第4話
一通り挨拶が終わって、この日のために作られた料理に舌鼓をうっていると、ファンファーレと共に王族が入場し、国王が舞踏会の開催を宣言した。
「それと、今日は皆にもう一つ宣言することがある。今日より第一王子のフリードを王太子とし、ベルモント侯爵家令嬢、リーゼを婚約者とする」
国王の発表と共に割れんばかりの拍手が鳴り響く。
リーゼ様が婚約者。あんなことがあったし会長はリーゼ様のことを誤解していたけど、生徒会の活動のときは普通だったし大丈夫よね?
拍手が鳴り止むと、ゆったりしたワルツが流れ始める。
「シャル、せっかくの舞踏会だし僕達も後で踊ろう」
アレンがダンスに誘ってくれて、返事をしようとしたが、なんだか周りがざわついている。
不思議に思って見渡すと、人の群れが真っ二つに別れてこちらに進んでくる人物がみえた。
あら? 会長だわ。
フリードはそのままシャルル達の目の前まで来て立ち止まった。
「シャル、来てくれたんだね。そのドレス、とても似合ってるよ。でもそうだな。今度はもう少し違う色のほうがいいかもしれない。今度、私が君に合うドレスを贈るよ。ひとまず、今は私と踊ろう」
「え」
嘘でしょ? 今リーゼ様と婚約発表したばかりじゃない。
普通、婚約者がいる場合は婚約者とファーストダンスを踊るのが決まりだとアレンから教わった。
会長は何を考えてるの? できれば踊りたくないけど、会長は王族だし断れないよね。そんなことしたらアレンに迷惑かけちゃう。
シャルルはこの場から逃げたくなった。
「失礼、先程ベルモント侯爵令嬢と婚約の発表がされたばかりですが、なぜ婚約者を誘わないのですか」
アレンがフリードから隠すようにシャルルの前に立つ。
「何だお前は」
「ウェルス商会の会頭をしております。シャルルは私のパートナーです。婚約者に礼儀も弁えない者には近づかれたくない」
「はっ、平民風情がのこのこと城の舞踏会に出入りして、あまつさえこの私にそんな口をきくなんて――」
「フリード、そこまでだ」
珍しく失礼な言動を、しかも王族相手にするアレンにヒヤヒヤしながら見守っていると、威厳のある声が聞こえた。
アレンの背中越しに覗き込むように声の主を伺うと、先程フリードとリーゼの婚約を宣言した国王その人だった。
「父上、なぜですか」
「フリード、今はプライベートではない。父と呼ぶには相応しくない。それよりも、だ。お前、本当に知らんのか」
「なんのことですか」
「そこにおるのはただの商人ではない。ネーベンの第五王子だ」
ネーベンの第五王子って隣国の王子様!?
シャルルは初めて知った事実に開いた口が塞がらなくなった。ネーベンといえば、隣国と言ってもこの国の倍の面積を誇る大国だ。
アレンとは長いこと幼なじみをしているが、全く知らなかった。そんな相手がなぜここに? と思ったら、ドレスをデザインしてくれた女性の話を思い出した。
『坊ちゃんは幼少の砌から勤勉で努力家でした。家の中でも坊ちゃんの右に出る者はいませんでね、それでも坊ちゃんは自分がご兄弟の邪魔をしないようにと父親と交渉して家を出てしまわれたんです』
「な、なぜネーベンの王子がここにいる!」
「ウェルス商会の会頭として招待状を頂いたからですよ」
アレン、そういうことじゃないと思うの。ってその顔、わかってて言ってるのね。
「ネーベンの第五王子は遊学で我が国に来とるのだ。もう何年になるか。はぁ、お前、そんなことも知らなかったのか。知らないはずはないんだがなぁ。アレン王子、息子がとんだ非礼をした。それとシャルル嬢といったか、息子が怖がらせてすまない」
王様から謝られた。私は明日、死んでしまうの?
シャルルは多すぎる情報量の処理と、自分の身に起こった事態に考えることを放棄した。もう、どうにでもなれ。
「待ってくれ! 私はリーゼとは結婚しない! 本当に愛してるのはシャル、君だけなんだ!!」
嘘でしょ。私、前に結構ひどい断り方したよね? え、あれ? 断ってない?
「馬鹿者! お前とリーゼの婚約はもう結ばれておる。恥を晒すな」
「私はそんなこと了承した覚えはない! 婚約は破棄だ。シャルを害する性根の腐ったリーゼなんかとは結婚しない」
フリードが叫んだ一言にシャルルは我慢ができなくなった。もう、ダメ。
「ごめん。アレン」
「シャルは心配しなくても大丈夫だから、言いたいこと言っていいよ」
アレンに背中を押され、口を開く。
「殿下、取り消してください」
「ああ、すぐに婚約なんて取り消すからね。シャル、私と結婚しよう」
「しません。リーゼを悪く言ったこと取り消してください」
「? 何故? ああ、そうか。リーゼに脅されてるのか。そうだ! リーゼをこの国から追放しよう。そしたらシャルも安心だろう」
話が通じない。思い込みもここまで来ると狂気を感じる。言いたいことを全部ぶちまけようと思ったが、これでは全く届かない。むしろ全部リーゼのせいにされてしまうだろう。
「ここまで、か」
国王がポツリと呟いた一言にざわついていた周りの参加者達が一斉に静まる。
「衛兵、フリードを塔へ連れていけ」
塔。城の奥にある塔は代々、様々な理由で表へ出られない王族が住む場所。事実上の幽閉である。
「なぜです! 陛下!」
「よもや、そんなこともわからないとは。お前はどれだけのことをしでかしたと思っているのか。もう、よい。連れていけ」
衛兵に引っ張られながら会場を去るフリードの扱いは最早、罪人のようであった。
「皆の者、経緯は見ての通りだ。フリードは今を以て廃太子とし、ベルモント家との婚約は白紙に戻す。ベルモント侯爵、後ほど話し合いを行いたい。他の者は後は好きに過ごされよ」
そう宣言し、国王は会場を出ていった。
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