第7.5話『氷川美鈴の心』
私、氷川美鈴は取り返しのつかないことをしてしまった。
『私は、悠と一緒に、いたい。これからも。この先も。姉と弟だけの関係は、嫌。』
『だから私はそういう時のスペア。これなら彩乃ちゃんにもバレずに付き合えるよ。』
思い返される失言の数々に、私は後悔していた。悠を困らせるつもりなんて微塵もなかった。
晩夏の夜に吹く風の冷たさが、私の照った頬を冷ましてくれる。同時に、オーバーヒートしていた脳の思考回路も正常に戻してくれた。
思い返せば、私がこうなったのは栗原さんと悠が海岸でキスをしていたところを見てしまった所からだろう。
栗原彩乃、悠の幼馴染の影響でうちに来ていたため、昔からよく知っている子。ちっちゃくて小動物みたいな可愛さを持っているため、周りからはしょっちゅう、
「彩乃ちゃん飴食べる?」
「彩乃ちゃん可愛いからサービスしてあげるね。」
と言って特別待遇を受けてきた。
対して私は、姉だからと様々なことを我慢させられ、英才教育だと言って習い事を強要される日々。それでも、悠が学校で恥ずかしくないような姉にならなければ、という一心で打ち込んできた。全ての行動は悠の為と言っても過言ではなかった。今思い返せば、悠だけでもいいから私のことを見て欲しかったんだと思う。
しかし、そんな悠も栗原彩乃に取られる時が来てしまったのだ。帰宅時間は少しずつ遅くなり、服についた匂いで既に女の子絡みだということは明白。そしてこの前、諸事情で彼女の家に行った時にその匂いの元が判明した。
許せなかった。耐えられなかった。今までの私の我慢を全て踏みにじられたような気がした。所詮、悠は私のことをただの姉だとしか思っていない。そう思うと涙が止まらなかった。
だから私は、禁じ手に出た。悠を部屋に連れ込み、キスをした。少しでも、私のことが悠の記憶に残ってくれればいいと願いながら、そっとキスをした。
――その思いも虚しく、次に栗原彩乃の姿を見た時は、悠と事を致そうかというところだった。
上半身裸で乱れている彼女の顔はとても幸せそうだった。
私だってまだ悠としていないのに。やろうと思えばできる機会は何度だってあったのに、それでも最後までは手を出さなかったのに。でも非常識な姉だと思われて嫌われるのが嫌だったから避けていたのに……
何より耐えられなかったのが、私に見られていると気づいた時、彼女は笑ったのだ。猫が獲物を華麗に奪い去ったことを自分で誇るような、そんな笑い方をしていた。
私の理性という理性はその場で全て崩れ落ちた。堪忍袋の緒が、プツリと切れる音がした。
その後のことはもう、記憶にも残しておきたくない。あろうことか悠を誘惑し、悠を苦しめる発言をしてしまったことを後悔することしか出来なかった。
でもね、悠。私が悠のことを好きな気持ちは本当だよ。最後に絶対、私のこと選ばせるからね。そのためなら私は、何でもする。浮気を強制しているみたいだろうけど、そんなことは気にしてないもん。
だって、
ーー彼女にバレなければ、浮気じゃないでしょ?
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