三話 入学おめでとう
「……霊能力?」
だが、履いたままのローファーに気付き、慌てて脱いだ。
それを持ち、慎重にベッドから降りる。
ロボットのイラストが描かれたベッドカバーを汚さなかったか、腰を落として確認する。
――うん、大丈夫。
――汚していない。
満足して顔を上げると――壁際のローチェストの上には、戦隊ヒーローやロボットのフィギュア並んでいる。
初対面の時の彼女は、怪獣柄の
が、今は他人の趣味など気にしていられない。
立ち上がり、現状を理解しようと努める。
登校するために玄関ドアを開けたら、学校の女子トイレに移動した。
そこで転びかけたら、自宅アパート一階の大家の部屋に移動している。
「だから、
方丈 凛々子は彼に近付き、制服のブレザーのポケットに指を突っ込んだ。
そして取り出したのは――例の摩訶不思議な新聞記事の切り抜きである。
――ある人に会わせて下さい。
――若い頃、交際していた人です。
――先日、その人が亡くなりました。
――その人にお礼を言いたいのです。
――ひな人形を贈っていただいたお礼を。
「この切り抜きは?」
「二号室の古河さんが……今朝、食事を差し入れていただいて。それを包んでいた変な新聞に、その記事だけが載っていました。気になったので、切り抜いて持っていたんです」
「……これは、この世の物じゃない。これを持ち歩いていたから、無意識に能力が発動した。このアパートに居たなら、尚更ね」
彼女は、新聞記事をそっとベッドに置く。
だが、
「この世って……このアパートが事故物件とかって言うんですか?」
「そうじゃない。だが、ここはこの街の『霊道』の中央駅のような場所だ。
「はい……」
「あれは、誰でも見れる代物じゃない。それなりの資質を持つ者でないと、目視は不可能なの」
「……たまたま、僕が引っかかったってことですか?」
「たまたま、とは少し違うかな。
「お家賃が安いのは……まさか、この記事の依頼を受けろってことでは……」
「
「いや、それより学校が」
アパートから学校まで自転車で十五分ほどの距離だ。
今からだと、間に合わないかも知れない。
「じゃあ、これが役に立つ」
方丈 凛々子は、ドレッサーの引き出しから写真を取り出した。
写真には、高校の体育館らしき建物と水飲み場が写っている。
「桜南高校の体育館裏だ。運動部が使っている水道だよ。大きな『
「……はい」
写真を受け取ってポケットに入れると――何となく落ち着いた。
大家の言葉を整理しきれないが、登校するのが先決だ。
「あの……この家の玄関はどちらですか?」
訊ねると、方丈 凛々子は軽く首を振った。
「そこのドアから体育館裏に移動できるよ。写真の位置から右に向かえば、校舎がある。校舎に沿って歩けば、生徒用玄関に着くからね。それより……おめでとう」
「……え?」
「今日は入学式だよね? 式に出席してあげたいけど、用事で無理なんだ。帰って来たら、写真を撮ってあげるからね。そのヘルメットも脱ごうか」
「大家さん……」
入学式に出席する家族はいない。
祖母からは短いお祝いメールが来たが、入学式の出席は無理だと記されていた。
最初から分かっていたことだし、誰をも頼るつもりではなかったが……
「行ってらっしゃい!」
方丈 凛々子はドアに駆け寄り、そっと開けてくれた。
ヘルメットを脱ぐと、乱れた髪を手櫛で整えてくれる。
二匹の小猫も彼女の横に並び、すまし顔で。ちょこんと座る。
「……行ってきます……」
温かい光が体を通り抜け――
顔を上げると、上空には青空が広がっていた。
伸び始めた下草が足元を包む。
振り向いた向こうには、木々と塀があるだけだ。
本当に、学校に着いた――。
彼はローファーを履き、生徒用玄関に向かって駆け出した。
自分に起きたことは、まだ理解しがたい。
だが――自分を囲む景色が、大きく変わったことは間違いない。
――老いた女性の声が聞こえた気がした。
『ある人に会わせて下さい。その人にお礼を言いたいのです……』
―― 続く。
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