第6話バジリカシステルノ(地下宮殿)
マラクラビノの背後の龍の幻影は神々しくそして重厚だった。
呆気に取られているペーツォたちの弱々しさに不安を覚え、マラクラビノが言葉をかける。
「あなたたちはこれから長い時間ブートキャンプで過ごすことになるわ。すでにたくさんの異星人がキャンプを体験している。一番大切なことは《忘れないこと》そして仮に忘れてしまったら、必ず《思い出すこと》よ。これだけは頭に叩き込んでおいてちょうだい」
分かったのか分からないのか曖昧な反応をするペーツォたちを見て、マラクラビノはさらに強い不安を抱く。
少し思案したマラクラビノは決意の表情を表し、ペーツォたちに改まった口調で伝えた。
「あなたたちに困ったときに使える能力の使い方を教えてあげる。さあ、私と同じようにするのよ」
マラクラビノは自分の両手を前に出し、両手を広げて親指をくっつた。
アルファベットの《W》の形だ。見ようによっては飛び立つ鳥や、天使の羽だとも言える。
ペーツォたち3人がそれを真似た。
「この方法には4人の力がいるのよ。同郷の4人が揃わないと発動しないの。だからリンコも参加して」
リンコも同じようにWの形を作ろうとしたが、指が短すぎるので、両手をバンザイの形にして頭と両腕でWの形を作った。
「そう、それでそれからWの先端をくっつけて8つのとんがりがある星の形を作るの」
3人と1匹は言われた通りに指の先端とリンコの手をつなげて不格好な八芒星を形作った。
「それでいいわ、そしてとにかく何も考えないこと!怖がったり心配したらうまくいかないの!」
3人と1匹は必死で頭の中を空にしようとし、5分ほど時間が経過した。リンコはずっと下向きの状態なので少し辛そうである。
そこからしばらくすると、突然八芒星の下の地面が光はじめ、その光はユラユラと揺れる感じがした。
───次の瞬間
シュワ~ン!と鋭い音と光の柱が八芒星の真ん中に現れ、円陣の中心を通って天高く昇った。
ペーツォたちは驚いて光の柱が伸びた空を仰ぎ見る。
後ろでマラクラビノの声がした。
「違うわ!下よ、下!」
ペーツォたちは慌てて首を下ろし、八芒星ごしに地面を見た。下を向いているリンコはすでに〈それ〉に気づいていた。
八芒星の下の地面にはポッカリと穴が空き、その穴の中に階段が見える。
マラクラビノが付け加える。
「それはステラ・アニーゾというテクニックよ!その階段は
プルプラが急に不安を抱き叫ぶように言った。
「マラクラビノも一緒に行こうよ!」
マラクラビノは少し微笑んだがその表情には威厳の色が含まれていた。
「私は行かないの。私はここまでよ!もしまた困ったことがあったら海の側に来て私を呼びなさい。世界中のどの海でもかまわないから!」
マラクラビノはそう言い残すとくるりと踵を返して海に進み、水上バイクにまたがる。
そしてふわりと浮かび上がり、こちらに笑顔を送ってから落下してズドンッと海を刺すように消えていった。
ペーツォたちはマラクラビノが残した水柱に映った黒い龍の形に見惚れていたが、リンコが『みんな急ごう!穴が小さくなりかけてるよ!」と急かされた。
ペーツォたちは次々と穴に入り、全員が入りきったところで地面は元の砂地に戻っていた。
───ペーツォたちは階段を降った。
穴の中はライトもないのに明るい。少し冷たく感じたがとても清潔で良い匂いがしている。踏んづけても足音がしない不思議な階段である。
右側が壁、左側は底が見えない空間だった。(落ちちゃうのでは?)という不安は抱かなかった。
階段はどこまでもどこまでも続いている…
ペーツォたちはだんだん退屈になってきた。
プルプラが歌い出したヴィヴィプーラの歌に合わせて合唱したり、故郷の話で盛り上がったりして退屈な時間をやり過ごす。
どれだけ歩いたか忘れてしまうほど歩くと、徐々に周囲が明るくなり突然大きな空間に放り出される。
大空間は円形状の大きな壁で囲われている。
壁には太い柱があって高い天井を支えている。
モッワアア~ン!!!
実際には何も音は鳴っていないのだが、低温振動が鳴り響いている気がする。
柔らかく強い光が大空間に広がりとても居心地が良い。
真っ白な大空間の中央付近には大きな円形の模様がある。
そこに周辺の色と同じ白い緩やかな階段があって、それは途中で途切れているようだった。
階段の下側には支えがなく、斜め上に向かって宙をさまようように伸び、とても不安定に感じられる。
3人と1匹は引き込まれるようにその階段の1段目に足をかけて登り始めた。
白い階段は足をつけた感覚がなく、宙に浮いているようだ。
階段はすぐに終点を迎えた。
下から見たときは何もないように見えたのに実際には透明のドアらしきものがある。
プルプラがドアを押すと音もなく開き、中はさらに明るかった。
ドアの奥は1辺が4mほどもあるハニカム模様の光を放つ壁がそびえている。
壁沿いに進むと、どぅおん!どぅおん!ドゥオン~ドゥ・ドゥ・ドゥ・ドゥッドゥドゥ~ン・ドゥドゥ♪♪という小気味よいリズムが聞こえる。
どうやらハニカムの壁の穴の1つからそれが聞こえるらしく、ペーツォたちは1つずつ覗き込んでみた。
4つ目のハニカムのところに来たとき、奥に人影が見えた。
中に入って見ると、そこもまたとても大きな空間になっている。
だだっ広い空間の中に一人の背の高い人が立っている。
首からエレキベースをぶら下げていて、どうやらさっきの低音のリズムとフレーズはここで演奏されたようだった。
前後に体を揺らして弦を叩くようにエレキベースを奏でている。
影とも光ともいえないぼんやりとした物体であるが、〈人〉であることは間違いないようだ。
3匹と1匹は横に並んで立ち、しばらく呆然とそのパフォーマンスに心を奪われた。
《感動》とも《心地よさ》とも違う、もっとダイレクトに神経に注入してくるような音楽に完全に意識を支配されてしまった。
ペーツォたちは金縛りにあったときのように指一つ動かすことができない。
次の瞬間その人物はクッっと弦をこする音を立ててピタリと演奏を止め、こちらへ顔を向けた。
「ハ~イ、ペーツォくんたち!よく来たね~!バジリカシステルノへようこそ~私がセンフィナだ!」
神々しく光るその人影は靄が晴れたように鮮明に映り始めた。
ピカピカと光沢を放つ真っ赤なエナメルのシルクハットに同じ色のジャケット、裾広がりのベルボトムパンツというファッション…全身のそこかしこに大きな星があしらわれている。
足元はシルバーのロンドンブーツ、顔には大きなサングラスが掛けられている。
そのサングラスの縁はピカピカとクリスマスツリーの電飾のように点滅している。ペーツォたちの腕の太さほどもある極太のドレッドヘアが帽子から胸元まで伸びていた。
この神々しく荘厳な宮殿に対して強烈すぎるワンポイントだった。
「プレアデスからの来訪を歓迎する。私が君たちのサポートをするから安心しなさい。マルバスタ(地球)の生命活動のすべてを管理している」
センフィナはこれまで出会ったことがない生命体であることは間違いない。自分たちよりも次元の高い中層ペーツォとも、根本的な何かが違っていた。
ただとても安心感があり、抱擁されているような錯覚をペーツォたちは感じている。
センフィナはとても気さくだった。とてもマルバスタ(地球)のすべてを管理下に収めている存在だと思えない。
長い時間センフィナはマルバスタでの生活の仕方、すなわち〈人間〉として生きていくための作法をあれこれと説明した。
センフィナとペーツォたちは広い部屋にポツンと置かれた切り株のような椅子に座って円卓を囲み時間を消費した。
センフィナは慈愛に満ち溢れていたが厳格でもあった。
ペーツォたちの願いの半分は受け入れられなかったし、質問の半分以上は「それは自分で体験して知るものだ」と答えてくれなかった。
とくに気になった言葉があった。
それはマラクラビノが最後に残した言葉と同じだった…
センフィナも同じことを口にしたのだった。
「マルバスタには宇宙のさまざまな天体から生命体がやって来ている。ここ《光の大地ヴィヴィパーラ》と違い〈影〉〈負〉〈陰〉といったネガティブな側面が存在する両極星だ。しかし、それによって多大なる恩恵を得ることができる。ここでの経験によって君たちの目的と願望を遥かに上回る報酬を手にすることができるのだ。君たちと同じように正規の手順をふんでやってきているものはみな私の子供だよ。今のようにみんな一度は私に会って話をしている。なのにほとんどの者がそのことを忘れてしまう。忘れると故郷にも帰れず何千年も地球で輪廻を繰り返すこととなる。君たちに伝えたいことは『忘れるな』ということだ。忘れなければブートキャンプはとても快適だ」
そう言うとセンフィナは「面白いものを見せてあげよう」と、さらに奥にある光の飛び散る部屋へ全員を案内した。
そこには中空に半透明のフィルムが無数に浮かんでいた。
フィルムには景色のような立体地図のようなものが描かれていて、ウニュウニュと動いている。
少し進んだところに丸みをおびた箱があるのを見つけた。
箱は光るディスプレイが一枚取り付けらただけのシンプルな造りだ。
センフィナが箱のディスプレイに触れて指を軽く動かすと、1枚のフィルムがぐんとペーツォたちの前で拡大し、半透明だったものがくっきりとした画像になる。
そこには田舎町のような光景が投影されている。
人・動物・植物がリアルタイムで活動している様子で、家や山川などのロケーションも実物と見間違えるほどリアルに映し出されている。フィルムの画像は平面的ではなく立体だった。
「このフィルムは地球のあらゆる位置と時間、状況などの《選択肢のパターン》だ。君たちブートキャンパーにはこのフィルムのどこかに入ってもらうことになる」
センフィナがフィルムを見つめながら言った。
「そこで僕たちは何をするの?」
セーモがリンコを抱きかかえながらセンフィナに尋ねた。
センフィナはニコッとしてあっさり答える。
「何もしなくていいのさ、ただ生活するんだ。君たちは成長できるし、それだけで私たちと地球に多大な貢献をしている。君たちのように純度の高いペーツォはエネルギーのレセプター(受容体)としてとても重要なんだよ」
ペーツォたちはセンフィナの話の意味が全く理解できなかった。
センフィナが続ける。
「さあ、我が子たちよ、君たちの記念すべき第1回目の転生場所を決めよう。このマルバスタ(地球)は宇宙でもかなり特異な性質を持っている。物質的な制限が強いものの、基本的には本人たちの《自由意志》が尊重される。《忘却の者》の中には自分の生まれた境遇に不満を持つものもいるが、それは〈はじまり〉を忘れてしまったからで、実は自分で選択した境遇なのだ。ただし、2度目以降の輪廻はカルマによって私が転生先と境遇を決めることになる。さあ、これから自分たちで転生する場所と時期を決めるんだ」
センフィナにそう言われても、ペーツォたちはいったい自分たちが地球のどの時代のどの場所に行っていいか、皆目検討もつかなかった。
ペーツォたちの困惑を見てとってセンフィナが言う。
「この星で”なにをしたいか”を言ってくれればいい。後はこちらで決める」
セーモが先走り気味に言った。
「200年前にブートキャンプに参加した僕の姉の〈カラ〉に会いたい!」
センフィナが答える。
「おお、カラか!覚えているよ。彼女はとても優秀なペーツォだった。ただ彼女は高い進化を望むばかりに、かなりハードな境遇を設定してしまった。現在3度目の輪廻をしている。残念ながら彼女ほど聡明なペーツォでもすでにこの地下宮殿に来たことを忘れてしまっている…」
セーモはセンフィナが姉のカラのことを覚えていてくれことが嬉しかった。
「じゃあ、僕たちも最初はカラに会いたい!それからヴィヴィパーラの景色を創造できるようになるまで地球で必要な経験をします!」
プルプラがそう言うとスピーツォイが「僕も同じがいい!」とセンフィナに伝える。
センフィナが答える。
「そうだったな、パレトロのようになりたいんだったね。彼も800年前にここからブートキャンプに参加して進化したんだよ」
それを聞いたプルプラとスピーツォイは頬を高揚させた。
「パレトロもここに来たんだ!?」
ペーツォたちの興奮して出た質問には答えず、センフィナが続けて言う。
「それと、君たちは猫のリンコを連れてきたことが、とても役に立つよ。地球の重い周波数の中にあっても、猫は自由に《次元飛行 /ディメンシアフルーゴ》することができるからね。地球にいる猫たちはすべてブートキャンパーが連れて来たんだよ」
ペーツォたちは驚いて猫のリンコに目をやった。
リンコは誇らしげにふんぞり返っている。
さらにセンフィナは言葉を重ねた。
「ブートキャンプで『誰かに会う』というのは、それだけで大きな目的だし試練が伴う。かんたんに会うことはできない。時間と物質の制限がある地球では、苦労して目的の人物と出会うこと自体が《意味のある体験》になるんだよ。これから君たちを配属する世界線にカラは確実に生きているが、実際に遭遇するまでには相当の苦労と段階を踏まなくてはならない。いいね」
センフィナの言葉は愛に溢れていたが、やはりとても厳格だった。
「ヴィヴィパーラ星のカラに会いたいのと、パレトロのように自然の操作がしたい……と」
センフィナは独り言をいいながら、タッチパネルを指先で操作した。
すると天井からぶら下がった無数のフィルムが激しくめくり上がってバラバラと音を立てて活動を始める。
何枚かのフィルムがペーツォたちの目の前でズームアップしたりズームダウンしたりを繰り返している。
そのうち半透明のフィルムの一枚がこれまでよりも大きくズームアップしたかと思うと、強烈な光を放ってグニュグニュと中の画像が動き出して生命を宿ったように現実味を帯びてくる。
次の瞬間、3人の天使と1匹の猫は意識を失った…。
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