第189話 牢獄の身だしなみ


これはどうしようもないな・・・


困った


爪切りでは身だしなみを整えるなんて無理だ



かと言って木工用品では石化してしてしまうかもしれない


あのスーツでは木工なんて出来ない、とにかく今日は解決策を探し回る


妻子に会えるのが今日なのか明日なのかそれとも一週間後?とにかく準備をする


鏡もないこの牢獄では自分の顔を確認するのには菓子の袋の裏か水鏡


そしてこの、部屋から持ち出せない小さな爪切りを使うぐらいしかない


爪切りの小さな板状のパーツ、ステンレスでできているあろうハンドルで顔を見る



これはひどい



ヒゲがもじゃもじゃだ


頬の全体に隙間なく、それでいてだらしなく髭が伸びている


長い人生でもこんなにもヒゲが伸びたのは初めてだ、今ならビッグフットの末裔か原始人と言われてもおかしくはない


妻も娘もヒゲが嫌いでいつも剃れと言っていた



・・・だめだ、娘には泣かれる想像しかできない



それもパパとわからずに知らない人と言われて、だ



それだけは絶対に避けたい・・・



いい案はないかとまだ見たことのない新たな部屋でなんとかならないかと一室ずつ開けていく


個人の部屋には部屋主がドアに触れなければ入ることは出来ない


今あるものでなんとか出来ないかと考えても無理だ、どう考えても髪はどうにか出来てもヒゲは剃れない


もしかしたら妻もわかってくれるかも知れないが、いやしかし、どうにもならないのか・・・?



一部屋ずつ調べていく



普段立ち寄らない場所に行く俺に驚くものも多いがかまっている時間はない


一部屋一部屋開けて信用できるやつに聞いていくも「デートの予定でもあるのか?」なんて笑われる


それか「疲れてるんだG」なんて言われて休むように言われる


ちょっと気が狂ったように思われたんだろう、ムカつくが反応する気もない



結論としてはどうにもならなかった


おそらくすべての部屋を見てきたがヒゲを剃れる道具はない



木工部屋に行き、俺のスペースの工具を見る


体を傷つけると石化する、だが毛はどうだ?毛は


毛を剃る行為は、どうなんだ?アウトではないのか?


ついつい工具を見てしまう



ノミやカンナの刃は素晴らしい切れ味だ


ノミもカンナも木を簡単に削ることが出来る、アジア発祥の実用品だ


その刃は芸術品のように美しく、もしもうっかりカンナの刃を足の指に落としでもしたらそのまま指が落ちるかもしれないほどに鋭利だ


0.01ミリ単位という超精密に硬い木をまるでシルクのように削れる

うまく削れた木の薄さは光を通すほどだ


調整は自分でも出来る、だが研磨は自分がやっているわけではない


ある日、何も考えずに使っていると手応えが違った


ほんの僅かな差であるがよく刃を見ると手入れされていた、管理者が研いだのだろう


ずっと使ってきた相棒だ


アジアでもアメリカでもナイフ等の刃物を研磨してすぐに切れ味を確かめるのに腕の毛を軽く剃るという手法がある


うまくいくか?自分のカミソリですらよく肌を切っていたが



・・・・・




「そんなにカンナを見つめてどうかしたんですか?G」


「・・・なんでもない」


「なんでもないっていいながら真っ青じゃないですか」



もう二度と会えないかもしれないと思っていた妻子に会える可能性がある


まだAにしか話してはいない


もし会えたとしても俺の身がどうなるかわからない


これは一度限りのチャンスかもしれない


他のやつが相手なら話す必要なんてないがRはとても気の利く日本人で友達だ


今までも日本語を教えてくれたり、食べ物について一緒に語り合ったりしたものだ


この友人に話せばなにか解決策が見つかるかもしれない



「R、実はな・・・」



面会のことを木を加工する音の鳴り響く部屋で小声で話した



「あー、なるほど、どうにかは出来るけどポイントはありますか?」


「なんとかなるのか!?」


「まぁ一応」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る