『二人目のヒロイン』
「あきゃぁっぁぁあぁぁああああああああ!!!!」
リモーナの籠った悲鳴が部屋に響く。リモーナの碧い瞳には針が貫通していて、目玉の奥に繋がれた神経をぷつんとリースが爪で千切る。
数時間前に、二回ほど見た光景。目玉を抉り取られるのは計三回目だけど、流石にまだ慣れないのかリモーナはビクンビクンと身体を跳ねるように震えさせ、失禁していた。
「あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ、ひっひっひっひっひっひ、あぁぁぁぁっぁぁぁぁっ」
声にならない悲鳴と、過呼吸が繰り返される。
本当なら涙がボロボロ流れ出ていてもおかしくないくらいの激痛なのだろうけど、瞳がないからか、空洞となった目から半透明の血が流れている。
こうして見てみると、リモーナはこの痛みだけでショック死してしまうんじゃないかと心配になる。何分も呻き声のような悲鳴を上げるリモーナを見ていると、少し、背筋がぞわぞわっとするような感覚になる。
「のぞみ。のぞみのヒールは死んでも生き返らせることが出来るのか?」
「……無理ね。少なくとも今は」
つまり、うっかりショック死してしまえばリモーナは二度と治ることのない屍となってしまうのか。両の眼を抉り取られ失われても、耳は健在だからリモーナは俺たちの会話が聞こえている。
「……い、いや。いや。いや。いや。いや。し、死にたくない。暗い。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。治してください。死にたくない。暗い。嫌だ。嫌。嫌。いや、い、嫌。死にたくないです。ごめんなさい。ごめんなさい」
リモーナが壊れた人形のように、呻くように、治療を懇願し出す。こうして喋れている様子を見るに、ショック死はしなさそうだ。
そんなリモーナを、リースは冷たい視線で見下ろしていた。
「のぞみ様、これが仲直りの印です」
「ありがと。じゃあ、約束通り治してあげる。……そ、ソラ。見ててね」
のぞみは少し興奮したような表情で俺を見た。……前に俺は苦しむのぞみが好きだとのぞみ自身にも伝えた。だからそんなにも興奮してるのだろうか?
だとしたら――のぞみは想像以上に素直で従順でかわいらしいと思える。
俺はのぞみの期待に応えるようにポンと頭に手を置いて
「折角だし、二つとも治してみろよ」
「……が、頑張るね! 『ヒール』ッ! あきゃぁっぁぁ……ふぐぅぅぅうう、ひぃぃぃっ!! はぁっ、はぁっ、はぁっはっはぁっ」
リモーナの両の眼にヒールをかけた瞬間に、のぞみは絶叫のような悲鳴を上げそうになるがグッと堪えて声をかみ殺した。
のぞみの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていて、過呼吸のような粗く速く肩を上下させてひぃひぃ言っている。
「ど、どう? そ、ソラ。……さっき敢えて治さなかった方の眼が化膿してたけど、でも頑張って治したよ?」
「ああ、よくやったな。偉いぞ。可愛いぞ。それでこそのぞみだよ」
「本当に?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、のぞみは嬉しそうに笑う。のぞみの頭を撫でる俺を見て、リースは表情に少し影を落とした。
両の眼が戻ったリモーナは確認するように目をギョロギョロト何度も動かして、それからキョロキョロと周りを見渡している。
のぞみが俺に抱き着くと、リースは目をギュッと閉じて少し哀しそうな顔をした。
最初は聖霊契約で偶発的に、されど強引に絶対服従させただけのリース。
俺が童貞を卒業し、リースの処女を奪った時のアレが余程良かったのかそれとも、色々買い与えたのが功を奏したのか、或いは――
ただ、のぞみといちゃいちゃする俺を見て少し妬いている様子を見せているリースを見るに、存外、本当に俺の事を好いてくれているように思える。
一日俺がほったらかしにした結果、酷い目に遭ったというのに。
そして俺は、結果としてリースを酷い目に遭わせてしまったことに負い目を感じてもいるのだ。リモーナに落とし前をつけさせるべきだと思っていた。
そして、それは良かったと思う。
だけど、それだけじゃ不足しているとも思う。
のぞみといちゃいちゃしている俺を見て妬いた様子を見せるリースを見て、俺は、確信し、俺に抱き着いているのぞみを突き放した。
そして俺はリースの所へ行って、肩に手を回す。
「でものぞみ、やっぱり今日は待て、だ。お風呂も寝床も、リースと一緒にするよ」
「そ、ソラ様?」
リースはちょっとだけ顔を赤くして、少し嬉しそうに俺を見る。だけどその次に、リースはのぞみに申し訳なさそうな視線を向けた。
のぞみは少し複雑そうな表情をしてから、それでも
「しょうがないわね。今日は散々な目に遭って――仕返しをしても心は休まらないだろうし、今晩はリースちゃんにソラを譲ってあげるわ」
「す、すみません」
「そ、その代わりと言っては何だけど――王女様は借りても良いわよね?」
「わ、私は構いませんが。ソラ様は?」
「別に俺はリモーナの事はどうでも良いし、好きにすればいいんじゃない? あ、でもあんまりうるさくするなよ? 近所迷惑だし」
「解ってるわよ。ちゃんとソラにとって都合のいい存在になるよう教育してやるわ」
ふんっ、と興奮したような鼻息を漏らして意気込むのぞみにリモーナは何も言わないながらも、不安と絶望の入り混じったような表情をしていた。
のぞみ――王女にとっては傷を治したり、召喚勇者だった頃はそれなりに良好な関係を築いていたであろう相手だったかもしれないけど、抉り取った内臓を晩御飯にだしてくるようなヤバいやつでもあるからなぁ。
って言うか、のぞみはリモーナに一体何をするつもりなんだろう。
ちょっと怖いような、楽しみなような。自分の爪を剥ぐことも、死にかけの重傷を追体験してもヒールすることも厭わず、それで苦しむ姿を「見ててと」言っては興奮してしまうような精神性をもつのぞみだからこそ、俺にワクワクさせる何かがある。
「王女様。とりあえず、食べ終わったら一緒に食器のお片づけをしましょう」
まるで女友達に接するように少し楽しそうにリモーナに笑いかけるのぞみはかなり不気味だったが、これ以上のぞみを見ていると昔のトラウマがフラッシュバックしそうなので、リースと共にお風呂へと赴いた。
「そ、ソラ様。その……私――」
「ん?」
「私、ソラ様のお傍に居られて幸せです。――ソラ様は凄いお方ですから、いつかはのぞみ様のような妻を沢山見つけてハーレムを築く日が来るのでしょうけど、それでも、その、愛人でも妾でも良いので、偶には私の事を想っていただけると……」
リースは顔を赤く染めながら、もじもじと健気な事を言う。って言うか、この話から察するに異世界では一夫多妻制が普通だったりするのだろうか?
だとしても、これだけは訂正しておきたかった。
「一応言っとくけど、別にのぞみは妻じゃないよ? そもそも俺、あいつ嫌いだし」
「じゃ、じゃあどうして……」
いやまぁ、好き嫌いと性欲は別と言うか。のぞみの事は嫌いだからこそ好きと言うか何と言うか……。
誰かに愛されたのなんてお袋が死んだっきりの事だし、ずっと虐められてきたから誰かを好きになったことがない俺に、恋愛の機微は理解できないけど――
「俺が一番好きなのはリースだよ。好きな人はリースだけ」
「ソラ様……」
俺はリースの唇に、唇を重ねる。
この後、二日ぶりにリースとパコパコしたことは語るまでもない。
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