『リースの過去』

 グインから、バルバトス王国のハーフエルフの差別の歴史を聞いた。


 遠い昔から続く根強い差別。それによってリースがどんな酷い目に遭ったのか。グインからは聞けなかったので、本人に聞いてみることにする。

 リモーナへの報復を十全なものにするために。


 俺は、再び自室へと転移した。



                ◇



「――ただでさえのぞみ様には命を救って貰ったのに、介抱までしてもらうなんて申し訳ないですよ……あ、お帰りなさい、ソラ様」


「おかえり、ソラ……それと、リース。確かに傷は完治したけどあれだけの目に遭ったんだから、今日くらいは休みなさい」


 自室に転移すると俺のベッドでリースが濡れタオルを頭に乗せながら仰向けに寝ていて、のぞみはリースの介抱の最中と言った様子で――なんかちょっと俺がグインに話を聞いていた十数分の間に二人は結構仲良くなってる様子だった。


「のぞみ、リースの様子はどうだ?」


「そうね。傷は完治したけど疲れは残ってるようね。あの拷問で体力以上に精神もやられただろうから」


「その割にのぞみは元気だな。追体験で精神ダメージは似たようなものだと思うけど」


「……実際に受けるのと、追体験するのじゃ雲泥の差よ。辛いものは辛いけど、痛みには慣れてるし。……っていうか、ソラ、もしかして私の事心配してくれてる?」


 のぞみは心配されたことないのか、ハァハァと息を荒くして期待するような眼差しをこちらに向けてくる。

 その顔がムカついたので軽く足で蹴とばしてやる。


「うるせえ馬鹿」


 その様をリースは複雑そうな表情で見ていた。のぞみはリースを治した恩人であると同時に、かつて俺を虐めていた奴でもある。

 のぞみの爪を剥いでいるとき、リースも後ろで見てたからある程度は俺とのぞみの関係性も察しているのだろう。


「それよりリース。俺はお前に聞きたいことがある」


「……なんでしょうか?」


 リースは少し不安そうな表情で俺を見上ながら上体を起こした。


「お前の過去についてだ。ハーフエルフがバルバトス王国で差別されている話はリースからも聞いたし、詳しい歴史をグインにもさっき教えて貰って来た。

 だが、聞けなかったことがある。……リース。お前自身の過去だ。俺はお前がバルバトス王国でどんな凄惨な仕打ちを受けてきたのか知りたい」


「それは……私も知りたいわ」


 リースは不安そうに俺とのぞみを見る。それから俺をジッと見て目を瞑った。

 なんとなく、クソ親父との初対面を思い出されているような気がした。俺ものぞみも虐げられる側の痛みを知っている。

 だからこそ、俺たちはリースの痛みだって共有できるのだ。


「そうですね。ソラ様と、命の恩人ののぞみ様。――お二人が聞きたいと言うのなら話さないわけにはいきませんね。

 ……私が、バルバトス王国に越してきたのは7つの時でした――」


 リースは目を閉じながら、ぽつぽつと過去を語り始めた。




                  ◇



 リースがバルバトス王国に引っ越すときになったのは7つの時。


 きっかけは、冒険者だったリースの父親――エルフ族の魔法使いをやっていた男がバルバトス王国の依頼によってB級の魔物サイクロプスの討伐依頼の際に失敗し、戦死してしまったことだった。

 リースの父親は強かった。もしかしたら、俺が瞬殺したあのサイクロプスの変異種がリースの父親を殺したんじゃないかとリースは語る。


 父についてバルバトス王国に来ていたリースとその母親はバルバトス王国に取り残されることになる。

 ハーフエルフがバルバトス王国で差別されていることを知るのはすぐ後の事。


『どうして馬車に乗せてもらえないんですか!?』


『不吉の予兆がいるんじゃあねえ。……移動で事故でも起こったら大事だ』


 リースの母の故郷に二人で帰ろうとしたら、なんと馬車に乗れなかったのだ。

 行きはリースの父のパーティが所有する馬車で来たが、そのパーティメンバーも、馬車も全滅していた。

 バルバトス王国には、リースたちを乗せてくれる馬車はなかった。


 リースたちはバルバトス王国に滞在することを余儀なくされた。


 とは言えリースたちの生活が極端に不遇だったかと問われればそんなことはない。

 リースが来た頃のバルバトス王国は飢饉も疫病もなく、平和だったからだ。確かに外に出れば同年代の子供たちに『不吉の予兆』と虐められ嫌な思いをすることが多かった。


 だけどリースには一人だけ友達がいた。その名はアイシャ。

 リースと同じくハーフエルフの少女。リースよりも10ほど年が上だが、リースと似たような境遇でリースよりも半年ほど早くからバルバトス王国に滞在を余儀なくされた少女だった。


 少女は優しく、そして強かった。

 精霊魔法を扱えるスキルを持っていて、心優しく、気が強い。もし、アイシャを『不吉の予兆』と言って馬鹿にするような奴がいれば態々絡みに行ってはボコボコにする無鉄砲さを持ちながらも、困っている人を見かければ放っておけず助けに走って――やっぱり『不吉の予兆』って言われてボコボコにする人だったらしい。


 そんなアイシャはリースにとってあこがれの存在だった。

 文字の読み書きや簡単な算術をリースに教えてくれたのは他でもないアイシャだったらしい。


 ハーフエルフへの差別は根強いのの、アイシャがいるお陰でそう酷い虐めをうけることもなく、多少の不便はあれどそれなりに幸せな生活。


 しかしそれは、リースが11の頃に終わりを告げる。

 バルバトス王国で、疫病が流行したのだ。


 ワクチンも抗生物質もなく、食事の栄養価もそう高くない異世界だ。

 隣の家も目の前の家も自分の家も、家族の誰かが死ぬ。下手すれば全員死ぬ。隣の家がある日突然空き家になっていたなんてことは日常茶飯事。


 人が死に、不安が蔓延し、街の空気が暗くなる中、上がる税金。


 バルバトス王国は窮地に陥り、民衆の不満が溜まる。放置すれば革命が起こりかねない一触即発の状況の中、時のバルバトス国王が言った。


『この国に居るハーフエルフが、この疫病を蔓延させた。不吉の予兆が、バルバトスの民を不幸に陥れている』


 と。


 バルバトス王国は基本的にハーフエルフの入国を拒絶しない。

 だが数年に一度、疫病や飢饉の際にのみ『ハーフエルフ駆除法』が設立される。そして、疫病に犯され不満がたまりにたまった民衆は暴徒と化した。


「殺せ! ハーフエルフを殺せッ!!!」

「そう言えばあの家、ハーフエルフのガキがいたよな!」


 リースの家に押し入ってくるバルバトスの国民たち。


「リースッ! 冒険者ギルドに行くんだッ! ……あそこならA級の冒険者だった父さんの名前が効くはずだ。この暴動の最中、匿うくらいはしてくれるはずッ!」


「……ッ! でも、お母さんはッ!!」


「私はリースと違って人間さ。だから、安心しな。私は大丈夫!」


 リースは母親に窓から投げ捨てられた。


「不吉の予兆を殺せッ!」

「不吉の予兆を生んだ母親も同罪だ!! 子宮を引きずり出してやれ!!」

「殺せッ!!」


 バルバトス国民の声が聞こえる。


「お母さんッ! お母さん゛ッ!!!」


 リースはボロボロと涙を溢しながら、その時の様子を語っていた。

 窓の外から、リースの母親が腕を掴まれ組み伏せられ、指を押され首を絞められ、リースの母親の凄惨な悲鳴が聞こえた。

 それでもリースは怖くて、母親を助けに行けなかった。


「おい、不吉の予兆も逃がすな!」


 鉈で腹を切り裂かれる母親を最後に少しだけ見た。それでも口の形でリースに『逃げて』と伝えていたらしい。リースは逃げる。

 リースは走った。だが所詮は11歳。それも、人間よりも寿命の長いらしいハーフエルフの子供だ。


 大人たちに追いかけられて逃げられるわけがない。


 リースは一人の大人に指を掴まれる。


「ハーフエルフの子宮を食べると疫病に罹らなくなるらしいぜ」

「なるほど。自分で蒔いた不吉だから、腹の中に不吉を防ぐものがちゃんと入ってるってわけか」


 鉈の刃が11歳のリースの腹を撫でる。

 だが、次の瞬間、リースを捕まえようとしていた大人が少し先に吹き飛んだ。


「助けに来たよ、リース。一緒に逃げようか」


 そこにはリースと同じく銀髪紅眼の少女――ハーフエルフのアイシャが立っていた。

 


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