『王国滅亡の兆し』

 朝食を食べ終えた俺は転移にて一応学校に顔を出しては見たけど、やっぱり今日も休みだった。……まあ、教室で淫行騒ぎが起こって三日。下手すれば今週中は学校が休みかもしれない。

 なんか、リモーナに異世界に召喚されて以来学校にあんまり通えてないな。


 単位とか出席とか、学校側が埋め合わせを用意してくれたりするのだろうか?


 金は稼げるようになったから最悪私立でも獣医学部に通えるようになったけど、だとしても成績は優秀であることに越したことはない。


 勉強でもするかと自分の部屋に戻ると、床がリモーナを拷問した時に出た尿やら血やらその他体液が床にこびりついていて、部屋には特有の悪臭が充満していた。

 流石にこんな環境で勉強する気が起きない。と言うか掃除するのすら億劫だな。

 もういっそのこと引っ越すか? ……いや、それが出来たらとうにしている。出来なかったからあのクソ親父を異世界に飛ばしたのだ。


 そろそろその辺の魔物に襲われてくたばっている頃かもしれない。


 ……そう思うと、少し複雑な気持ちになる。あんなんでも、一応俺の親だからな。だからと言って異世界からこの家に連れ戻そうとかそう言うのは思わないけど。


「リース、のぞみ。部屋の掃除を任せるぞ。俺はギルドにお金を貰いに行ってくる」


 未だに床で放心しているリモーナを気にせず、それぞれの事をやっているリースとのぞみにそれだけ伝えてから、俺は冒険者ギルドに転移した。



「隠し立てすると為にならんぞ。転移の勇者はどこにいる?」


「だから何度も言ってるだろ、ソラの居場所なんて知るわけねえだろ」


 ギルドに転移すると鎧を着た騎士とギルマスが、一触即発といった雰囲気で睨みあっていた。そんな中まずギルマスが俺の姿に気付いてしっしっと追い払うような素振りを見せる。

 まあ、タイミング悪そうだし逃げろってことなんだろうけど……


「おい……貴様! 転移の勇者! 痛ぁっ!」


 リースを散々痛めつけてくれたお礼をしていないって意味では俺としても用がないわけじゃないし、態々期を改める気はなかった。

 俺の胸倉を掴み上げようとしてくる騎士の手を、地面と繋いだ転移ゲートの盾で防ぐと騎士が突き指して蹲る。


「それで? 俺に何の用だ?」


「何の用って貴様! ……リモーナ様をどこにやった? 王女殿下は無事なんだろうな!?」


「おいソラ……お前、王女様相手になにかやらかしたのか?」


「いや、別に。リースが世話になったからお礼をしただけだよ。……それに、リモーナは無傷だ。後で王宮に連れ帰ってやるから、今日の所は帰れ」


 少なくとも外見上は、のぞみのお陰でリモーナには傷一つついてないしな。


「……解った。だが、リモーナ様に傷一つ付けたら、その時は覚悟してもらうぞ」


 何を? 転移持ちでこちらから態々赴かないと俺と会う事すら出来ない騎士たちの報復の一体何を恐れれば良いとでも言うのだろうか?

 少し呆れた顔をする俺に、騎士は何も言わずに去って行った。


 生意気な! とか言って斬りかかって来ようものなら、今も部屋で放心したままであろうリモーナの前に転移ゲートを繋げてやろうと思っていたのだが、肩透かしだ。


「しっかし、ソラ。お前王宮相手に真っ向から喧嘩を売るとはやるな。リースはハーフエルフだからな。王女様と色々あったんだろうが……お前さんがリースを大事にしてくれているようで俺は安心したぜ!」


 ギルマスが上機嫌そうに笑いながら暑苦しく肩を組んで来る。


「ああ、それと、変異種のサイクロプスの素材換金終わったからいつでも払えるぜ? 受け取りに来たんだろ?」


「ああ」


「全部で金貨300枚になったが、お前さんこれから王宮とドンパチするつもりなんだろ? 金はいくらあっても困らねえだろうし、色を付けて金貨400枚にしておくぜ! それと、王宮とやり合おうって時は俺たちにも言えよ? 加勢すっから!」


 き、金貨400枚!? ……金貨5枚でも260万円になったのに。金貨400枚全部換金したとしたらや、約2億円!? 一般人の生涯年収に匹敵するじゃん!!


「か、加勢は結構です」


 転移があるから多分一人でもどうとでもなるし、お金貰えるならそれで十分だ。それよりももうすぐ転がり込んで来る大金に対する動揺が大きい。


「なんだよ水臭えな。リースは俺たちにとっても家族みたいな存在だ。――元々、それに酷いことをするこの国の奴らは気に入らなかったんだ。一発ぶん殴ってやんなきゃ気もすまねえ」


「そうだ! それにリースさんには恩もある。リースさんはもうソラが幸せにするから、こんなタイミングでもないと恩返しできねえ!」

「そうだそうだ!!」


 ギルマスを始めとして、グインやその他冒険者たちも加勢すると言い出す。

 ……まあ、力を借りることは本当にないと思うけど、それでもこいつらの気持ちに免じて、リモーナと国王は一発ずつ殴る機会を与えてやろうと思った。


「いや、でも大丈夫です。多分、争いごとにもならないと思うし。でも、争いごとになったら力借りるかもしれません」


「そっか。そん時は任せろ。おい、ソラの報酬を持って来い」


「解りました」


 ギルマスが愉快そうに笑ってから、受付嬢に指示を出す。

 それにしてもやっぱり、金貨400枚は楽しみだ。


 王宮の件に関してはいざと言うときは万能無敵の転移能力もあるし、それに、リモーナの豹変っぷりを見たら流石に真っ向から挑んで来ることもないだろうし。

 そんな事を考えている間に、やたら小さな袋を持った受付嬢が戻ってくる。


「これが、報酬の金貨400枚です」


「は? え? これが? なんか小さいし、軽くない?」


「ああ、もしかしてソラは見るの初めてか? これ、魔法袋って言ってな、この大きさででっかい袋くらいの容量がある上に、中に入っているものの重さも軽減されるっつー優れもんだ」


「へー。四次元ポケットみたいなものか」


「よじげんぽけっと??」


 試しに小さな袋の口を開けてみると確かに中にはジャラジャラと金貨が入っている。本当に400枚入ってるかは後で数えて見なきゃ解らないけど、それでもざっと100枚以上は入ってそうだし、100枚でもこんな小さな袋に入るわけない。

 ギルマスの性格も考慮すると、本当に400枚入っていそうだった。


「ありがとうございます。凄いですね、コレ」


「気にすんな。金貨100枚以上の報酬を渡すときはこの魔法袋で渡すって決まりだしな。それに、サイクロプスの変異種の討伐もすげえ助かったしな」


「そうなんですか?」


「おうよ! あんな化け物、流石の俺でも倒せねえだろうし、あれがもし暴れていたらこの街――いや、国が滅んでもおかしくなかったからな」


 なるほどな。まあリモーナの腐った中身を知った今としては、正直滅んでも良かったような気もするけど……いや、リモーナがクソなだけで別にこの国の奴らに恨みはないし……いや、でも、この国の奴らって子供の頃のリースを集団リンチするような奴らだし、思い返せば初めてこの街を歩いた時も野盗みたいのに絡まれたし――。


 いや、でもここの冒険者ギルドの奴らは嫌いじゃない。こいつらが死ななかったと言うだけで、サイクロプスを倒した価値はあるだろう。


 それに、サイクロプスなんかに頼らなくても、この国を滅ぼすくらいなら俺でも出来るからな。

 尤も、そうなるかどうかは、王宮の国王や騎士たちの態度次第だが。


 さて、どうなることやら。


 俺はリモーナを王宮に連れて行った時のことを少し楽しみに思いながら、金貨400枚が入った魔法袋を持って自室に転移した。

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