第5話『揺らぐ気持ちと忘れられないもの』


 姉とのデートから数日、俺は姉と一言も声を交わしていなかった。正確に言えば、交わすことが出来なかった。元から生活リズムは真逆だったが、今回はどうやら姉から避けられているようだ。

「おはよう。」

と声をかけても目も合わせずにどこかに行ってしまう。あの日、さすがにやりすぎたのだろうか。

 ちょっと残念な気持ちを抱えつつ、しかし俺には彩乃がいるからと自分に言いきかせ学校へ行く。実際、姉のことを意識してしまっているものの本当に好きなのは彩乃なのだから、ケジメと線引きはすべきだろう。


 昼下がり。どんよりとした天気と昼食の後の眠気が重なって不快感を煽る。明日は台風になると天気予報では言っていたから、きっとその影響だろう。

 ふと彩乃に目をやると、彼女もまたこちらを見ていたため目があった。えへへ、と笑いながら机の下でこちらに手を振っているので、俺も手に持ったシャーペンを振って応える。地味で些細なやり取りだが、授業中に隠れて行う会話だと思うとどこか高揚感を覚える。

 少しやる気を回復し、俺はまた授業に戻った。あとからその光景を目撃していた横山にしつこく弄られたのはまた別の話だ。


 「悠君、勉強していこうよ。」

 終礼後、いつも通り彩乃に誘われて図書館に行く。高2で受験生の俺たちは、こうして日常的に勉強に明け暮れているのだ。彩乃とは進路が違うため目指す大学も違うのだが、お互い頑張ろうという意味でも二人で勉強するのが習慣化されていた。

 放課後に図書館に行く人なんて滅多におらず、図書委員もサボりかなんかで影も形も見えないので、静かな空間にペンの音だけが響いていた。俺は、数ページにも渡る英語長文と睨めっこしながら、時折辞書に頼りながも精読し、その一方で彩乃は数学と格闘してるようだ。

 しかし、数十分経つと飽きたのか、俺の足に自分の足をぶつけてきた。俺はまだ長文読解が終わっていないのでされるがままでいた。頬杖をつき、えへへと照れ笑いを浮かべながら、それでも俺の足を弄る姿は、普段生徒会で仕事をしている様子からは想像出来ないものだった。だんだんと集中力が切れ、くすぐったくなってきた。俺も足を伸ばし、彩乃の足を弄り返す。エスカレートしはじめた俺は彼女の靴下をを器用に脱がせ、足の指を絡めた。

 「ちょっ、、、!!やめっ、、、!!くすぐったいからっ!!」

 必死に逃げようとしているのが可愛くて、止めることなく続ける。彼女が目の前にいることを確かめるように、自分の気持ちを確かめるように、手ではなく足で彼女を感じたかった。少しずつ上り、スカートの中に滑り込ませる。太ももの柔らかい感触を覚えると、さすがにやり過ぎたのか彩乃は椅子から立ち上がった。すると突然、彼女はそのまま書架のほうへ駆けて行ってしまった。かと思うと、すぐに戻ってきて俺に、

 「悠君。少しいいかな……」

と言ってきた。どうやら、使いたい参考書があると言うのを口実に誘っているのだろうが、俺はそんなことは知らないふりをしてついていく。

 「もう少しで届くんだけどなぁ……」

 と言いながら、(演技で)一生懸命背伸びをする彩乃。可愛いが、かなり張り出た山が強調されかなりエロい。見惚れていると、彩乃の顔がいよいよ赤くなってきて限界なことに気づき、急いでその参考書を取る。彩乃が手を伸ばしているすぐ後ろから取ったから、胸元に彼女がすっぽりと収まっていた。小動物のようで愛でたくなるような、そんな子だ。

 ちらりと見えるほっぺが少しむくれていることに気づき、俺の中の何かが外れた気がした。別に必要でもない参考書を傍に置き、後ろから抱きつく。柔らかく小柄な体は確かに熱を持っていた。衣擦れの音ですら響いてしまうような、誰もいなくて静かな図書館。おまけに書架に挟まれた閉鎖的な空間。そんな所で何も起きないわけがなく……

 彩乃がそっと目を閉じ、俺も応えるように顔を近づける。俺たちの中で最も密着する事の出来る行為。これ以上でもこれ以下でもない適切な距離感の付き合い。

 ――しかし、それでもあの人のこと、あの人に貰った感触が頭をよぎったのはきっと気のせいだ。

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