『落とし前』

「リースの件の落とし前をつけに来た――」


 俺が国王を睨みつけながら断言すると、国王は少し青い顔をしながらごくりと喉を鳴らした。しかしそれだけで国王は少しだけリースに虫を見るような目を向けてから険しい表情をして、俺たちを高い位置から見下ろしている。


「リモーナ、ソラ様に挨拶」


 リースの低い声が響いた。リモーナは「ひっ」と嗚咽のような悲鳴を漏らして、そのまま服に手をかけ脱ぎ始めた。


 リモーナの部屋より、俺に与えたスイートルームよりも貧相な部屋に追いやった国王の前で。恐らく、実の父親の前で。リモーナは恥も体裁も誇りもなく服を脱ぐ。

 震えるリモーナの碧い瞳には、リースが手に持っている裁縫針のみが映っているように見えた。


 リモーナは瞬く間に全裸になって、俺の足元で土下座をする。


 お尻を国王やそれを護衛する数名の騎士に向ける位置で、みっともなく、惨めに俺の足元に土下座をし、ぺろぺろと、王城に来るために履いてきた俺の土足を舐め始めた。そんなリモーナの様を見て、騎士や国王はくわっと目を見開いた。


「り、リモーナ。……あ、あのリモーナが――」

「う、嘘だろ。お、王女殿下……」


 国王が住むにしては貧相な部屋に追いやり、このバルバトスの実権を握っていたはずのリモーナが。そして、そんなリモーナに仕えていたであろう騎士が、驚愕と軽蔑の入り混じった表情で、地を這い、土下座をし、俺の靴をぺろぺろと犬ほどの尊厳もなく舐めるリモーナを見つめていた。


 国王は顔を真っ青にして、ガクガク(((;゚Д゚)))ブルブルと震わせながら恐る恐ると言った風体で


「て、転移の勇者様。落とし前とはな、なにをお望みか。――そもそも私は詳しい状況を知らないのだ」


「でも、大方予想はしてんだろ? ……お察しの通り俺のリースが、このリモーナに酷い目に遭わされたんだ」


「リモーナ、お前はなんと莫迦な事を。――お前は優秀だが少し感情的になりすぎてしまうきらいがあるといつも注意していたのに……」


 国王が嘆くように溢すが、リモーナは返事もせずに俺の靴をぺろぺろしている。


「ソラ様。私は暫くこの部屋に監禁され政に携わることもなく、今回の件も具体的に何があったかまでは解らない。だが、リモーナが大変な失礼を働いた。その件については済まなかった。謝罪させてほしい」


「ほう」


 深々と椅子に座りながらであるが頭を下げるこの国王に俺は、上に立つ者としての威厳のようなものを感じ取った。

 彼は気弱そうな見た目をしているし、恐らく政策や部下を纏める観点に置いて突出した点もないのだと思う。

 それでも即座に頭を下げるという――終ぞリモーナは出来なかった正しい判断を一瞬で下したこの国王は解っている奴だと思った。


「それで? どうやって誠意を示すつもりだ?」


「そ、そうだな。……では、安直ではあるが、そこのハーフエルフに危害を加えた騎士を処刑しましょう。指示はリモーナだが、実行は部下でしょうし。

 それとリモーナを正式に差し上げます。奴隷とするもよし、殺すもよしです」


 ずっと俺の靴を舐めていたリモーナが顔を上げ、振り返る。


「お、お父様! ちょ、ちょっとお待ちください!! そんなっ! ハーフエルフを虐げるのはバルバトスの伝統です! お、お父様だって過去に何十とハーフエルフを嬲って薬にしてきたではないですか!

 なのにっ! なのに私だけが酷い目に遭うなんて不公平です!」


「ええい、黙れこのバカ娘が! お前はこの問題の本質が全然わかっておらん! ハーフエルフを虐げたのが問題なのではなく、ソラ様のものを傷つけたのが問題なのだ! そんなことも解らんでこの私から玉座を奪ったのか!?」


「そ、そんなっ、で、でも……」


「でももだってもあるか!! リモーナ。お前はこのバルバトス王国の最高権力者なのだ。失敗したのであればその身を命をもって償うべきだろう!!」


 国王の発言にリモーナが涙ぐむ。


 そんなリモーナの態度がかなり不愉快だった。彼女の指示に従っただけの騎士を庇う素振りもなく、言い訳ばかり。

 やはりたった一日程度の教育じゃ足りなかったのだろう。


 場合によってはリモーナをバルバトスの王女に戻してやっても良いかなって考えていたけど、この様子だとのど元過ぎればなんとやらで数日経過したら元通りになって再びハーフエルフが酷い目に遭わされるバルバトスになりそうだと思った。


 そうなればリースは哀しいだろうし、出来ることなら俺はリースの喜んでいる顔を見ていたい。


「なあ、リース。リモーナを、この国をどうしたい?」


 国王の思惑は多分、下手に出ながらリモーナやその部下の騎士を俺に差し出して、なるべく安くで謝罪を済まそうとしている。

 あわよくば再び自分の政権にして、これを機にリモーナ派を俺への謝罪の印として殺して回る可能性もあると思う。


 でも、別に俺はそれでも良いと思っている。と言うか、この国の政治とか誰が国王をするとか、その他諸々とか正直どうでも良いと思っている。

 でも、この国の体制に苦しめられ、ハーフエルフ故に差別され辛い思いをした過去があるリースは違う。


 この国で何十年も暮らしてきたリースには積年の思い入れがある。


 俺はリースが何を望むのか解らない。


 だけどリースが望むならリモーナを殺しても良いし、国王を殺しても良い。俺の転移能力があれば上級に山とかを転移させて疑似隕石を降らせるみたいなことも出来るし、この前戦ったサイクロプスを街のど真ん中に連れてくるくらいの事も簡単に出来るから、もし、リースがこの国を許せなくて滅ぼしたいと思うならそれも出来る。


 と言うかそれが一番楽だし、それが良いんじゃないかと思えてきた。


 だけどリースは――


「でしたら、この国の王様をソラ様にしてください」


 そんなことを言い出した。

 国王は目を見開いてから強く目を瞑った。


「……まあ、リモーナに政権を取られた私も。ソラ様を怒らせたリモーナもこの国の王たる資格なし。星7のスキルを持ち、真の勇者である可能性が高いソラ様が国王ならそれもまたこの国の未来の為になるであろう」


 国王はあっさりと認める。


「す、素晴らしい考えだと思います!」


 そしてリモーナもリースの手に持たれている針に注目しながらも賛成した。


 正直、俺としてはこんな国チョーいらない。

 文明レベル酷いし、汚いし、治安悪いし。それこそこのバルバトスで国王になって贅沢の限りを尽くしても、日本で食うよりうまい飯は食えないだろうし、良い布団は手に入らないだろうし、エアコンとかトイレがないから家も日本の方がずっと快適だと思う。


「……そ、ソラ様はどうでしょうか?」


 リースが少し顔を赤くしながら、伺うように訪ねてくる。

 まあ、正直国は全然いらないけど――まあ、貰っておいても良いか。


「まあ、良いんじゃない。でも、政治とかそう言うの面倒くさいからリースを大臣に任命するわ。なんか全部任せるから適当にやっといて。リモーナも国王も、リースにちゃんと従うようにね?」


「は、ハーフエルフに?」

「は、ハーフエルフがバルバトスの実質的な支配者になるなんて……」


 国王や騎士が青い顔をしている。まあ、今まで散々差別してきたハーフエルフが国のトップになるのだ。無理もない。


 だけど、だからと言って俺に斬りかかって来るとか異議を唱えるとかはしてこない。彼らにとって、リモーナが全裸土下座をしたことはそんなにも衝撃的だったのだろうか? 或いは、リモーナと違って『転移』の最強さをある程度でも理解しているのだろうか?


 何にせよ、どうやら俺はこのバルバトスの国王になったらしい。


 とは言っても統治とか面倒くさいし。さしあたっては売国して金を稼いでいく方向でこの国を運営していきたいと思う――

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