『国王謁見』

 サイクロプス討伐の報酬が金貨400枚になった。倒すのに掛かった費用は洗剤二つ分程度だったからこの上ないくらいの利益率。リモーナと揉めたことで100枚分ほど色を付けて貰えて、俺の気分は中々に上昇していた。


「お帰りなさい、ソラ様」


「ああ、うん。ただいまリース。見てよこれ。金貨400枚だって」


「400枚! ……なるほど、ギルマスも少し奮発したようですね。……ですがソラ様の強さを考えれば妥当と言えば妥当ですね」


 ああ、まぁ。あの世界における魔物の脅威がどれほどのものなのかは俺にはさっぱり解らないけど、それでもまた倒して欲しいなら報酬ははずむのか。

 なんかこう、そう言う裏事情みたいな話を聞くとリースってついこの間までちゃんとあのギルドで働いてたんだなって思った。


「ところでリース、リモーナは?」


「リモーナでしたら、のぞみ様と一緒にソラ様の部屋の掃除をされてますよ」


 まあ、俺の部屋を盛大に汚したのはリモーナだし、自分で掃除するのが筋か。


「どうしてですか?」


「いやね。今日、リモーナを王宮に返却しようかと思って」


「王宮に返却?」


「うんうん。なんか騎士たちも探してるみたいだし」


 それとは別に、俺としても騎士たちには用がある。

 ――なにせ、リースを散々な目に遭わせたのは王女リモーナの指示であるが、リースを拘束してあの暗い場所に運び込み、その酷い責め苦を実行をしたのはきっとリモーナ本人ではないと思っている。


 指示されたから、と言うのは言い訳にならない。

 あんなリモーナに忠誠を誓ったのも、騎士の自己責任だ。落とし前をつける必要はあると思っている。


 俺は自分の部屋のドアを開けた。


「ほらほら、王女様。自分で汚したんだから自分で舐めて掃除するのよ。うふふっ」


 全裸で床に這いつくばり、リモーナが流した尿や血やその他体液がこびりついた床をぺろぺろと舐めるリモーナと、そのリモーナの頭を踏みつけ恍惚の表情を浮かべているのぞみ。


「おい、のぞみ」


「あ、いや、これは……その。昨日ソラに頼まれたリモーナの教育の続きで――」


 俺はのぞみの恍惚とした表情が嫌いだ。虐められていた過去の記憶が蘇るから。

 だけど、俺に見られて泣きそうな顔でおろおろしている今ののぞみは好きだ。まあ、これくらいのお遊び許してやらんでもない。

 ……今朝、リモーナとのエッチを目の前で見せた時、凄く寂しそうな顔もしていたし、多分、きっとそれが大いに関係もしているのだろうとも察せられるし。


「別に怒らないよ、これくらいじゃ。俺の言う事を聞いて偉いな、のぞみは」


 俺はのぞみを抱き寄せ、のぞみの頭を撫でた。


 のぞみは顔を赤くしながら目尻に涙を浮かべ、少し身体を震わせている。


「ソラっ。私、これからも沢山ソラの言う事聞く。言われたことは何でも……っ! どんなことでもするからっ!」


「ああ、ありがとう。のぞみ」


 のぞみは誰からも愛されず、ありがとうの言葉すら殆ど言われたことがないのかもしれない。……俺も、母親が死んで以来、異世界に転移してリースに出会うまでは「ありがとう」を言われたことがなかったから解る。

 のぞみは、愛されることに、承認されることに飢えている。


 俺はのぞみと似たような境遇で育ってきたからこそ、のぞみの欲しいものが解る。


 今はもう、のぞみのことはそんなに嫌いじゃない。

 虐められた記憶は未だトラウマとして俺の中に残り続けているけど、それでものぞみは真摯に謝ってくれたし、その後俺に尽くそうとしてくれている。あれだけ酷い状態にあったリースを見た時も、拷問した後のリモーナも、痛みを追体験するデメリットがあってもヒールで治した。


 のぞみは俺の為に尽くしてくれる。だからもう、嫌いじゃない。


「俺はもう、のぞみのことが嫌いじゃないよ」


「ソラ……」


 俺はのぞみを放す。のぞみはとても寂しそうな表情をする。今日は、のぞみの番じゃない。のぞみのことは週末可愛がってやる約束だからな。


「じゃ、リモーナ。とっとと準備をしろ。お前を王宮に連れて帰ってやる」


「…………」


 ずっとハイライトが消えて無表情だったリモーナの碧い瞳に光が戻り、絶望に染まっていたその顔に希望が湧いて出てくる。

 それからリモーナは自分が裸であることに気付いて恥ずかしそうに顔を赤く染めてから俺の部屋の引き出しをガサゴソして俺の服をそそくさと着た。


 リモーナには下着とかを買い与えていないから、俺のシャツを着ても形が解ってしまう。でもま、リモーナには相応な恰好だろう。


「リース、お前も連れて行くからな」


「……はい! 解りました。格好は」


「それで大丈夫だ。ただ、持ち物の準備とかはあるだろ?」


「あ、はい、そうですね。では早急に準備してきます!」


 俺の意図をちゃんと汲み取ってくれたのか、部屋から道具を持って戻ってきたリースと、王女にしてはちょっとみっともない格好をしているリモーナを連れて、俺は王宮に転移した。



 俺たちが転移したのはリモーナの部屋。

 ――昨日、リモーナを取り囲むように守っていた騎士たちから、転移ゲート二つを駆使していとも簡単にリモーナを連れ去れた、あのリモーナの部屋である。


「何者だ!?」

「り、リモーナ様!?」

「それに転移の勇者とハーフエルフ!!」


 そんなリモーナの部屋には数人の騎士たちが居た。彼らは俺たちに槍の穂先を向けながら睨みつけてくる。守るべきだったリモーナはいなくなったというのに一体なんでこの人たちはこの部屋にいるのだろうか。

 軽蔑交じりにそんなことを想いつつ、騎士たちの心臓に硬貨を送るか、血管に転移ゲートを通すかを考えていると「止めなさい!」とリモーナの声が部屋に響いた。


「か、彼らに武器を向けるのはやめなさい。本当に」


 リモーナは青い顔をして震えていた。俺やリースが怒ったらこっぴどい目に遭わされるのはリモーナ自身である。それを昨日一日みっちりリモーナの身体に教え込んだからな。今のリモーナを見てると、教育の甲斐はあったと思える。


「お、王女殿下」

「り、リモーナ様」


 騎士たちは凄く複雑そうな表情でリモーナを見ながらも、武器を降ろした。


「リモーナ、国王の所に案内してくれ」


「解りました」


 リモーナは王宮を歩き始める。リモーナに王宮内を案内されることは度々あったけど、ここまで彼女の背中が小さく見えたのは初めてだった。


「……こちらです」


 そこは、王女の部屋や何なら俺に割り当てられたスイートルームよりも貧相に見えて、思いの外煌びやかさや荘厳さに欠ける扉の前だった。


「なんだこれ。本当に現国王の部屋なのか?」


「……この国の実質的な支配者は私でしたから。父は既に半隠居状態にあります」


 なるほど。それにしても――。

 いや、多分。この少し貧相な部屋もまた腹黒なリモーナがバルバトスの実権を握っていることを誇示するためにしたのだろう。


 なるほど。なるほどな。


 俺はノックもせずに扉を開ける。中には気弱そうで細身のおっさんが気だるそうに椅子に腰かけている。


「……! リモーナ。それにそちらは、転移の勇者様。……っ、ハーフエルフ!」


 そのおっさんはリモーナの顔を見て目を大きくし、俺を見て少し細める。そしてリースを見るや否や露骨に顔を顰めた。

 しかし、暫くするとはぁとため息を吐いて頬杖をついた国王に少し威厳のようなものを感じた。


「して、何用でここまで来た?」


 俺たちは国王の前まで歩みを進め、俺は国王を睨みつけながら断言する。


「リースの件の落とし前をつけに来た――」

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