第9話『変わる予感と彼女の時間』
幼馴染の兄と全くの偶然で再会した。
俺の知っている栗原隼人という人物はどこへ行ってしまったのかと思うほど、彼は変わっていた。身長は180cmはあるだろう。髪は茶色に染められており、耳にはピアスの穴が2.3個開いている。派手なネックレスを付け、まさに東京の大学生というような風貌をしていた。本当にこの人はつい最近まで、地方にいたのだろうか。
「ごめんね。久しぶりに会ったからにはゆっくりお話をしたいところなのだけれど、この後急ぎの予定が入ってしまっていてね。また今度、うちにおいでよ。彼女、美鈴さんによろしくね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
そう言うと彼は、爽やかな笑みと程よい香水の匂いを残して去ってしまった。
「あれ、お前が話してた幼馴染の兄貴ってやつ?池袋のこんなど真ん中で再会することってあるんだな。」
「俺もびっくりしたわ。しかもどっか行っちゃったし。状況が一切呑み込めない。」
それに隼人さんが言った『彼女』という呼び方にも少し引っ掛かりを感じた。
「なんで姉さんまで来てるんだよ。」
「別にいいじゃない。私も栗原さんの家にお邪魔するのは久々だから。」
翌日、俺たち姉弟は栗原さんの家にお邪魔していた。俺は放課後、試験勉強をする為に先に彩乃の家にいて、姉がその後に来た。
「まぁまぁ、悠くんもあまりお姉さんをいじめないで。美鈴さんは緑茶で大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、 隼人さん。」
「ふとに気になったんだけどさ、姉さんはいつ隼人さんが帰ってきたってわかったの?」
そう、俺が2人に聞こうと思っていたのはこれなのだ。隼人さんが引っ越した時にはまだ俺たちはスマホなんて持っていなかった。
「偶然よ。家を出ようとした時に隼人さんに声をかけられたの。初めは誰だかわからなかったわ。」
「美鈴こそ、昔に比べて随分綺麗になっててびっくりしたよ。」
「お兄ちゃんも美鈴さんもそこまでにして、早く夕飯食べようよ。私もうお腹ぺこぺこ。」
その後、夕食会は穏やかに進んだ。昔話をしたり、隼人さんが引っ越した後に各々どんなことをしていたかだったり。俺と彩乃が付き合っていることを何度か冷やかされたりもした。
この時までは、この4人でいることが懐かしく、そして楽しかった。
◇
同日午後8時半、隣で賑わっている部屋とは対照的に、人気のない廊下に1組の男女が、何やら怪しげな雰囲気を漂わせていた。
「あのことは黙ってて。悠に知られたくないの。知られたらまずいことなの。」
「わかったよ。今だけな。」
◇
中間考査。
それは夏休みの勉強量が直接数字となって出てくる。ましてや高2の2学期。コケたら今後の推薦に直結してくる。そして俺、氷川悠は赤チェックばかりの解答用紙を見ながら絶望していた。
――やばい、コケた。
赤点は辛うじて回避しているものの、12教科中8教科は平均点を下回っている。順位も全く奮わず、まさしく「悲惨な」結果になっていた。
「悠くん……かなり危なかったね……」
「余裕余裕ってタカをくくっているからこうなるんだよ。」
真っ赤な答案を見て真っ青になっている俺の後ろから、横山と彩乃が覗き込んできた。
「うるせぇ。実際今までよりかは範囲狭いだろうが。」
「へいへい。補習じゃなくて良かったな。」
横山は自分の採点ミスを訂正しに、そそくさと去っていってしまった。
「とりあえずテスト休みは遊べそうだね。」
「本当に危なかったわ……彩乃はどっか行きたいとこあるか?」
試験期間中にあまり会えなかった埋め合わせとして、俺は彩乃にデートの提案を持ちかけた。
どこへ行こうか、あそこはどうか。俺たちの話し合いは盛り上がり、いつの間にか放課後となっていた。そして結論、日帰りで箱根の温泉へ行くことになった。鈍行旅行、ゆっくりと2人の時間が過ごせることが何よりの決め手である。
「それじゃ、楽しみにしてるね。」
彩乃はそういうと、小柄な体をぴょんぴょんと跳ねさせながら教室を後にしていった。
◇
「氷川先生。新作の原稿、お疲れさまでした。」
「ありがとうございます。こちらこそ、相変わらずうちの弟を重宝していただいて、頭が上がりませんよ。」
「いえいえ、あの事件は私たちも無関係ではないので。罪滅ぼしも兼ねてですが。ところで先生。新作完成のお祝いも含めて、私たちの方で温泉宿を抑えておいたのですが、弟さんと二人でいかがですか。――場所は、箱根です。」
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