『のぞみの仕返し』
「ソラ……」
ゲームセンターから佐藤たちが消えると、のぞみはその場にへたり込むように座り込んでからびしょびしょになった顔で俺を見た。
俺の手元のスイッチとは何も関係ないけど、のぞみの表情が凄くエロかった。
「馬鹿。私、あいつらの前でも気持ちよくて、それが悔しくて、恥ずかしくて、怖かった」
「ごめんな、のぞみ。今日はお前に優しくする日だったのに。ごめんな」
のぞみは震えながら俺に抱き着いてくる。そんなのぞみを少し愛おしく感じる。
のぞみは俺と同じく虐められっ子だった。教室でいつも佐藤たちに使いっパシリにされている様子を見て来たし、いつもおどおどしていて「ごめんなさい」と謝ってばかりのイメージがあった。
のぞみは俺を虐めて来たこともあったが、それでもあくまで佐藤や橋田に言われての事だった。虐められっ子が、いじめっ子に命令されて虐めに加担する――よくあるパターンである。まあ、俺を虐めていた時ののぞみが恍惚としていたのはさておき。
俺には、のぞみの気持ちを想像することが出来る。それは恨み、哀しさ、悔しさ、怒り。それらがないまぜになって体中から力が抜けていくような禍々しい感情。
「のぞみ。次はのぞみが仕返しをして良い番だ。俺が許可する。佐藤林檎やその取り巻きにのぞみの手で報いを受けさせることを」
「ソラ、ありがとう。大好きだよ」
耳元で息を吹きかけるようにそうのぞみに囁かれると、全身が痺れるように震えた。こういう事されると俺に効く。十年くらい誰にも愛されない時間を過ごしてきた俺に効く。
「……俺、部屋から道具取って来るけど、何か欲しいものはある?」
だから俺は、その気持ちを誤魔化すように元々聞こうと思ってたことを聞く。
「じゃあ、カッターナイフとトイレ用のブラシでお願い」
「了解」
俺はすぐに自室に転移して、カッターナイフとトイレ用ブラシと懐中電灯を取ってからすぐにのぞみの元へ転移して、それから佐藤たちのいる地下室へ、のぞみと一緒に転移した。
◇
「ひっ、暗い! 臭い! なにここ! どこ!? いきなりなに!?」
「林檎? あやね。どこ? 見えない。暗い。何なの? これ、どう言う事!?」
「い、いいいきなり足元に大きな穴みたいなものが開いたと思ったら――」
「「「きゃぁぁぁあああ!!!!」」」
地下室に転移して懐中電灯を点けると佐藤林檎とその取り巻き二人が顔いっぱいに恐怖を浮かべ、震え上がるように三人抱き合っていた。
「あははっ」
のぞみが愉快そうに笑い声をあげると、佐藤がいち早く怯えるのを辞めてきつくこちらを睨みつけて来た。
「平井? それに伊藤……これ、何? アンタがしたの?」
「そうだよ。それとここ、異世界の人通りの悪い道にある果物屋の地下室で――入り口は俺が頑張って大量の土嚢で塞いでおいたから、いくら叫んでも外には聞こえないし助けは来ないよ?」
「……異世界? 何言ってるの? 馬鹿じゃないの?」
「まあ別に信じようと信じまいと、君たちがゲーセンからこの地下室に連れて来られたって事実は変わらないけどね」
「夢。これは悪い夢よ」
佐藤が馬鹿にするように嗤い、取り巻きが顔を青褪めさせている。
「じゃあ夢かどうか確かめてみる?」
のぞみはにへらっと口を歪ませてから、ゆらりと佐藤に近づいて、佐藤の手にカッターナイフの刃を振りかざした。懐中電灯の光に、飛び散る鮮血が映しだされる。
「あっ、いっ、痛ぁぁぁぁっっ!!」
「ひ、平井、は、刃物は犯罪っしょ!」
「い、いじられて嫌だったのは解るけど、やり過ぎだよ!」
狭い地下室に甲高い佐藤の悲鳴がキンキンと響き渡る。とてもうるさい。その後に続いて、佐藤の取り巻きの日和ったような言葉が続いた。とても耳障りだった。
「いじる? やってる側はいつもそうやって片付けるよね。こっちは死にたくなるほど辛くて、殺したくなるほど悔しいのに。やりすぎ? じゃあアンタらが私にしたことはやりすぎじゃなかったってこと?」
「わ、私たちはそこまで平井に酷いことはしてないよ!」
「へー、そうなんだ。そう、解った。じゃあ、私がやられてきたことだったらやり返しても良いんだよね? 同じ目に遭わせても良いってことだよね?」
「そ、それは……」
けたけたとのぞみが狂ったようにヒステリーを起こすように声を荒げる。懐中電灯で照らしてみるとのぞみは凄まじい表情をしていた。
地下室内でカチカチッカチカチッとカッターナイフの刃が出し入れされる音が響いている。
「や、やったの林檎だし……」
「わ、私は本当は嫌だったけど、林檎に無理やりやらされただけだから」
「リナ? エリ?」
女の友情とはこうも脆いものなのか。地下室に転移させられ、のぞみがカッターを少し振り回すや否や、いつも佐藤に媚びへつらっていた取り巻きたちが意図も容易く佐藤を売り始める。
「へえ、そう。ふーん。じゃあさ、佐藤を取り押さえてよ。今すぐ。だってやったの佐藤だけなんでしょ?」
取り巻の二人が佐藤を取り押さえ始める。
「ね、ねえ、リナ、エリ、嘘だよね? 私を売るの?」
「売ったんじゃないよ。それもこれも林檎が今まで好き勝手やってきた報いだよ」
「そうそう。それに私ら、ひら……のぞみの友達だしね!」
醜い。友情が瓦解する瞬間は見るに堪えないほど醜かった。
「じゃあ、佐藤の服脱がして」
「ね、ねえ、待って!! リナ! エリ!!」
佐藤は女子の取りまとめで、クラスの中心だったけど、別に喧嘩が強かったわけじゃない。相手が二人でも取り押さえるのには十分で、佐藤の上着はいともたやすく脱がされてしまう。
佐藤のブラジャーは赤色のレースの派手な奴だった。のぞみはそのホックを容赦なく外す。
「ねえ、止めてよ平井! ちょっといじってただけじゃん!! こんなの、ここまですることないじゃん!!」
佐藤が喚く。だが俺はのぞみが教室で制服を脱がされているのを何回も見たことがあるし、俺の顔に被せるためと言ってパンツを脱がされているのも見たことがあった。と言うかそのパンツを被せられて全裸で教室に貼り付けにされた記憶は未だに割とトラウマでもある。
のぞみの拳にギュッと力が入っていた。のぞみは容赦なくカッターを振り下ろす。
袈裟懸けに、佐藤の少し浅黒い背中にカッターの傷痕が入った。
「あっ、い、痛ぁぁぁっっっ!!!」
佐藤の悲鳴が響く。しかしのぞみはそれに意に介した様子もなく爪痕のように何回も何回も佐藤の背中に斬り込みを入れて言っていた。
「い、痛い! や、止めてよ!」
「ひ、平井。流石にこれはやり過ぎだよ。死んじゃうよ、林檎が」
「大丈夫。死ぬ前に私が治せるから。治してまた切り刻めるから」
のぞみの言葉に取りまきがドン引きする。しかし、のぞみの仕返しはまだ始まったばかり。その復讐は序の口にすら至っていない。
のぞみは俺に持って来させたもう一つの道具――トイレ用のブラシを取り出す。
そして、散々切り刻んだ佐藤の背中をごしごしと擦り始めた。
「あっきゃぁぁぁあああああああっっ!!!!」
佐藤の悲鳴が地下室に響き渡った。
だが俺は知っている。のぞみが彼女たちに受けた仕打ちはまだ、こんな生温い仕返しで済むようなものではない、と――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます