第6話『最悪の遭遇』
午前授業の日の朝とは、目覚めがいいものだ。午後は何しようか、どこへ出かけようか。彼女と出かけるか、それとも友達と少し遠出をしてみてもいい。家でゴロゴロしたって誰にも邪魔されない。いつもより時間が余り、思う存分好きなことに打ち込める。そんな特別な日を作ってくれるのが午前授業なのだ。
しかし俺は、今日ばかりはそんな浮ついた気持ちではなかった。昨日の図書館での出来事。彩乃と接触しながらも頭の中にもう一人の女性が出てきてしまった事。自分が俗に言う「不誠実の最低野郎」に当たることは痛いほど自覚している。もちろん、俺は彩乃のことが好きだ。
――彼女が犬のように自分に懐いてくるところが好き。
――常に明るく、いつも笑顔をくれる所が好き。
――俺のしたいことを理解して、全力で応援し、協力してくれる所が好き。
――俺のことを好いていてくれる所が好き。
挙げようと思えば、まだまだ出てくる自信がある。彼女が俺の彼女になってくれて本当に嬉しい。その気持ちに嘘偽りは一切ない。今後もずっと一緒にいたいとも思っている。彩乃に救ってもらった時、俺は一途でいようと決心したのだから。
対して、姉のことはどう思っているのか。優秀で美人な自信を持って他の人に自慢できる大切な姉であり、仕事仲間。これだけ――ではないが、このモヤモヤとした気持ちを俺は理解しようと自問自答したが諦めた。わからない。姉のことを異性として見ているわけではない。あくまで姉は姉。漫画やアニメのように血が繋がっていない義姉ではなく、正真正銘の血の繋がった姉。同じ子種の元で、同じ腹の中から生まれた姉弟。そして姉と弟ではそれ以上の関係にはなれない。体の関係を持つことも許されない。その固定概念が自分を縛ろうとする。世間の目を気にして生きていくのが当たり前だと盲目に信じている。だからこそ、あの日のことは全て無かったことに。
記憶に残してはいけない――
「悠くんおはよ!」
家を出た時、元気な声が耳に響いてきた。いつものことだが、この声を聞くと俺も元気になる。
「おはよう、彩乃。」
「悠くん、ネクタイずれてるよ。はっ……!!これは生徒会として見逃せない事態。今すぐ直してあげなければ!!」
わざとらしい演技をしながらネクタイを掴む。彼女の体が自分に近づくだけで鼓動が速くなる。まだ自分が彼女のことを好きなことを証明してくれているようで、さまざまな意味で安心できる。
「別にいいよ。自分でできるし。」
「だーめ。」
そういうと彼女は、俺のネクタイを外すと自分の首で器用に結び直す。
「手慣れてるな。」
「お父さんとお兄ちゃんのネクタイで練習したから。悠くん背が高いから、頭下げてくれないと届かないよ。」
自分の首からネクタイを外すと、まるでメダルをかけるかのように優しく、丁寧にそれを俺の首にかける。結び目をぎゅっと上げると同時に、彼女は俺にキスをした。あまりに刹那的な出来事だったので、理解が追いつかない。
しかしそんなことはお構いなしに、彼女は俺の手を取って歩き出す。引っ張られる形となり、前につんのめった。そして、それを受け止めてくれたのは、彩乃だった。
「えへへ、ごめんね。ゆっくり行こうね。」
彼女はいつもこうして俺のことを受け止めてくれる。小柄ながら、しっかりとした柔らかい態度で包み込んでくれた。恥ずかしながら、これからも何回も彼女に甘えることになってしまうだろう。もちろん、俺だって彼女のことを支えていきたいと思っているが、人間自分一人だけじゃ生きていけない。
「そうだな。ゆっくり歩いて行こうぜ。」
俺は自分から彩乃の手を取ると、ゆっくりと一歩ずつ歩き出す。彼女の小さくてすべすべとしたその柔らかい手の感触と、ひしひしと伝わってくる彼女の静かな幸せの主張を、俺は確かに、自分の掌で感じていた。
放課後、彩乃はいつものように図書館で勉強しよと誘ってきたが、午前授業ということで帰宅しようと彩乃に提案した。
「そうだね。お腹空いたし……あっ」
彼女は何かを閃いたのか何かを言いかけたが、それを口には出さなかった。
「どうした……?」
「あ、いや、その……」
どうやら何かを言うのに躊躇っているようだ。一緒に昼食食べに行くならそう言ってくれればいいのに。と、思っていると、彼女は口を開いた。
「ゆ、悠くんの家で食べてもいいかな……」
なんだ、そんなことかと思った。幼馴染なんだし、そんなことぐらい今更かよ、と言おうと思ったが、よく考えると彼女は俺と付き合い始めた後に一度も家に行きたいと言うことはなかった。
(つまりそうか、そういうことなのか……)
「ご、ご家族の方とかいてご迷惑なら無理しなくていいから。」
「いや、今日は家には誰もいないけど……」
「誰もっっ……!!」
「いいよ。折角だし、家で何か作って食べようか。」
彼女の顔が明るくなるのがよくわかった。こういう、わかりやすいところも可愛い。
帰り道も、もちろん手は繋いでいた。ただ、朝よりも彼女の手が暖かく感じた。
「いやぁ、美味しかったね。ご馳走様でした。」
「お粗末さまでした。」
ただの炒飯なのだが、彩乃は喜んでくれたようで何よりだ。
「今度は私が作るね。」
「わかった。楽しみにしてるよ。」
彩乃はふふっと笑うと、俺の肩にもたれてきた。シャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐる。少し高めの体温が肩を通して全身に伝わる。ブラウスを脱ぎ、学校内よりラフな格好になった彼女の柔らかさをダイレクトに感じる。
彼女の頬は紅潮し、明らかにそう言う雰囲気を醸し出していた。それは紛れもなく、俺を誘っている。今日は家に誰もおらず、そういうことをしても一切咎める人はいない。俺の理性が飛んだ次の瞬間、きっと彼女は一糸纏わぬ姿で俺の前に寝ているのだろう。
「今日は、勉強おやすみしてもいいんじゃないかな……?」
「そうだな。」
彼女が俺の肩から離れたのが合図になり、俺たちは貪るように相手の唇を求めた。腕を腰に回し強く引き寄せる。息継ぎをすると口と口を繋いでいる糸が見え、行為はエスカレートした。彼女のシャツのボタンを外し抱き寄せ、彼女の豊満な胸を覆っているそれに手をかける。
もちろん、その間もキスはどんどん激しさを増す。彼女の舌が俺の唇を無理やり押し広げ、歯の輪郭に沿うように這わせてくる。自分の口の中を弄られるというのは慣れないからなのか気持ち悪く、だが非日常的体験としてとても興奮するものであり、それはかつてないまでに気持ちの良いものだった。矛盾しているかもしれないが、紙一重の感覚が入り混じり、俺の頭に麻酔をかけてくる。歯の神経を通して彼女の舌の柔らかな感覚が脳を刺激する。電撃のような爽快感と刹那的なくすぐったさが混じり合い、更にお互いの感度を高め合っていた。
「もうダメ……我慢できない……」
離れた唇から発せられる言葉。艶やかに輝くお互いの唾液。目には雫を浮かべ、上目遣いでじっと俺の瞳を覗き込む。その扇情的な光景に、俺の理性が耐えられる余地など、一切なかった。
ホックを外し、指を前の方へと滑らせる。くすぐったそうに身じろぎする彼女を抑え、乳房へと到達した。キスで口を塞ぎ、彼女の乳房を乱暴に揉みしだく。そうして激しく主張する突起に触れた時、彩乃は大きく跳ねた。絶え絶えとした呼吸で必死に俺にしがみつく。耳元には、湿気を多く含んだ彼女の吐息が当たる。
俺は続けた。彼女のスカートの中に手を差し込もうとする。本能は、今以上に彼女を求めることを望んだ。
誘ってきた彩乃がいけないんだ。
俺の理性を壊そうとした彩乃が悪いんだ。
今だけは彩乃だけを感じさせてくれ。
今だけは……
まだ暑さが残るこの時期に、俺たちは汗だくになって絡み合っていた。
だが、俺たちは一つ大きなミスを犯していた。
――ここは自室ではなく、リビングなのだ。
それに気づいた時はもう遅い。
「悠……」
廊下とリビングを繋ぐドアのところには
姉、美鈴が立ち尽くしていた。
彼女はそれ以上言葉を発することはなく、玄関のドアが開けられる音のみがその場に残っていた。
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