第5話マラクラビノ

ザッパパパ~~ン!!!


海岸で泣き続けているペーツォたちの耳に爆音が鳴り響く。

いっせいに音が鳴った海の方に顔を向けた。


ドプンッと水が跳ね返る音がして、何かが海面に躍り出る。



「アロハ~!かわいいペーツォ君たち!さっきからずっと泣いてるみたいだけどどうしたの!?」


海面に姿を現したのは、水上バイクのような乗り物にまたがった髪の長い女性だった。


半袖のシャツに短パン、そこから長く伸びた四肢は褐色でとても美しく、慈悲の色合いを含んだ笑顔はさらに美しかった。


一瞬たじろいだペーツォたちだったが、勇気を振り絞ってプルプラが声を発する。


「あ、あの…ぼ、僕たちヴィヴィパーラからブ、ブート…ブート…」


と言ったところで感極まり、


「ウワアアア~ン!!」


と目に両手の握りこぶしを当て、また泣き出してしまった。


「ああ、可哀想に!いったいどうしたっていうの…」


母親のような柔らかいセリフを口にしながら褐色の女性は水上バイクから降りて、波打ち際をチャプチャプと踏みしめてペーツォたちの元へ近づいた。


女性がプルプラの前に立ち頬に手をやり優しく撫でる。

プルプラは女性に抱きついてさらに泣き声を高くした。


その様子を見ていたスピーツォイとセーモ、リンコも一斉に女性に駆け寄って円を描くように抱きついて大きく泣いた。


「あららら、ブートキャンプのスタートがこれじゃ先が思いやられるわね…ホラ、もう大丈夫だから泣かないで!可愛い顔が台無しじゃない!」


褐色の女性の言葉で3人と1匹は腕をほどき、グスグスを鼻を啜りながら顔を上げている。


優しい笑みを浮かべた褐色女性が言う。


「私はマラクラビノよ。この星の海を管理しているの。さあ、なんで泣いているのか教えてちょうだい!」


そう言うとプルプラとスピーツォイ、セーモ、リンコの頬を愛おしそうな面持ちで順に撫でていく。


ペーツォたちは撫でられながらそれぞれ自己紹介を済ませると、自分たちがブートキャンプに来た経緯、そして積乱雲の関所でのことなどを説明する。


マラクラビノが少し不思議そうな顔つきをし、両手で空中に四角の形を作って聞いた。


「あら、あなたたち『マルバスタ・マニュアル(地球の取説)』はもらわなかったの?こんな分厚い本なんだけど。あれがなければここ(地球)では何もできないわよ?」


それを聞いたプルプラは一人一人にもらったかどうか確認し、それからマラクラビノに向き直って言う。


「もらってません!」


すると、さっきまで慈悲深い笑顔をたたえていたマラクラビノが豹変した。

髪が逆立って目尻は吊り上がり、開いた口には牙のような歯がむき出しになっている…


「あの野郎…」


彼女の怒涛の早口はこの言葉で幕を切った。


「まったく、あのポルディストの野郎はミスばっかりしやがって!だいたい、あいつはあんな偉そうな格好してるけど、まだ赴任して3ヶ月のニューフェイスだからね!完全に見た目から入るタイプなんだよ、デキないやつの典型だな!ヒゲ剃れって~のえらそうに!それになんだあのゴシック風の訳わかんねえ服装は!スーツにしとけよ。あいつは全然仕事できねぇ始末書コレクターなんだよ!!ポギエ?あいつに至ってはまだ試用期間中の立場だからね!トライアル入社なんだよ。それにあいつはポルディストに輪をかけてどんくさい!だいたいあいつも「服装自由」だって言われてるのに勘違いした格好してたでしょ!?参加者が怖がるからやめろって言われてるのに、変なこだわりあるんだよ!前任の子なんかはすっごい可愛いメイドファッションだったんだよ。ロリフェイスで萌え萌えしちゃってるからファンレターが送られてくるくらい人気者だったのよ。『次の輪廻楽しみにしてま~す!』って。仕事ができる子だったから昇級しちゃったけど……」


ここまで一息で怒鳴ると「ハアッハアッ…」と息切れを起こした。


マラクラビののその怒りの言葉と、さっきの積乱雲の上での一連の出来事を思い起こし、ペーツォたちは合点がいってウンウンと深く頷いた。



───ちなみにその頃すでに関所から退勤していたポルディストとポギエは移動装置に同乗し、楽しそうに談笑していた。


しばらくしてポルディストが何気なく自分の肩掛けバッグに目をやり


「ヌオオオ~!!」


と雄叫びを上げる。


びっくりしたボギエが理由を尋ねると


「なんでマルバスタ・マニュアルがここにあるんだよ!渡すの忘れてんじゃん!?あのタイミングを逃すと二度と手渡せなくなるんだよ!俺、お前に渡してくれって頼まなかった?大変なことになるぞコレは!!」


とポルディストは真っ青な顔で叫び、ボギエが反論する。


「いやいやいや!聞いてないっすよ~!!」


───2人はこの後、始末書・減給・再教育の懲罰を受けることになる…




一方海岸では、マラクラビノの慰めによってペーツォとリンコはずいぶんと気を持ち直していた。


3人と1匹はマラクラビノの優しさと美しさにすっかり心粋している様子だ。


「そうだ、あなたたち、お腹へってない?」


そう言うとマラクラビノは水上バイクに戻ってトランクをゴソゴソやって大きなバスケットを持って戻ってきた。


「あなたたち草食だから魚や貝はダメだもんね」


マラクラビノは言葉を続けながら小皿を4枚ペーツォたちに手渡し、そこにトングで海藻のヌードルを盛り付けた。


鮮やかな緑や赤や白の細長い海藻ヌードルにはキラキラ光る小さな透明の粒がまぶされて芳香を漂わせていた。


ペーツォたちはその輝く海の食事に負けないくらい瞳をキラキラさせている。


「いっただきま~す!!!」



その合唱にマラクラビノは笑顔で返事した。


しかし食事を始めたペーツォたちを見て、マラクラビノは目をまん丸くしポカンと口を開けた。


「ゴホッゴホッ!」


「グウエエエッ!」


ペーツォたちは激しくむせて苦しみもがく。


ペーツォたちは細い海藻ヌードルを鼻から《スナッフ》してしまったのだ。



「アハハハ!ダメよそりゃ!ここでは食べ物は口から食べるのよ!」


ペーツォたちは鼻からヌードルをぶら下げながらあんぐりとした間の抜けた表情でマラクラビノの説明を聞いたが、何を言っているのか理解ができなかった。


仕方なくマラクラビノが自分の口にヌードルを運び、もぐもぐと噛んで手本を見せる。


ペーツォたちは見よう見まねで、同じように食べてみると、


「おいし~~!!」


と感嘆の声を上げた。


…ちなみに『マルバスタ・マニュアル(地球の取説)』とはこういったことが事細かく解説されていたのだった。


こんな美味しいものがあるなら、この不気味な星でもやっていけるのではないか?とペーツォたちは思った。



───また爆音が鳴り響いた───


ドッグワワワッアアア~~ン!!!!!


マラクラビノが現れたときより数倍大きな音を鳴り響かせ、海面が盛り上がる。

ペーツォたちはあまりに大きな音に怯えてマラクラビノに飛びついて身を隠そうとした。


海面がさらに隆起し、そこから巨大な物体が姿を現してズンズンと空に向かって伸びる。

物体はとてつもなく太くて長く、ゴオゴオと音を立てて天を突く。

それから途中で折返して物体の先端がペーツォたちのいる海岸に向かって迫ってきた。


水しぶきと蒸気、プラズマスパークをビシビシと発しながら現れたのは《龍》だった。

衝撃的な登場をした龍の迫力は相当なものだったが、何故かペーツォたちは恐怖を感じなかった。


「紹介するわ、私のパパ、スペル・ソナよ!」


龍の方に手をかざしてマラクラビノが言った。


龍は短い手をこめかみにやって〈敬礼〉のポーズを見せた。


「チーッス!!」


 龍にしては軽薄過ぎる挨拶だ。


「父は天界と現実界のバランサーとして働いているの!」


意味が分からなかったが、ペーツォたちはとりあえずあいづちを打って誤魔化す。


スペルナ・ソナはその圧倒的な容姿に見合わず、マラクラビノが喋っている後ろで左右に体をくねらせてダンスをしておどけている。

ペーツォたちはスペル・ソナを一瞬で好きになっていた。


3人と1匹は、波打ち際に飛んでいって初めて見る龍体をしげしげと観察する。


それからペーツォたちはスペルナ・ソナと一緒にダンスしたり、龍の背中でトランポリンのように跳ね返してもらったり、潮を吹いて高く吹き飛ばしてもらったりしてあやしてもらった。

スペル・ソナは子供の扱いがとても上手だった。


「スペル・ソナ楽しくて大好き!!」


セーモがマラクラビノに言うと、マラクラビノは嬉しそうに答えた。


「海神族はみんな明るいのよ!パリピの祖先だと言われているわ(ウソだけど…)」


しばらくしてスペル・ソナが「私はこれから仕事に行かなくてはならない」と告げるとペーツォたちはとても残念がった。


そして「バ~イ!」と明るく手を降ると、轟音とともに天に昇った。


スペル・ソナが去ってからスピーツォイがふいにマラクラビノに質問をした。


「マラクラビノとスペル・ソナって、親子なのに全然似てないね…」


マラクラビノが不思議そうに聞き返す。


「あら、あなたたちヴィヴラベンド(生体周波数)を落とされて視力も落ちちゃったのね?」


そのときマラクラビノの背後に巨大な龍の影がくっきりと映しだされていた。




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