第2話

 シャルルが学園に入学して半年がたった。


 影で平民が、と言われることはあるが表立っては何も言われず、至って平穏に過ごしていた。


 フリードもシャルルのことをなにかと気にかけていて、お互い名前で呼び合うようになっていた。何もかも好調だと思っていたのだ。今日、この瞬間までは。


 生徒会副会長のリーゼに内密の話があると呼び出されたシャルルは生徒会室に来ていた。


「お呼びでしょうか、副会長」


「シャルルさん、率直に言います。殿下のことを名前で呼ぶのをやめてくださらないかしら。貴族には親しい者、異性の場合は家族や婚約者のみが名前で呼ぶことを許されます。特に女性はその辺りはシビアなのよ。そもそも殿下が悪いのだけど。あなたのことを愛称で呼ぶでしょ? そのことで貴族の女生徒達の間であなたの事を悪く言う人が増えてるの」


 頭を殴られたような衝撃だった。


 少し考えればわかるはずなのに、私は何をのんきにしていたのか。いくら学園では平等でも、学園を一歩でもでたらもう現実だ。


 アレンにも商売する上で大事なことだと似たようなことを教えてもらったのに。


「すみま・・・せん」


「ごめんなさいね。あなたが嫌いで言ってるんじゃないのよ」


 わかっている。


 嫌いなら普通、そのまま何も言わず取り返しのつかない事態になるまで放っておくだろう。そして何かが起こったときに、それ見たことかと指差して笑って終わりだ。


 それなのに、こうして直接ひと目につかないように教えてくれている。


 本当に優しい人というのはこういう人のことね。


「はい、わかっています。すみませんでした。それと、ありがとうございます」


 シャルルの言葉にリーゼはほっとしたように息をはいた。


 人から顰蹙を買って何が王子様に見初められたい、だ。私がなりたいのはみんなから祝福されるお姫様なのに、これじゃ正反対だ。


「シャルッ!!」


 突然大きな音がして扉が開いたと思ったら、フリードが息を切らせてやってきた。


「シャル無事か? 何も言われてないか?」


「フリー・・・・会長、どうかしましたか?」


 慣れで名前で呼びそうになったのを慌てて直す。


「あぁ・・・・フリードとは呼んでくれないのかい? リーゼに何か言われたのか」


 そういってフリードはリーゼを憎々しげに睨みつけた。


 え? リーゼ様は何もしてないのにどうしてそんな顔で睨むの?


「リーゼ、大方君がシャルに嫉妬して何か吹き込んだんだろ」


「いいえ、シャルルさんと殿下の間に良くない噂が流れていたのでご忠告差し上げたまでですわ」


「はっ どうだか。あの噂だって君が流したんじゃないのか?」


 どうして会長はリーゼ様の話を嘘だと決めつけるの?


「会長、誰が流したかは一先ず置いておいて、会長は噂をご存知だったんですよね? なんで教えてくれなかったんですか」


「この私がシャルに名前を呼んでほしいんだ。文句を言いたいやつには言わせておけばいい」


 ああ、この人は私が被る不利益には興味がないのね。自分が一言いえばみんな黙ると思ってるんだわ。


 そんなの、表立って言われないだけで影ではこき下ろされてるかもしれないのに。


「シャル、二ヶ月後に城で舞踏会を開くんだ。私と一緒に参加してくれないか? もちろんドレスもアクセサリーもこっちで用意するから君は待っているだけでいい」


 会長が喋れば喋る程、私の中の王子様像が崩れていく。やめて、私の中の憧れの王子様をこれ以上壊さないで。


「すみません。会長と一緒には舞踏会にはいけません」


「何故? ああ、不安なのか。当日言おうと思ってたんだがシャルが不安なら今伝えるよ。シャル、私は君を慕っている。君は平民だけど私のこの気持ちはきっと、何ものにも代えられない真実の愛なんだと思う。どうか私との未来を考えてもらえないだろうか」


 ほんの少し前の私だったら喜んで返事をしていただろう。だけど、違うと気づいてしまった。


「ごめんなさい。あなたは私の王子様じゃないんです」


 これ以上会長と同じ空間にいたくなくて、私はリーゼ様の手を引いて逃げ出すように生徒会室を後にした。






「シャルルさん・・・」


 リーゼの声で我にかえり、慌てて手を離した。


「すみません。リーゼさ・・・副会長」


「リーゼでよろしくてよ。わざわざ私まで連れ出してくれたのね」


 フリードはリーゼを目の敵にしていた。シャルルがあんな風に断ってしまった後、あのままリーゼを残して行くと良くないことが起きそうな気がした。


 そのまま伝えるとリーゼはシャルルに向かって柔らかく微笑んだ。


「シャルルさん、あなたに会わせたい人がいるの。放課後、サロンを貸し切りで使えるようにしておくから来てもらえるかしら」


 二つ返事で了承した私は約束通り放課後、サロンの前まで来た。


サロンの扉の前には使用人の恰好をした女性が立っていて、名前を告げると中へ通された。


「シャル」


 中に入ると聞き慣れた声に呼ばれた。


「アレン!」


「ベルモント家のご令嬢から連絡を貰って急いで来たんだ。本物の王子様はどうだった?」


「私の理想の王子様じゃなかったわ」


 たとえ本物の王子様でも私が思い描いてきた王子様じゃあなかった。


「リーゼ様は?」


「挨拶だけして帰ってもらったよ。元々、シャルルが貴族の子女の中で困ってないかそれとなく様子を見るよう頼んでたんだ」


 流石というかなんというか、五本指の大商会ともなると貴族令嬢にお願いもできるの・・・?


「聞いて、アレン。王子様は私を慕ってると言ってくれたのに、良くない噂が出回っていても気にするなって言われたの」


「それは許せないね。本当にシャルのことを慕っているならその辺りは余計に気にして動くべきだ。ただでさえ特待生として通ってるシャルは目立つからね。問題を起こしたと見られたら風紀を乱したと退学にだってなりかねない」


「そうでしょう! それに、舞踏会に招待してくれたけどドレスもアクセサリーも自分が用意するから君は待ってるだけでいいなんて言うのよ。私の好みなんてしらないくせに」


 久しぶりに会ったアレンは入学してからの話をじっくり聞いてくれた。ひとしきり話し終えて少し心が軽くなった頃、アレンが切り出した。


「シャル、実は僕も舞踏会に仕事で招待されてるんだけど、パートナーがいないんだ。シャルは商会の人間って言っても過言じゃないし、良ければパートナーとして僕と一緒に行ってもらえれば嬉しいんだけど、殿下に会うのが気まずいなら断ってくれてもいい」


 仕事ってことは商会の宣伝かな。アレンと一緒なら楽しそうだけど。


「でも、ドレスの用意が出来ないよ」


「付き合ってもらうんだから、それくらいは僕に用意させて。ドレスやアクセサリーを決める時間はまだあるし、シャルの好きな物を一緒に考えよう」


 お城の舞踏会に着ていくようなドレスなんて既製品であっても普通の平民では手なんて出せないほど高い。アレンの商会ならダメージはないだろうけど。


「本当にいいの?」


「もちろん。シャルには必要ないと思うけど、気になるなら舞踏会での作法も復習しようか。昔みたいに一緒にね。どうせ出るならシャルが楽しめるようにしよう」


 そこまで言ってくれるなら私に否やはない。


「素敵! 舞踏会に行ってみたい!」


 返事を聞くと、じゃあ決まりだね。と言って、シャルルの次の休みにドレスの相談をすることになった。


「シャル、まだ明るいけど直に日も落ちる。どうせ方向も同じだし一緒に帰ろう」


 帰り道も、アレンとたくさん話をした。家に帰り着く頃には、今日の生徒会室での出来事なんて、シャルルの頭の片隅へと追いやられていた。

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