第2話
「やー、参っちゃいましたよぉ。さっき来たお客さんなんですけどねぇ」
角が生えた鬼ガールは修を誰かと勘違いしているのか、愚痴トークを開始した。
一方の修はそれはもう大興奮だったが、一言も発することはなかった。異世界に行くための方法の中に、女性と喋ってはならないという注意書きがあった為だ。
ここでもし何か喋って今の状況が水泡に帰してしまっては、悔やんでも悔やみきれない。今元の世界に戻されてしまったら、真っ先にその辺を走っているトラックに突っ込んでトラック転生しようと試みるだろう。
不幸なトラックの運ちゃんを生み出してはならないという鋼の意志で、修は無言を貫いた。
そんな修の様子を不審に思ったのだろう。鬼ガールは愚痴を一旦中止して修の方に振り返った。
「……誰?」
まあそういう反応になるだろうなあという反応。
「だ、誰っスか!? え、ここの人じゃないですよねアナタ!?」
恐ろしく狼狽えた様子で修に質問しだす鬼っ子。
しかし修はそれに答えることはない。喋ってはならないというルールを愚直に守っていたからだ。なんなら女性の方を見ることも無かった。
「誰!? ねぇ誰なの!? 怖いっスよぉ!!」
エレベーターというすぐに助けを呼べない密室の状況で、無言で突っ立っている不審な筋骨隆々の巨漢と二人っきり。彼女の恐怖は如何程のものだろうか。筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
やがて、チーンという音と共にエレベーターが停止した。
扉が開くと同時にほうほうの体で駆け出し、もとい逃げ出す鬼ガール。
一方の修は一体どんなファンタジックかつロマンティックな世界が待ち受けているのかとワクワクしながら扉の向こうへ目を向けた。
が、目に飛び込んできた光景は、なんだか普通のオフィスであった。
「ヨ、ヨウさーん!! 変な人がーーーーッ!!!」
叫びながら誰かに助けを求めている鬼ガールの後に続いて、修もゆったりと歩きながらオフィスへ降り立った。
そして修も叫んだ。
「っしゃあオラアアアアアアアアアア!!!!!」
突然フロア内に響き渡った二種類の叫び声を聞き、オフィスの面々が何事かと視線を向ける。
なぜ修が叫んだのかというと、訝しげな視線で見つめてくる皆様方が、どうみても人間ではなかったからであった。
なんだかフヨフヨと浮いている。なんだか動物の耳が付いていて毛深い。
修の想像していた『異世界の住人』そのものであった。
しかし修の歓喜の時間はそれほど長くは続かなかった。
バチン!!
という音と共に身体に衝撃が走り、修は床に倒れ伏した。
薄くなっていく意識の中で、修はこちらに向かってくる人影を見た。
「ラニ君、なにこの子」
「知らないです! エレベーターに乗り込んでたんです!」
怯えた顔でこちらを見つめる先程の鬼ガールと、ロン毛で糸目で『胡散臭い』という言葉を辞書で引いたら載っていそうな顔をした男。
「い……」
目の前が暗くなっていくのを感じながら、修は言葉を絞り出した。
「うん? なにかな」
未だに警戒は解いていない様子で聞き返す胡散臭ロン毛男。
「いまのって……魔法ですか……?」
そう言うと修は意識を失った。
この状況で出てくるセリフがそれなのか。
その場に残された者たちは、本当になんなんだこいつは、という顔で修を見つめることしか出来なかった。
異世界へ行く方法を試してみたら、マジで行けた話 古賀コアラ @AOI2580
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界へ行く方法を試してみたら、マジで行けた話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます