四話 叶えてあげたいから

「うん、良いね!」

 方丈璃々子りりこはスマホの写真を眺め、満足気に詠んだ。

「春の午後~、ひねもすのたり、のたりかな~」


 スマホを返された華都はるとも、満更でもない顔で写真を見る。

 先ほど、黄泉比良荘の玄関前(大家の方丈璃々子りりこの自宅前)で撮って貰った写真だ。

 真面目顔で直立する華都はるとの左上に、咲く桜の花の枝が映り込んでいる。


「桜がないと気分が出ないっしょ?」

 方丈璃々子りりこは、カフェオレとショートケーキをこたつの天板に置く。

 こたつの上掛けの端には、飼い猫二匹が丸まって寝ている。

 

 ここは、彼女の家の六畳の和室だ。

 応接間として使っているのだろう。

 床の間があり、掛け軸には『満月と川』が描かれている。

 

 その下の花瓶には、写真に映り込んだ桜の枝が生けてある。

 写真を撮るために花屋さんで買ったらしい。

 塀の横に枝を固定して撮影したのだ。


 写真を撮ってくれたのは有難い、と華都はるとは感謝した。

 父と祖母に送れば喜んでくれるだろう。

 他の生徒や保護者は校舎近くの桜の前で撮影をしていたが――。

 

 

「あの……大家さん」

 華都はるとは、持参したブリント数枚をソソッと差し出す。

 保護者が来なかった生徒に渡された『保護者説明会』の概要を記したプリントだ。


「ああ、これね」

 方丈璃々子りりこは、快くプリントを受け取ってくれた。

「……ふーん。昔とあんまり変わらないね。お決まりの文章だ」


「え?」

「私も、あの学校に通ってたんだよ。卒業は出来なかったけど」

「そうなんですか?」


 華都はるとは温かいカフェオレをひと口すすり、今朝の出来事を思い浮かべる。

 彼女は、校内の道筋に詳しかった。

 同時に、二号室の住人をも思い浮かべる。

 彼も、同じ高校に通っていたと言っていた――。



「それと……新聞の件ですが」

 探るように言うと、方丈璃々子りりこは新聞記事を天板に置いた。

 彼女の部屋に転移した時に、ベッドに置き忘れた切り抜きだ。



 ――ある人に会わせて下さい。

 ――若い頃、交際していた人です。

 ――先日、その人が亡くなりました。

 ――その人にお礼を言いたいのです。

 ――ひな人形を贈っていただいたお礼を。



「引き受けるかい? 朝に説明した通りだよ」

 方丈璃々子りりこは、ショートケーキを口に入れる。

 華都はるとは数秒間沈黙し――肩を寄せて頷いた。


 未だに、身に起きたことが信じられない。

 完璧に理解しがたい。


 しかし、どうにか窮地を切り抜けられた。

 今も、気分は高揚気味だ。


 こんな訳の分からない依頼を受けるなど、昨日までの自分なら有り得ない。

 だが、超常の体験をして、目の前の大家の優しさに触れた。

 今なら人助けをしても良いと――少しだけ思える。


 それを読み取ったかのように、方丈璃々子りりこは軽く天板を叩いた。

「じゃあ、記事に触れて。そして『引き受けます』と言えば、この依頼は君の案件となる。案件は、三日以内に解決するのがルールだ。未解決が三件続けば、ペナルティとしてアパートから退去して貰う」


「はい……」

 華都はるとは、方丈璃々子りりこの言う『ルール』を、整理しきれないままに記事に触れた。


 言葉を紡ぐ前に、もう一度問う。

 

 こんな奇妙なことに首を突っ込むのは間違っているのでは?

 けれど、このアパートに住む条件は良すぎる。

 大家も親切だ。

 父と祖母を心配させたくない――。



「……引き受けます!」

 疑念を振り切り、宣言する。


 すると――記事に触れた手のひらが疼いた。

 跳ね返されたように手を上げると、記事が変化していた。

 顔を近づけると、文章が追加されていた。

 


 ――ある人に会わせて下さい。

 ――若い頃、交際していた人です。

 ――先日、その人が亡くなりました。

 ――その人にお礼を言いたいのです。

 ――ひな人形を贈っていただいたお礼を。


 ――平成十二年七月五日没

 ――長野綾子



「これって……?」

 華都はるとは驚愕する。

 平成十二年は、自分が生まれるより前だ。


「依頼主は、今から二十年以上前の、その日付けに亡くなった女性だ。だが、依頼が来たのは昨日だろう。依頼主の大切な人が、数日前に亡くなったんだよ」

「どういうことですか?」

 

「依頼主の魂は、大切な人への想いを断ち切れていない。それゆえに霊界に行けず、二十年以上も此の世に留まっている。キミの役目は、依頼主の望みを叶えること。この案件は、今日中に解決するのがベストだ」


「でも、どうやって?」

「依頼主に会おう。彼女は、今もその場所に居る。三号室の住人に頼もう」


「三号室?」

舟洞しゅうどうさんだ。彼女なら、依頼主の居場所に辿り着ける」


「その方には、お会いしたことがないですけど」

「紹介するよ。二人で協力するんだ。依頼主の大切な人の魂も、まだ現世に留まっている。亡くなって初七日を迎えていないからな。キミの霊道を渡り歩く能力を使え」


 方丈璃々子りりこは、カフェオレの残りを一気に飲み干した。



 ―― 続く。

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