『のぞみの和解 下』
俺の家の目の前でギャーギャーと喚き口喧嘩をし出す佐藤とその取り巻き達。
流石に近所迷惑だし、うるさいので、俺は三人を例の地下室に転移させる。
その後、のぞみと一緒に俺たちも転移する。佐藤たちは俺とのぞみを見るや否や、土下座してきた。
「い、今までして来たこと全部謝るから、この背中の痒いの、どうにかしてよ!」
佐藤が叫ぶ。俺にそのかゆみは想像つかないが、こんな深夜に三人そろって押しかけてくるあたり、尋常なものではないのだろう。
そんな三人に、のぞみは優しい笑みを浮かべる。
「その傷はね、私のヒールを受けた6時間後くらいから痒くなって来てね、一週間以上放置していると、傷口がジュクジュクに腐って死ぬようになってるの」
「「「ひぃっ」」」
のぞみの言葉に三人は恐怖と絶望の混ざった表情をする。
「う、嘘でしょ? し、死ぬなんて……」
「林檎が、林檎が平井に酷いことするから!」
「あやねだってノリノリだったじゃん!!」
それから佐藤と黒髪が醜い言い争いを始めた。でも、のぞみがパンッと一つ手を叩くと二人は黙る。
「医者に行っても、科学じゃ治せないわ。『ヒール』で、その傷の状態が三人の正常な状態として保存してあるから、薬で頑張って治しても、自動的にその状態に戻るようになってるの」
のぞみは楽しそうに、説明する。
三人は反論する気力もないのか、未だに能力の存在を信じ切れていないのか、或いは馬鹿だからちゃんと理解できていないのか、黙って土下座なのか項垂れているのか解らないような体勢になっていた。
のぞみが嗜虐的に笑う。
「だけどね、私も鬼じゃないわ。慰謝料としてね、一回五万円払ってくれればヒールをかけて初期状態に戻してあげても良い。まあ、これから先、私やソラの気分を害するようなことをしたり、私やソラに逆らうような真似をしたら二度と『ヒール』をかけてあげないから、傷口を腐らせて死んでもらうだけだけど……」
のぞみの言葉に、三人は伏せていた顔を上げる。上げた顔は血の気が引いていて、真っ青を通り越して真っ白になっていた。
それもそのはず。6時間でかゆみが襲ってくる傷口の呪い。それから解放されるためには一日20万円稼ぐ必要がある。だけど頭が悪く、特殊なスキルがあるわけでもない、ただの高校生でしかないこいつらにそんな大金稼ぐ術なんてない。
いや、週に一回五万円を用意するのだって大変なはずだ。
「そ、そんな、五万円なんて大金……」
「その辺のおじさんにでも援助交際とかお願いすれば、稼げるんじゃない? まぁ、無理なら背中が腐って、強烈なかゆみと痛みに藻掻き苦しみながら死んでもらうだけだけど」
三人はのぞみの言葉に口をパクパクとさせ絶句していた。
俺は援助交際の相場を知らないけど、必ずしも5万円払って貰えるとも限らないだろうし、毎日相手が見つかるとも限らない。だけど三人は可能なら毎日、20万円は用意したいはずだ。
それが出来なければ、こんな深夜に俺の家まで押しかけてくるほどの猛烈な痒みに18時間は耐えなければいけなくなる。
だが、20万円を毎日用意するとなるとその難易度は凄まじいことになるだろう。
仮に身体を売って稼ぐにしても、相手なんて選べないだろうし、プレイ内容にNGとかも付ける余裕がなさそうだ。
「ま、三人とも、衛府蘭高校とは言え、一応現役の女子高生ってわけだし、汚いおっさんのうんこでも食べる覚悟があれば、用意できない額じゃないでしょ?」
「そ、そんな……」
「それ以外なら何でもします! ……お願い。もうこれから先、平井と伊藤に逆らわないし意地悪もしないって誓うから。治して! 痒いの! 辛いの!!」
「うっ、うぅっ。こんなの、こんなの酷いよ平井! ちょっと弄ってただけじゃん! みんな笑ってたじゃん! なのにこんな仕打ちってあんまりだよ!!」
茶髪が絶望した表情を見せ、黒髪がみっともなく許しを乞い、佐藤はふざけたことを抜かしていた。
「ま、嫌なら勝手に死ねば? 私は、アンタたち三人、死んでくれても全然構わないし。ソラ、帰りましょう」
「そうだね。三人はゲーセン裏で良い?」
「ええ」
「あ、そうだ。それとこれは俺からの命令なんだけど、佐藤たちに俺の家に押しかけて来てうるさくするような真似だけは止めさせてね? うるさくしたら、のぞみ、こいつらの治療は止めるんだよね?」
「勿論よ。と言うか私はソラの所有物だし、特に理由なんてなくってもソラがやめろと言うならやめるし、私はソラの言う事なら何でも聞くわよ」
のぞみは俺の首に手を回しながら、可愛らしいことを言ってくれる。のぞみは、ちゃんと弁えてくれるところも好感が持てる。……いきなりのぞみに彼女面されて、色々言われたら、愛着が湧いてきたとはいえ流石に腹立ちそうだしね。
「と言うわけで」
俺は三人をゲーセン裏に転移させて、それから部屋に戻った。
「もう一回する?」
「いや、今日はもう遅いし、眠いから寝る」
俺はそのまま布団に転がり、のぞみを抱き枕にしながら眠りについた。
◇
「ごっ、5万円持ってきたから、治してください!」
翌朝。佐藤とその取り巻き三人は、揃いも揃って五万円を持って俺の家までやってきた。のぞみは計15万円を乱暴に受け取ってから、三人を足蹴にして『ヒール』をかける。のぞみは涼しい顔をしていた。
「か、痒くない!」
「本当だ!」
「う、嘘みたい!」
佐藤たちはずっと苦しめられていた痒みから解放され、手放しに喜んでいる。……六時間後には痒くなってると言うのに。こいつらは数時間後のことすら想像できないのだろうか? いや、出来ないんだろうな。
後先の事を考えたら、恨まれて復讐されるのとか恐れて虐めなんて到底出来っこないし、こんなに馬鹿でもない。
そそくさと帰っていく愚かな佐藤たちが笑えてくる。
「はい、ソラ」
のぞみは三人から受け取ったお金を全て俺に手渡す。
「良いの?」
「ええ。私はソラのものだから、私が稼いだお金もソラに渡すのが道理でしょ?」
のぞみは嬉しそうにはにかみながら可愛いことを言ってくるので、俺はのぞみを抱き寄せて頭を撫でてやった。のぞみは本当に幸せそうな顔をしている。
俺は思う。――虐められた人間が、虐めて来た人間を許すのは凄く難しい。
ただ薄っぺらい言葉で謝罪されても、受けて来た屈辱や痛みは帰ってこないし、トラウマが解消されるわけでもない。
のぞみの場合は、俺と同じ虐められる側で強制されていたって言う同情できる要素があった上で、爪を剥がしながら誠心誠意謝罪してくれたから、俺ものぞみを許してこうして一緒に住むまでに至っている。
だけど佐藤たちのようなクズをのぞみが許すとなると――今まで虐められてきた分のつけを払うように、のぞみが今までされてきた以上に辛い思いをし続けることで、初めてその可能性が生まれるような気がする。
「ソラ。ソラ。ソラ……」
のぞみが俺の名前を連呼しながら甘えるように頭を胸に擦り付けてくる。俺は、のぞみを抱きしめ、頭を撫でた。
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