『復讐の予兆』

「助けに来たよ、リース。一緒に逃げようか」


 母の死を目の当たりにしながらも、暴徒と化し、ハーフエルフと言うだけでリースやその家族を害するバルバトスの国民たちから逃げていた当時11歳のリース。

 しかし幼い子供の足では逃げ切れず、大人数人に捕まりそうになったタイミングでリースを助けたのは、アイシャ。


 リースにとってあこがれの頼れるお姉さんだった。


 アイシャはリースの手を取り、逃げる。


「アイシャッ! 冒険者ギルドに逃げるのッ! あそこなら私のパパの知り合いがいて助けてくれるってお母さんがッ!!」


「……解った」


 アイシャはスキルの効果によって突風のような魔法を放ち、追いかけてくるバルバトスの国民たちを吹き飛ばしながら逃げていく。

 つい数分前まで逃げられそうにもなかったのが嘘みたいな快進撃だった。


 リースの家と冒険者ギルドの位置は、走って15分ほどの距離にある。

 とりわけ近いわけではないものの、決して遠い距離ではなかった。しかし、アイシャとリースが向かう冒険者ギルドへの道を阻む存在が現れる。


 ボロボロの鎧を着込み、鈍らの剣をもった――傭兵崩れの連中だったらしい。

 ざっと10人は超えていたらしい。アイシャとリースが立ち止まった。


「へえ、こいつらが不吉の予兆……」

「白い髪に紅い目、気味が悪いな」

「可能なら生け捕りにしろ。紅い瞳も、その子宮も薬効があるとして高く売れるが――顧客の目の前で抉り出した方が高く売れるらしいからな」


 傭兵たちがアイシャとリース目掛けて剣を振り下ろしてくる。その刹那――リースは宙に飛ばされた。ふわりと浮いた姿勢の中、強風で姿勢を崩す傭兵たちと笑顔のアイシャが視界に映ったらしい。


「逃げろ、リースッ! ……お前が近くに居たら全力で戦えないッ! なに、こいつら倒して私もすぐに追いつくさ」


「アイシャッ!!」


「……目上の人にはさんをつけろって」


「おうおう涙ぐましいねえ。てめえらはこの国に疫病を齎したってのに。この不吉の予兆がよう」


「ハーフエルフは不吉の予兆なんかじゃないッ!」


 リースは一目散に走った。――もし自分が残って人質にでもなったらそれこそ本当にアイシャの邪魔になってしまう。

 それにアイシャは強い。リースは僅かな希望を抱きながら、何とか冒険者ギルドに辿り着いた。


「……久しぶりだな、リース。って言っても覚えてるかどうかは解んねえけど。あの雷撃のレオンの娘だ。ギルドの威信にかけて守ってやる」


「そ、それよりもアイシャがッ! アイシャが悪そうな人たちにッ!」


「……それはお前さんの友達か。ハーフエルフなのか?」


「うん。でも私を逃がして……」


「ちッ、本当に胸糞悪い国だぜ。バルバドスはよぉッ!」


 当時からギルドマスターだったらしいギルマスは武器を装備して、リースの言う方向に赴く。そこには傭兵の死体7つと、アイシャが倒れ込んでいた。


「アイシャッ! アイシャッ!!!」


「その声は、リース……なの?」


「アイシャ……ッ」


 そのアイシャには目玉がなく、腹は切り裂かれていた。

 リースは震えた。


「えへへッ……リース。私、ごろつき相手に7人倒したよ……3人も大けがさせて、私を運べないからって、ごほッ……」


「アイシャッ! アイシャッ! ……あの、アイシャをッ、アイシャを助けてくれませんか? 友達なんですッ! たった一人のッ、大切な人なんです!」


「…………」


 ギルマスは申し訳なさそうに目を逸らす。

 アイシャは最後の力を振り絞って、リースの手を握った。


「リース。ありがとう。……私の為に、泣いてくれてるんだよね。……ありがとう、大切な人って言ってくれて。……私も、リースが一番好きだよ……かはッ」


「あ、アイシャッ! アイシャァァァッ!!!!!」


 アイシャは死んだ。ギルマスと共にアイシャをギルドに運び出して、埋めた。

 それからリースは毎日のようにアイシャを弔ったらしい。


「私はあの日、王国への復讐を願って、ギルド職員になりました。30年以上勤めて、色んな事を調べました。――でも、母を殺した人たちは皆病気で死に、傭兵たちの所在は知れず――恐らくどこかで戦死。ハーフエルフ虐殺の引き金となった時の国王は10年ほど前に死にましたッ」


 リースは大粒の涙をボロボロと零しながら語る。

 そんなリースを見て、のぞみはリースを抱きしめた。


「あれから私はずっと、惰性で職員をしてきました。許せないのにッ、もう復讐する相手が居なかったッ……! でも、昨日から――ッ!」


「そうだな」


 のぞみがリースの話に共感して泣く一方で、俺は怒りに震えていた。

 平気で他人に残虐な仕打ちをしてくる、バルバトス王国の国民が橋田たちに重なったのかもしれない。


「今から、リモーナを連れてくる」


「……ッ!」


 涙をぼろぼろと零すリースの紅い瞳がくわっと見開いた。


「俺はあいつに怒っている。俺のものであるリースをボロボロにして、酷い目に遭わせた。俺にふざけたことを抜かした。俺は、俺の為にあいつをひどい目に遭わせてやりたいと思っている。……最も効果的な道具を使って」


 リースは目を瞑り、そして真剣な目でこちらを見てくる。


 じゃらんっと俺とリースを繋ぐ契約の鎖がゆらりと蠢いた気がした。


「リース、命令だ。今から連れて来たリモーナを徹底的に痛めつけてくれ」


 バルバトス王国とハーフエルフの確執。リモーナが心から嫌うハーフエルフのリースに痛めつけられ、許しを乞うのは俺が痛めつけるよりもずっと精神的に嫌だろう。

 そして今、リースへの命令でリースの良心の枷を外した。


 今のリースは過去の恨みを思い出し、そして散々痛めつけられた直後でもあるから――恐らく容赦をすることはないだろう。

 俺は一旦部屋を出て、リビングに移動した。



 俺は転移能力によってリモーナの部屋の天井にゲートを開く。


 本当はこの怒りのままに王女の部屋に転移してやろうと思った。だけど以前、王城に転移した時に執事が俺を待ち構えていたことを思い出した。

 転移能力は無敵の能力だが、俺自身は決して無敵じゃない。

 もし、王女の部屋で騎士とかが俺を狙い撃ちするために武器を構えて待ち構えていたら、うっかり殺されてもおかしくない。


 特に転移後は急激に変化した景色を理解するのに頭がいっぱいになるから、弱点とまでは言わないまでも、ちょっとした隙になっているのだ。


 だが、それは馬鹿正直に転移した時の話。

 転移ゲートで見てから転移すればその辺は割と解決できるのである。


「むぅ。いつ来るか――そもそも本当に来るのかさえ怪しい敵をこうして待ち構え続けるのは骨が折れるな……」


「ローウェル、王女殿下の御前だ口を慎め」


「……構いません。私とて苦痛の大きい仕事を頼んでいる自覚はあります。ですが、一度殺してしまえば二度と転移に怯える必要はなくなるのです。

 ……真の勇者かもしれない星7のスキル持ちを殺してしまうのは惜しいですが」


「仕方ないでしょう。勇者はまた召喚すれば良い。召喚に払う犠牲は決して少なくないですが、それでも王女殿下のお命に比べれば安いものです」


 俺が天井からゲートで覗いているとも知らずに、呑気にも忠誠アピールをしている騎士。俺は彼らの死角になる、丁度リモーナの脇腹の位置辺りに転移ゲートを開き、リモーナの腕を掴む。


「なッ! これ……ッ!!」


「お、王女殿下ッ!」


 リモーナの声に騎士が振り返るが、もう遅い。

 ――俺はリモーナの腕にのだ。


 何を隠し持ってるか解らないし、服はなくても良いな。


 俺はリモーナを掴んだまま、俺の部屋に転移する。


 復讐に燃えるリースと、例え死にかけても怪我を治して最初っからやり直すことができるのぞみのいる俺の部屋に、全裸のリモーナを連れて来た。



―――――――――――――――――――――――



次回『王女への報復』

やらかした王女様がとうとうキツイおしおきを受けます!


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