『のぞみの和解 上』
ゲーセンの裏で目が覚めた。街のライトに照らされ星の見えない夜空を見上げながら、あたしはのぞみに背中を切り刻まれ、ブラシで思いっきりゴシゴシさせられた悪夢のような記憶を思い出す。
私は怖くなって背中に触れてみるけど、あたしの背中には切り傷一つない。
近くにはかやとあやねも横たわっていた。二人の服は軽く血で汚れていて――あたしのもだけど――埃の糞尿の混じったような悪臭がする。
……あれは本当に現実だったんだろうか? 悪い夢でも見ていた気分だ。
私はかやとあやねの顔を見る。
『売ったんじゃないよ。それもこれも林檎が今まで好き勝手やってきた報いだよ』
『そうそう。それに私ら、ひら……のぞみの友達だしね!』
二人は暗い地下室でカッターを持つ平井を前に、あたしを取り押さえ、売った。
しかしそれさえも夢だったような気がする。切り刻まれて、脳裏にはあの激痛が残っているはずなのに、あたしの背中に傷はない。嘘みたいだ。
「あやね、かや。起きて」
あたしが声をかけると二人も目を覚まして起き上る。
「「ごめんなさい! ……あれ?」」
二人は泣きそうな顔でのごめんなさいと共に起き上り、それからあたしの顔とお互いの顔を見合わせた。
「……ゆ、夢?」
「うち、平井と伊藤に酷い目に遭わされる夢を見た」
「それあたしも!」
三人が共通の夢を見ていた? それとも現実?
思い返せば伊藤も不思議な技を使って、あたしを怪我させた。……のぞみも? いや、まさか。そんな非現実的な事あり得るわけない。やっぱり夢だ。
「……とりあえず今日は暗いし、もう帰ろっか?」
「「そ、そうだね……」」
妙に気まずそうな表情をしている二人と別れて、私は家に帰った。
家に帰ると飼い犬のベスが出迎えてくれる。
ベスはもう今年で17歳にもなる老犬で皮膚病にも罹かっている。正直汚いし、臭いし、お世話とか面倒だし、どっか適当な所に捨てて来て欲しいけど、ママにそう言ったら狂ったように怒ってたから未だに家にいる。
「しっし」
あたしは犬を手で払いのけ、家に入る。ただでさえ嫌な夢を見て気分が悪いってのに、あたしを出迎えたのが汚らしい犬でマジテン下げ。
あたしはとりあえず疲れを癒す為にお風呂に入って寝ることにした。
深夜。あたしは唐突に襲って来た背中の猛烈なかゆみによって目が覚めた。
物凄く痒い。尋常じゃなく痒い。それから、痛い。あたしは部屋の電気を点け、上着を脱いで、背中を鏡で見てみるけどあたしが掻いたひっかき傷がある程度で、それ以外に蕁麻疹が出来てるとかそう言った様子はない。
でも物凄く痒くて、痛い。……思い当たるのは、ゲーセンの裏で見た夢。
のぞみにカッターで背中を切り裂かれて、ブラシでゴシゴシされたあれしかない。……もしかしてあれは夢じゃなかったんだろうか?
だとしたら許せない。平井の分際で。大人しく伊藤のカス野郎と慎ましやかに付き合っているだけならブスのゴミ同士お似合いだし、今まで通りあたしらのパシリをちゃんとしてくれるなら許してやっても良かったけど……
平井、すっごくムカつく。
A組の奴らは集団神隠しにあっていて、橋田とか近衛も帰ってきてないのにあんな平井とか伊藤みたいなゴミクズだけ残ってるの本当に最悪。
あした絶対にとっちめる。それはそうとして痒い。すっごく痒い。寝れない。
深夜。
猛烈な痛痒感のせいで全然寝られなかったあたしは、この不快感を誤魔化す為に、手っ取り早く平井の家に突撃することにした。
平井の家は何度も行ったから知っている。けど、平井のお父さんは平井はずっと帰ってきていないって言っていた。
でも昨日、ゲーセンで伊藤と歩いているところと会った。だったら多分、平井は伊藤の家にいる。伊藤の家は、石橋君と橋田が行っていたのをついて行ったことが何度かあるから、場所は知っている。あたしは、伊藤の家に向かった。
「ごめんなさい! 平井、悪いことをしたと思ってるの! 痒いの! 痒くて痛くて寝られないの! 本当に許してください!」
「ごめんなさい! でも林檎に逆らえなかったの! 悪いのは林檎だけなの! うちらは許してよ!!」
伊藤の家に行くと、かなとあやねの大きな声が響いていた。
「あや! あやね!」
「林檎……。アンタのせいでうちら、とんでもないことになったじゃない!!」
「どう責任取ってくれるの?」
かなとあやねが凄まじい形相であたしに近づいてくる。……平井を虐めてたのはかなとあやねだって一緒だ。平井の手をカッターで切ってたわしで擦って遊ぼうって言ったのはあやねだったし、平井と家の汚い犬をセックスさせたら面白いんじゃね? って案を出したのはかなだった。
「あ、アンタたちだって一緒になって楽しんでたじゃん! あたしのせいにしないでよ!」
「はぁ、うるさいな。近所迷惑だからここでしないでよ」
かなとあやねと言い争いをしているとドアから伊藤が出て来て、気が付けばあたしたちは昨日の――あの悪夢で出て来た地下室に移動させられていた。
◇
「それでのぞみ。結局あの三人は治したみたいだけど、普通に治したわけじゃないんでしょ?」
のぞみを思う存分貪った後、純粋にあの三人の顛末については気になっていたのでのぞみに尋ねてみる。
「そうね。……実はあの三人、傷の表面しか治ってないの」
つまり、見た目上は綺麗になっていても傷口の中に塗りたくられた犬のうんこは全然除去されてないし、少し皮を剥がしてしまえば凄惨な傷口が露出するのだろう。
思い返せばのぞみは、あれだけの傷を三人分治療した割には、フィードバックでの苦しみが少なそうだった気もする。
「だからね、見た目は綺麗でも傷口はどんどんどんどんジュクジュクと腐っていく。だけど表面をちゃんと塞いでるから医者も治療するのは難しい。だから、私が治療しないとやがてかゆみと痛みにもだえ苦しみながら死ぬことになるでしょうね」
のぞみはニヤリと笑いながらそう言った。なるほど。中々にえげつない話だ。
表面上は存在しない傷口が腐り果てていくのは怖いだろうし、痛いし、痒いだろう。そしてその状況はのぞみの『ヒール』が無ければ作り出せないから、その苦しみを俺は想像することが出来ない。
そして、のぞみにしか治せないから、三人はあの傷の応急処置をして貰うために、今後一生のぞみに服従し続けるしかない。のぞみに逆らえば、待っているのは強烈なかゆみと痛みの伴う凄惨な死だけだ。
ドンドンドンドンドンドン! 俺の家のドアが叩かれ、インターホンが連打される。
「ごめんなさい! 平井、悪いことをしたと思ってるの! 痒いの! 痒くて痛くて寝られないの! 本当に許してください!」
「ごめんなさい! でも林檎に逆らえなかったの! 悪いのは林檎だけなの! うちらは許してよ!!」
佐藤の取り巻が虫のいいことをドアの向こうで叫んでいる。その奥から、佐藤の声も響いていた。……煩く鳴りそうだな。
「あや! あやね!」
「林檎……。アンタのせいでうちら、とんでもないことになったじゃない!!」
「どう責任取ってくれるの?」
「あ、アンタたちだって一緒になって楽しんでたじゃん! あたしのせいにしないでよ!」
流石にうるさい。俺はしょうがないので出ていく。
「はぁ、うるさいな。近所迷惑だからここでしないでよ」
それから俺は三人を例の地下室に転移させた。
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