第34話

 使用人口から出ると、少し離れたところに小さな箱馬車があった。


「こっちこっち!」


 そこからミュゼットが顔を出して、私を手招きする。

 私はできるだけ少なく持った荷物を手に、走り出した。

 この日に決行するということは伝えてあったので、お祖父様が用意してくれた馬車を、ミュゼットと弁護士の二人が待機させてくれていたのだ。

 ただ、ちょうど父の帰りとぶつかるので、見つからない様に。

 なおかつ子爵家の箱馬車でも一番地味なものを、と。

 扉を開け、私はまず荷物を手渡し、中に飛び込む。


「久しぶり!」

「貴女綺麗になったわねミュゼット!」


 本当に。


「貴女だって――」


 ……で止めるんですか。

 まあいい。

 とりあえずは、予定通りタウンハウスに戻ったお祖父様お祖母様との再会が先。

 でもこれは言っておかないといけない。


「上手くあのペットの彼が足を引っかけてくれたわ。どういうことをするか判らなかったけど」

「彼も謎ですね」


 オラルフ氏は目を眇める。


「ペットとして連れ回している姿は、私も夜会で見ました。で、私もさりげなく会話を聞いていたんですが、彼、あれで十八だというんですよ!」

「え、私と一緒?」


 とてもそうは見えなかった。

 すんなりとした身体、私達よりずっと綺麗な肌、そして十八歳というにはとても低い背。


「東洋の神秘ってとこですね」


 キャビン氏も腕を組んでうなづいた。


「判らないのは、何でわざわざ瓶にひびまで入れてくれて――要するに、協力してくれたのか、ということなんだけど。このどさくさに紛れて出てしまう、ということなのかしら」

「ペットが唐突に居なくなるという話ですか。そもそも持っていること自体があまり表沙汰にはしないでしょうからね。だから夜会なんですよ。深夜までとっぷりと遊ぶ類いの」

「本人はお暇する、って言ってのけていたから、たぶんそんなことは簡単にできるんだわ。ただ、そうしたら夫人が弟に当たらなければいいんだけど」

「ああ! そうね、あの子は私にとっても弟だものね」

「乳母が急に辞めたのよ。だけどその後釜が来ないの。仕方が無いから、皆で手分けして世話しているのだけど……」


 とは言え、だからと言って夫人と最も近い位置にある子供をそう簡単に動かすのも何だ。

 ともかく私達は馬車を走らせた。

 そしてようやく、子供の頃、数回だけ来たことがあるロルカ子爵家のタウンハウスへとたどり着いた。


「さあどうぞ、お嬢様」


 キャビン氏は少し茶化して私を送り出す。

 扉を開けると、そこにはずらりと使用人が出迎えてくれていた。

 そしてその向こうには。


「お祖父様! お祖母様!」

「まあまあ、アリサ! 何って大きくなったの!」


 私は持っていた小さなトランクも、帽子も放り出して二人の元に駆け寄った。

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