「広!」


 自宅に着いてからの一言は、そんなヴォーナの驚いた声だった。

 とはいえそれも仕方のないことで、私が今住んでいる家はマスターから貸してもらっている魔法の試し打ちなんかができる地下施設付きの豪邸なのだ。それは本当に無駄と言えるほど広いので、たまにマスターの雇ったメイドさんが掃除等の管理をしに来るくらいだった。


「こんな家に一人で暮らしてるの?」

「うん。まあ訳ありで」

「訳ありって…………いったい何なのよ…………」


 イヴネリアはうっすらと察しているようだったが、私の事情をほとんど知らない残りの三人はどこか呆れたような顔を浮かべていた。

 とはいえそれに面白おかしな反応を返せるような私でもないので、それ以上の反応はせずに早速本題へと話を移した。


「魔法器なら一階の倉庫か地下施設に置きっぱなしにしてるのがあるけど…………」

「地下施設ですか?」

「うん。魔法器の調整とかしてるとこ。よく使う魔法器はだいたいそこに置きっぱなしにしてるかな」

「では、そちらで」


 イヴネリアの言葉に他の三人も頷いたのを確認した私は、応接間の奥にある階段から、地下施設へと皆を案内した。

 地下施設とは言ってもそこまで大層なものではなく、だだっ広い訓練場のようなところだ。利点と言えば地表から大部離れているので大きな音を出してもいいところと、空調だけはしっかりと考えられた作りになっているところくらいだろうか。


「地下も凄く広いわね…………それで、例の魔法器っていうのは?」

「あれではないですか?あそこに立てかかっている…………」

「あれが?ただの弓にしか見えないのだけど」


 私が地下に置きっぱなしにしている物を見て、そんな会話を繰り広げるイヴネリアとヴォーナ。

 だがイヴネリアの言っていることは正しくて、ただの弓にしか見えないそれは立派な魔法器だった。


「まあそれもそうなんだけど、ここに置いてあるのは基本的に全部魔法器だよ。例えばこの手袋とか」


 そう言って私が手にしたのは、白地に指先だけ銀色に輝いているロンググローブ───それも、右手の分だけのものだ。これは私が特に愛用しているもので、火力調節の利く炎弾を放てる魔法器だった。


「こんな手袋が?」


 右手にハメた手袋型の魔法器を見て訝しげに呟いたヴォーナに対してコクリと頷いた私は、的に向かって火力を最低限に抑えた炎弾を放って見せた。

 それは直径三センチにも満たない小さな炎弾だったが、どうやら魔法を見たことがない彼女たちにはとても新鮮だったようで、その炎弾が爆ぜる音とともに静寂が訪れた。


「…………すごい」

「すごいって程のものじゃないと思うけど…………何なら試してみる?」

「試すって、私たちにも使えるってこと!?」


 私からしたら何気ない提案のつもりだったそれは、ヴォーナにとっては衝撃的なものだったようで、私は予想外の食い付きに少しばかり驚きながらも平静を装って答えた。


「誰にでもってわけじゃないけど…………着火魔器が使えるならこれも使えるよ」


 着火魔器というのはその名の通り火をつけることができる道具のことなのだが、これはアグマリエンがある物質と触れ合った時に発火するという性質を用いた道具で、魔力配列にアグマリエンが含まれている人しか扱えない道具なのだが、触れるだけで火がつくというとても便利な道具となっている。

 そして私の使っている手袋型の魔法器も基本的にはそれと同じ理論で作られているので、着火魔器が使えるなら理論上はこの魔法器も使えるというわけだ。


「着火魔器…………」

「無理?」

「ええ。でも確かアニーは使えたよわね?」

「うん。…………でも、それだけで本当に私にも使えるの…………?」

「理論上は可能ですね。着火魔器はアグマリエンという──────」


 私の代弁をするようにイヴネリアがその理由を答えると、アニレイは納得したようなしていないような表情で首を傾げた。


「それじゃあ、私も魔法使いになれるってこと?」

「可能と言えば可能ですが、訓練すればという条件付きになりますね」

「でも、あの手袋を使えば今の私でも魔法を使えるってことだよね…………?」

「はい。ですが、訓練しないと殺傷能力には欠ける程度のものしか使えないと思いますよ。魔法を使うだけなら今でも可能ですが、それでは魔法を使って戦う魔法使いとは言えないということです」

「なるほど…………」


 殺傷能力に欠けるという言葉で安心したのか、アニレイは先程まで表情に浮かんでいた恐怖の代わりに無邪気な好奇心を私に向けてきた。


「やってみたいです!」

「うん。とはいえ危険だから、使い方はちゃんと聞いてね」

「はい!」


 生きのいい返事をするアニレイに魔法器を渡した私は、後ろから抱きしめるようにしてアニレイの右手を掴んだ。


「いい?詳しい説明は省くけど、この指先の銀色の部分が魔法のトリガーになるの」

「は、はいっ」

「この銀色の部分が白地に触れると、魔力が漏れ始めてチャージが始まる。チャージは短すぎると不発に終わるだけだけど、やりすぎると暴発して手が吹き飛んじゃうから、怖ければ何度も試して徐々にチャージを伸ばすのがベストかな」

「吹き飛っ…………!?」

「まあ今は火力を裁定にしてるから問題ないくらいの小爆発が起きるくらいで済むと思うけど。むしろ爆発させてみる?」

「いやです!」


 アニレイの必死な抵抗に思わず笑みをこぼした私は、それを誤魔化すように説明へと戻った。


「アニレイの魔力配列がわからないから何とも言えないけど、多分三秒くらいのチャージで十分かな。だから指先を親指の付け根辺りに押し付けて、三秒くらいしたら離すって感じ」

「三秒つけたら、離す」

「そう。それで、中指の付け根辺りに発射口があるのはわかる?」

「この黒いのですか?」

「そう。そこから弾が出るから、発射口を的に向けながら指を離してね」

「わかりました!」


 一通り説明を終えた私は、アニレイから少し離れて様子を見守ることにした。

 …………でも、なんかアニレイいい匂いがしたなあ。血生臭い冒険者とは違って。


「つけて…………離すっ!」


 口に出す必要はないのだが、ご丁寧に口に出しながらその動作をしたアニレイ。その手からは先程私が放った炎弾と同じ程度のサイズの炎弾が飛び出し、アニレイはそれに驚いて私の方へと飛び下がってきた。


「うわっ!出ました!」

「そんなに驚かなくても」

「だだだだって!」


 初々しいというか、可愛いというか。

 なにやら興奮した様子のアニレイはその後ヴォーナに鎮められ、似たような感じで他の魔法器を紹介したり時には試させてあげたりしながらその日の放課後を過ごしたのだった。

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