第33話

 そして、その時が来た――



「もう限界だわ、貴方、この娘を家から追い出して下さいな!


 足が何かに引っかかって転んだ。

 だが私は見た。

 珍しく夫人が男爵の帰りを迎えてにこやかに談笑していた時。

 できるだけ静かに、私は乾いた洗濯物を両手に沢山抱え、歩いていた。

 足元は上手く見えない。

 そこをすくわれた。

 転ぶ瞬間、私は見た。

 私の立ち位置から、上手く瓶の方向に転ぶように、細い細い、しかも絨毯の色に似せたロープがぴん、と足首の高さに張られたことを――

 夫人の声は刺々しく、玄関ホールに響いた。

 私が転んで乗っかった衝撃で、一気に砕け散った。

 そんな馬鹿な。

 散らばった欠片を名残惜しそうに見ながら、夫人は父に何か言っている。

 そしてそれに対し父は。


「この壺は、向こうの名家から貰ったもの。それをこの様にしてしまったというのは、過失としても許す訳にはいかないな。……いやもう茶番は止すか。いい加減、こんなことを続けていてもお前のためにならないぞ。出ていけ、その方がお前も楽になるんだ」


 壺?

 壺と言いましたね。

 おかしくないですか。

 壺と瓶では違うでしょう。

 この大きさ、この深さ。

 その違いも判らずに仕入れていたのですか?

 そして、私に対し、そんなことを考えていたのですか。

 こんなことを続けていて、と思いつつ居させた、と。


「はい、そうですね。もういい加減その方が良いですね」

「判ればいいんだ判れば。さあとっとと、この家から出ていけ」


 では、と黙って軽く頭を下げると、片付けは皆に任せ、黙って屋根裏の自室まで走った。

 そして既にまとめてあった荷物を取り出した。

 壁につけていたカレンダーの日付。


「待ってたわ、この時を」 


 そう、お祖父様の蟄居処分が解けたのが一昨日。

 一刻も早く出てきてくれ、と手紙も昨日やってきていた。

 そして今日、非常に都合よくこんなことが起こった。

 無論あのペットの彼が、そっと私の足を引っかけたのだ。

 そしてたぶん、あの瓶は既にすぐに壊れる様にひびが入っていた。

 というか、入れてあったのだろう。

 いくら何でも、転んだ私一人が覆い被さっただけで割れる様なものじゃない。

 そんな厚さではない。

 破片を見て思った。

 洗濯物も、破片が散ったからそのままでは使えないだろうから、きっと皆がそれごと一旦引き取ってくれるだろう。

 ともかく私は急ぐことにした。

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