむしろずっと近かったのが原因なんだと思うんだけど。普段の行動を変えるには、やっぱり櫂くんがしたみたいに大きなきっかけがいると思うんだよね」

「きっかけかー……」

 二人が付き合うきっかけは、加奈ちゃんの告白シーンを櫂が見たから。

「そもそも、仲が良かったら手を繋ぐくらい普通だと思うんだよなぁ」

「そう、仲が良かったら普通の事なんだよね。って……」

 何かに気が付いたのか、愛栖ちゃんは時計とスマホを見比べてちょっと考え込むと、帰り支度をしながら言った。

「せっかくだからさ、保くんもちょっと協力してよ」


 ◆◆◆ ◆


 放送室の鍵を返した時間は、運動部の練習も終わりの時間になっていた。

 ということは、櫂たちも帰るということ。

「今帰ると、二人に鉢合わせするなぁ」

 愛栖ちゃんに協力する、と言ったものの「先に昇降口で待ってて」と言われて内容までは聞いてない。

 仕方なく靴を履いて待ってると、サッカー部室から櫂が出てくるのが見えた。

「ちょうどいいや! 行くよ!」

「うわ、愛栖ちゃん!」

 袖をぐいっと掴まれて櫂のところまで引っ張られる。

「お、保たちじゃん。今帰るところ?」

「そーそー。保の声に聞き惚れてて、帰るの遅くなっちゃった」

 間違いではないにしても、客観的に聞くと恥ずかしいな。

「あ、愛栖ちゃんに保じゃない。今帰るとこ?」

 と、背後から加奈ちゃんの声。帰り時にみんなが揃うのは珍しい。

「やほやほ加奈姫。ちょうどいいや。みんなで帰ろ」

 愛栖ちゃんはそう言って、加奈ちゃんと手を繋ぐ。

「ほらほら、保くんも」

 ついでとばかりに俺とも繋ぐ。

「櫂くんも、ほら。加奈姫の手が空いてる」

(!!)

「あ、愛栖ちゃん……」

 うわ、こんな顔する加奈ちゃん初めて見る……

 こりゃ、男なら落ちるわ。

 で、そんな彼女を落とした本人は一瞬固まったものの、意を決して加奈ちゃんの手を握る。

「うん、いい感じ」

 ……策士だ。

 しかも、当の二人は歩くことなくその場で固まってしまった。

「ありゃりゃ。仕方ない。先に帰ろうか、保くん」

「あ、ああ。じゃあな、櫂。加奈ちゃん」

 と、愛栖ちゃんは加奈ちゃんと握っていた手を離して俺たちは先にその場を後にした。

 時々後ろを振り向いたが、俺たちが校門から出るまで、二人はずっと手を握ったままその場から動こうとはしなかった。


 ◆◆ ◆◆


 たたた、たたた、たたたたた、たた。

「もう帰った?」

 ……ぽろん。

「うん。今もう部屋だよ」

「うまくいったね」

 ……ぽろん。

「私たちの事、ダシにしたでしょう?」

「あは、バレた」

 ……ぽろん。

「でも、嬉しかった。すっごく優しく握ってくれたんだ」

「わおー、のろけでござる」

 ……ぽろん。

「こっちは八年待ったんだから、それくらいしてもらわないと」

「好きな人の手は特別、ってやつ?」

 ……ぽろん。

「それはお互いさまでは?」

「解釈の違いだよ。カップルと友達の」

 ……ぽろん。

「まだ言わないの?」

「今言ったってだめ。もう少し思い出してもらわないと」

 ……ぽろん。

「私と違って厳しいんだ」

「そもそも六年のブランクあるしね」

 ……ぽろん。

「もう十分、埋まったんじゃないの?」

「積み上げてるのが別の場所だと思ってるのがダメ」

 ……ぽろん。

「ああ、なるほどね。なら、私からヒントをあげようかな? 今日のお礼に」

「ダメダメ! 姫はちゃんと未来のダンナ様とイチャイチャしてて」

 ……ぽろん。

「ごめん通話来ちゃった。おやすみー」

「りょ! おやすみぃ」


「はー。 ……十年か。よく覚えてるよね」

 たたた、たたた、たたたたた、たた。

「ということで、明日の朝も実行するからいつもの時間に集合!」

 ……ぽろん。

「わかったぜー。じゃあ、おやすみ」


「おやすみ、っと。……ふふ」

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