第6話 因縁 激闘クリストフ
翌日、商人の街サンタルークを目指す。もちろん脱兎は常に使うようにしている。
(少しずつ…脱兎を常に使うのに慣れてきた気がする…)
マリーナさんの寝相は悪い。
昨日は何回も蹴られて起こされた。そのことにクレームを入れると「冒険者とはそういうものよっ。」とはぐらかされたが、本当にそういうものなのだろうか…
「ほらっ街に着いたらまずはギルドで登録よっ。その後は、壊れたレオの盾を新調しましょう。」
マリーナが笑顔でレオに話しかける。
「はいっ。でもいいんですか? オレお金ほとんどないですよ。」
レオは今、昔からお手伝いをして貯めていた数百PYNしかない。
「あらっそんなこと気にしているの。あなたビッグベア倒したじゃない。その魔石と素材で十分に足りてると思うわよ。」
そっか素材を売ればお金になるのか。
「じゃあ行くわよっ。」
マリーナが歩きだす。慌ててレオは付いていった。
◇
「レオ。ここがギルドよ。覚えておいて。」
街の中に入り、ギルドに到達したようだ。ギルドを始めて見た。大きい。話としては聞いたことはあったが、こんなに大きい建物だとは思っていなかった。
「おっ大きいですね。ちょっと緊張してきました。」
「なに緊張してんのよ。ほらっ入るわよっ。」
ギルドの中に入ると、ひとでごった返している。冒険者ってこんなに多いんだと感心する。
「レオあの窓口よ。冒険者登録してきなさい。私は掲示板でクエストの確認でもしておくわっ。」
マリーナが窓口を指差す。分かりましたと返事をしてレオは一人で向かう。
窓口では変わった服装をした女性が受付してくれた。
「はい。冒険者の新規登録ですね。こちらのギルドでは特に冒険者になるための試験は設けていません。まずはこちらの水晶に手を当てて、次に名前と職業をこの申請書に書いてください。」
水晶のようなものに手を当てて、受付の女性がこちらに見えないようになにかメモしている。
レオは名前と職業を書こうとした手が止まる…
(職業は戦士で良いのかな。うさぎって書いても理解されないだろうし。)
レオは自信なさそうに、名前と職業『剣士』と書いた。
「ありがとうございます。それでもこちらがF級冒険者の証明書です。なくさないでくださいねっ。一通りギルドの使い方説明しましょうか? 」
ぶっきらぼうだなと思っていたがどうやら親切みたいだ。
「いえ。他の冒険者と旅していますので、大丈夫です。」
「あらっ。そうなの。分かったわ。最後に一つだけ忠告しておくわ、冒険者の中には悪いやつもいて弱いやつに荷物持ちさせたり、不当な金額で雇ったり、危険になったら見捨てたりするやつもいるの。冒険者が誰かは聞かないけど、注意なさいっ。」
もうそれ経験したんですが…とレオは苦笑いする。
受付の女性が応援してるわっ頑張ってと言い、レオにウインクした。
レオはお礼を言い、マリーナさんを探すが見当たらない。
「どうしよう。マリーナさんがいない。席に座って待っていようか。」
席に座ってギルド内を観察していると、後ろから肩を強く叩かれた。
◇
「レ~オ~久しぶりだなっ。おまえこんなところにいたのか。」
この声は振り向かなくてもわかる。クリストフだ。
「やっやあ、クリストフ。キミこそどうしたんだい。」
どうやらクリストフ一人みたいだ。
嫌な汗がダラダラと出て、口の中がカラカラに乾く。
「オレかっ。見てみろよこれ」
Dランクの証明書をクリストフが自慢気に差し出す。
「オレたちはDランクになったんだよ」
「そうか。おめでとう」
レオは素っ気なく返事を返す。クリストフはあんなことをしていてどういう神経で話しかけてくるのだろうか。
「レオはどうだっ。ってFランクかっ」
クリストフが大きく笑う。
ギルドのランクは色で一瞬で判断できるようになっている。それを見たクリストフがバカにした目をしてレオを見下し言葉を続ける。
「おまえ、聞いたよ。素直に街を出たらしいが、女に助けられたみたいじゃねえかっ。」
マリーナさんのことだろう。田舎はうわさが回るのが速い。
「うるさいな。それがクリストフ。君になにか関係あるのかい。」
クリストフがレオの服を掴む。
「あっ? てめえいつからそんなに偉くなったんだよ。」
それはこっちのセリフだよ。クリストフ。
「もうオレに関わらないでくれないか。クリストフ。あの日、キミがそう言ったんだろ。」
言い終わった瞬間クリストフの拳がレオに振り下ろされた。
◇
良い一撃が入った。スキル脱兎を使っていなかったからだろう。使っていれば避けられた…
「それで気が済んだかいクリストフ。もう帰ってくれ。」
周りの冒険者がレオに視線を向けている。冒険者に揉め事は大好物だ。
レオは腕についた埃を払い、立ち上がる。
「てめぇ分かってねえみたいだな。表出ろよ。素手でやってやるよ。そんな壊れた盾使ってるやつに剣をつかっちゃ、かわいそうだからな。」
野次馬の冒険者達が盛り上がる。決闘だっどっちに賭けるという声が聞こえてきた。
初日から目立ちたくなかった。
許しを請い、この場を収めようか。でも自分の力がどこまでクリストフと差があるのかを確かめたい気持ちもある。
「レオ、どうせその女に引っ付いてランクあげようとしてんだろ。この根性なしがっ。その代わりに夜の相手してやってんのか。まったく尻軽な女だぜっ。」
クリストフがゲラゲラと笑う。
自分のことはまだいいが、マリーナさんのことを悪く言われるのは心外だ。
「おい、クリストフ。取り消せよっ! 」
さすがに苛ついてきた。やってやる。
「おいザコ。さんをつけろよっ。格下だと分からせてやるぜっ。」
ギルドを出て、クリストフと対峙する。
すぐにクリストフが右腕を振りかぶり、突っ込んできた。
レオは即座にスキル脱兎を唱える。
後ろにかわす。
クリストフは連続でリズムよく殴るが、全てかわす。
(いけるっ。クリストフの攻撃は全部避けられる。)
「おいおい、どうしたレオ、逃げてるだけじゃ勝負にならねえぞ。弱虫なのは勝負でも一緒だな。」
冷静になれと思うが、さすがに血が頭にのぼってきた。
カウンター気味にレオがクリストフの顔を殴る。
「おいレオ、今なにかしたか」
クリストフがにたっと笑う。勝利を確信した目だ。
「この威力なら避ける必要もねえな。」
クリストフがクビをコキコキと鳴らす。余裕の表情だ。
ムキになったレオがクリストフに突っ込む。
「甘えよっ! 」と言いクリストフの膝がレオのお腹にヒットした。
衝撃でレオは膝を着く。
「もう終わりかよ。今謝るんなら、許してやってもいいぜっ。」
レオはゴホゴホと咳き込む。良い攻撃をくらってしまった。絶対にクリストフに負けたくない。どうしよう。打開する手段がない。オレは負けるのかと気分が落ち込む。
――その時
クリストフの後ろにいるギャラリーの中にマリーナさんの姿が見えた。
口がゆっくり動いている。何かオレに伝えたいのだろうか。
『冷静に。脱兎使え。』
そうだ。オレには冷静に避け続けることしかできない。クリストフがバテるまで待とう。
「なにをっこれからだよ。クリストフ。キミこそ疲れてきたんじゃない? 」
挑発して、クリストフの頭に血が上らせよう
案の定、クリストフが突っ込んでくる。
冷静にレオはかわす。脱兎を使って冷静に動けば当たることなんてないんだ。
―――5分は経過しただろうか。
クリストフが膝に手を付きぜえぜえ言っている。
「卑怯だぞ。レオ。逃げ回ってるだけじゃねえか。」
「キミが遅いだけだよ。当てられないキミの実力不足じゃないかな。」
クリストフは埒が明かないと判断したのだろう。腰につけている剣を抜いた。
「おいおい。街中での武器を用いた戦闘は罰則対象だと思うけど、いいのかい。見ている人も多いし問題になったら学校も退学になっちゃうんじゃない。」
なるべく、クリストフがイラつくような言葉を選ぶ。
「うるせえんだよっ。」
クリストフが剣を振りかぶりレオに斬りかかる。
しまった。煽りすぎた。レオは慌てて剣を抜く。
―――刹那、女性が間に入り、クリストフの剣を受け止めた。
「はいはい。そこまで。皆も解散してね~。キミっ剣を抜くのはやりすぎよっ」
「うるせえ邪魔すんじゃねよっ。誰だおまえっ…あっ」
クリストフが威勢よく女性に詰め寄るが、誰が止めたのかがわかったのだろう。途端に大人しくなる。
「私? 私はサンタルークのギルドマスターのニーナよ。これ以上暴れるなら憲兵に差し出すけどっ。」
どうやらギルドマスターのニーナさんが止めてくれたみたいだ。ほっと一安心する。
「あんた、たしかクリストフよねっ。ダメでしょ街中で剣抜いちゃ。」
ぽかっとクリストフが殴られる。正直、いい気味だ。
「やだなあ。ニーナさん、レオに稽古つけてやってただけですよ。」
クリストフがニーナさんにぺこぺこ謝まっている。
「とにかく、解散してもらうわ。まったく、冒険者の評判を下げることは謹んでよね。キミもだよっ。」
オレもニーナさんにはい。すみませんでしたと謝る。
クリストフはニーナに引きずられながらギルドに連れて行かれた。中指を立ててこちらを睨んでいたがそれは負け犬の遠吠えにしか見えなかった。
◇
決闘を見ていたギャラリーも解散し、人もまばらになった。
「レオ、あんたやるじゃない。」マリーナがレオを褒める。
「勝てませんでしたけどねっ…でも負けませんでしたっ。」
「数日前は彼に歯が立たなかったのが、もう互角にやり合えてるのよっ。上出来じゃないっ。」
マリーナさんが嬉しそうな顔をしている。
「ほらっさっさと防具買いに行くわよっ。」
マリーナさんがレオの頭をぽんとはたき、先に歩き出した。もう日も暮れ始めているし、急がないとっ。
レオは充実感を感じていた。最弱スキル。役立たず。とバカにされたオレがクリストフと互角に渡り合えたことは。すべてマリーナさんのおかげだ。
恥ずかしくて、口に出してお礼は言えないが、レオは心のなかで感謝の言葉を述べた。
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