『のぞみの報復』

「あっきゃぁぁぁあああああああっっ!!!!」


 地下室に佐藤林檎の悲鳴がキンキンと響き渡る。白い背中につけられたカッターによる鮮烈な傷口をのぞみが容赦なくゴシゴシとトイレ掃除用のデッキブラシで擦っていた。

 デッキブラシの緑色のブラシ部分は佐藤の血によって赤く染まり、カッターによってつけられた傷口が広がっているのか白い背中がどんどん真っ赤に染まっていく。


 痛いだろう。激痛だろう。似たようなことを俺もクソ親父にされたことがあるから解るけど、傷口をブラシで擦られたり塩を塗られるのは凄く痛い。

 特に佐藤に使用されているのはとても不衛生なトイレ用……それも便器の中を掃除するのにも使っているやつだ。


 下手しなくても放置すれば破傷風になる。

 のぞみなら『ヒール』でそれを治せるんだろうけど、それにしたってその苦痛と生理的嫌悪感は計り知れない。


「あっきゃぁぁぁあああああああっっ! あっきゃぁぁぁあああああああっっ!! あっきゃぁぁぁあああああああっっ!!! ひっひっひっひっひぃっ!!!!」


 佐藤はあまりにもの痛みに言葉を失い、ただただ悲鳴を上げる。


 佐藤は暴れ、飛び上がり、その苦痛から逃れようとするけど、のぞみによって踏みつけられ、何より今まで佐藤の友達だった取り巻たちに押さえつけられている。

 どんなに窮地に追い込まれた人間の苦痛から逃れようとする動きでも、所詮は何も鍛えてないただの女子。三人の女子に押さえつけられてしまえば逃れようもない。


 気が付くと佐藤の股間の部分と、顔の部分の地面が泥のようになっていた。

 その痛み、苦痛により、佐藤は体中の穴と言う穴から体液を流したのだろう。きっと佐藤がうつぶせに取り押さえられているそこを剥がせば、その地面も汗でしっとりと泥のようになっていることだろう。


 つい十数分ほど前まで取り巻と共に楽しく街でも歩いて、これからゲーセンでわいわいする予定だったのだろうか?


 のぞみに無惨で凄惨な虐めをしておいてのうのうと幸せな生活を謳歌できるとでも思っていたのだろうか?

 いや、本来なら出来た。俺がリモーナによって異世界に召喚され『転移』を手に入れることさえなければ、彼女たちは裁かれず、報いを受けず幸せに生きていた。


 だが、現実は俺が『転移』を手に入れた。


 俺も橋田や石橋に酷い虐めを受けていた。可能ならのぞみが佐藤にしたような酷いことを――いや、それよりももっと酷いことをしてやりたいと思う。

 だから、痛めつけられている佐藤を見ても同情が全然湧いてこなかった。


 俺もかつてはのぞみに虐められていたのに――それがあくまで橋田たちや、この佐藤たちの指示だったからか……その上でちゃんと誠意を見せて和解できたからか、或いはエッチしてそれがかなり良かったからか。


 案外俺の感情はかなりのぞみに傾いているらしい。


 佐藤がぴくぴくと痙攣し、いよいよ悲鳴すら上げなくなった頃。流石に見てられなくなったのか、茶髪の方の取り巻が言う。


「ね、ねえ、もうやめてあげようよ。これ以上は林檎が死んじゃう!」


 さっきまで友達だったはずの佐藤が思いっきり痛めつけられてるのに、わが身可愛さで取り押さえ続けてたのに?

 その偽善者ぶりに俺は、思わず吹き出しそうになった。


 カチカチッ、とのぞみがカッターの刃の音を立てる。


「別に私、あんたらのことも許してないんだけど。……ま、でも、動かなくなった佐藤をこれ以上痛めつけてもつまんないし、目覚めるまで今度は二人を同じ目に遭わせてやろうかな?」


「り、リナ! アンタが余計な事を言うから! の、のぞみ! い、言ったのはリナだし、そもそも私、本当はいつものぞみのこと可哀そうだと思ってて……私が虐めの標的になるのが怖くて助けられなかったけど、それでもずっと嫌だと思ってたの!!」


 取り巻の一人――黒髪赤メッシュの……そう言えばこの前Bクラスで突然(俺の『転移』によって)全裸になってBクラスを暫く学級閉鎖にした女が、のぞみの言葉を聞いて茶髪の取り巻までも売り始めた。


「え、エリ! お前が反対してるの見たことないし! む、寧ろ反対してたのは私で、じ、実はのぞみにあんまり酷いことしないようにって二人に言ってたし」


「そんなことない! リナは嘘ついてる! 本当は私なの!」


「い、いや、私なの!!」


 リナとエリとやらは睨みあい醜く互いをのぞみに売り始める。それをのぞみは冷ややかな目で見ていた。


「へぇ。私、裸に剥かれ靴を舐めさせられたり、犬とセックスさせられたりしたけど、それって二人的には大したことじゃなかったのかな?」


「「い、いや、だからそれは林檎が……」」


 二人は目を逸らして、最終的に倒れている佐藤に罪をかぶせることを選んだ。のぞみはニヤッと口を三日月に歪めて嗤う。


「まぁ良いや。だったらさ、やって見せてよ。今、ここで。だってほら、二人的には大したことないんでしょ? 佐藤が起き上るまでの間、暇だし。ちゃんとやれた方だけは仕返ししないであげるからさ?」


 のぞみがニタニタと笑いながら言うと二人はサーッと顔を青褪めさせた。二人はチラッと俺の方を見る。


「せ、せめて、伊藤には後ろ向いててもらえない?」


「却下ね。私ソラの言う事は何でも聞くけど、ソラに言う事を聞かせることは出来ないわ。そうでなくとも、貴方たちの醜態はソラに是非とも見て欲しいもの」


 のぞみは俺の方を向いてウインクしてくる。まぁそうだな。散々のぞみを虐め、俺をも間接的に何度も虐めて来た佐藤やその取り巻き達が酷い目に遭う様はみていてとても痛快だし。


 俺が後ろを向いてあげる気はないと様子的に悟る二人。


 しかし男である――それも犬以下だと思うくらいに大嫌いな俺に裸を見られるのは抵抗があるのか、躊躇う二人。

 カチカチとのぞみのカッターの音が鳴る。その音に青褪め、意を決したように先に服を脱いだのは黒髪赤メッシュの方だった。


 Bクラスで一度全裸を晒しているから抵抗は少なかったのだろう。


 そそくさと服を脱いで、そのままのぞみの足元で土下座した。


「ご、ごめん! のぞみ。この通り。林檎もリナものぞみにしたことはやり過ぎだったと思ってるし、それを止められなかった私も同罪だと思ってる。本当にごめんなさい! 許してください!」


「……それだけ?」


「ひら……く、靴を舐めます! ぺろぺろぺろぺろぺろ」


 のぞみに何か言おうとしたけど、カッターの刃とのぞみの冷たい目を見て、黒髪赤メッシュはぺろぺろと一生懸命のぞみの靴を舐め始めた。


「え、エリ! あんたプライドないの?」


「な、ないよ! か、カッターで切られるのとかブラシで擦られるのとか絶対嫌だし、わ、悪いことをしたんだから、ちゃんと謝るのが当たり前だよ!!」


 前半に本音、後半に心にもない綺麗ごとを言う。


「それで?」


 のぞみがカッターの刃をちらつかせながら睨むと茶髪の方が顔を少し赤く染め、つよく下唇を噛みながら服を脱ぎ始める。いきなり教室で全裸にさせられた経験がないから恥ずかしいのだろう。

 ちらちらと俺の方を気にしている。


 茶髪の方はとっとと身体を隠してしまいたいのか、俺の視線から逃れるように土下座の体制に映ろうとして、のぞみがそれを足で止める。


「土下座靴舐めはもう見たし、足りてるわ。アンタは裸踊りでもしなさい」


「のぞみ……!」


「ま、別に、嫌ならカッターでも良いんだけどね。そっちの方が楽しいし。どうする?」


「……や、やります。やれば良いんでしょ?」


 のぞみの報復はまだまだ続く――




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