『差別の歴史』

 度重なる拷問により酷い目に遭っていたリースはのぞみの『ヒール』によって、傷痕一つ残さず再生し、今は疲労を回復するように眠っている。

 リースの受けた仕打ちを追体験し、その苦痛を身に受けながらもリースを治したのぞみは俺にべったりと抱き着き


「私、今回は頑張ったから何かご褒美が欲しいなって思うの」


 甘えるような声でそんな事を言ってくる。

 まあ、本当に頑張ってる様子だったし、内容によっては叶えてやってもいい。


「その……今日じゃなくて、週末の休みの日とかで良いんだけど――一日だけ、私を本物の彼女みたいに……甘やかすと言うか愛すると言うか、そんな感じでデートしてほしい///」


 のぞみは顔を赤く染めながらそんなことを言い出す。

 いや、まあ解る。のぞみは俺と同じく誰からも肯定されず、否定され続ける人生を歩んで来た。

 そして、先ほど感謝の言葉を述べ頭を撫でた程度で大泣きする程度には、のぞみは愛に飢えている。


 異世界に居場所を見出していた理由も「必要としてくれるから」と言っていた。


 のぞみは承認欲求に飢えている。

 それはイマドキのフォロワーが欲しいとかそう言うんじゃなくて、もっと原始的に――目の前の誰かに自分を肯定してもらうことに飢えている。

 もっと言えばのぞみは、褒められることに飢えているのだ。


 褒めればのぞみは笑うし、俺はのぞみの笑顔が嫌いだけど――


「良いよ。それくらいなら。一日だけたっぷり甘やかしてあげる」


「ほ、本当に……?」


「ああ、本当さ」


 誰からも承認されず愛に飢えているのぞみは、俺だけが褒めてやろう。

 認められる喜びを知ってしまったら、認められない寂しさと苦しみが際立つ。そうしていつか、俺がのぞみの精神的支柱になった時突き放せばどうなるのか?

 そのときののぞみの表情は、一時の笑顔を耐えるだけの価値があると思う。


 とは言えそれもこれも、王女への報復が済んだらの話だ。

 のぞみの週末で良いと言う言葉も、その辺の気遣いがあるのだろう。


 さて、王女にはどんな報復をするのが一番効果的なんだろうかね?




                  ◇



 本音を言えば今すぐにでも王女に復讐してやりたい。

 瞼の裏にリースの惨状が焼き付いて離れず、煮えくり返った怒りのままにリモーナを殴り、目玉を抉り、爪を剥ぎ、取り出したリモーナのはらわたを眼前に突き出してやりたい。


 だが、それと同時に思う。それは本当にリモーナにとって一番されて嫌な事なのだろうか? と。


 例えばのぞみだと、爪を剥がれるよりも恨まれたり怒鳴られる方が嫌がっている。彼女の例は特殊にしても、ただ痛めつければ相手が一番苦痛を感じるとは限らないのである。


 俺の転移能力があればリモーナを連れ去り、拘束し、痛めつけるのは難しくない。だけど、それだけじゃ気が済まない。

 どうせなら一番苦しい方法で痛めつけ、リモーナを猛省させたい。


 そのためにはリモーナの事をリサーチする必要がある。


 理性的で、俺との敵対行為を極力避けようとしていたリモーナが一変して愚かな行動に出てしまうほどの、リースとの――ハーフエルフとの確執。

 その周辺について聞くために、俺が転移したのは冒険者ギルドだった。




                 ◇



「ソラ、来てたのか。ギルマスなら今日は留守だぜ?」


 転移するとグインが話しかけてくる。流石に超再生持ち。結構痛めつけたのだが、既に元気そうだった。人間の受付嬢が俺の元へやってくる。


「ソラ様、ですね? 申し訳ありません。サイクロプスの素材が想像以上に高値がついたため、金貨の用意はまだでして……」


「いや、それは別に良いんだ。……今回はリースについて――ハーフエルフについて聞きに来たんだ」


 そう言うとグインが目を細め、怪訝そうな顔をする。


「リースさんがハーフエルフだとなにか問題でもあるんですかい?」


「いや、あると言うか、あったと言うか。王女と会わせたら問題があったと言うか……」


「どう言う事だ!? まさかてめぇッ……!」


 グインが俺の胸倉を掴み上げてくる。

 リースは酷い目に遭った。王女に攫われ拷問のような仕打ちを受けた。だから、今から王女へ仕返しを考えるためにここに来ている。

 だが、それを馬鹿正直に言う必要はない。


 こいつらだってこのバルバトス王国の住民。王女を痛めつけるって正直に言えば、リモーナの事を教えてくれないかもしれない。


「いや、その件については解決したんだ。確かにリースは王女に攫われたけど、俺の能力は転移だ。俺にしてみれば檻なんてないに等しい。

 ただ、俺はこの世界の住民じゃないから、ハーフエルフがなんとなく差別されている程度のことしか知らないんだ」


「……すまねえ。早とちりした」


 グインは素直に謝って俺を放す。


「しかし、そうか。ソラの強さはやっぱ、異世界の勇者様だからか」


「勇者なんてやるつもりはないからよしてくれ」


「そうだな。すまねえ。……そう言う事なら話してやろう。本当はリースさんが直接話した方が良いんだろうが、態々つらい過去を思い出させることもねえしな」


 そう言って、グインはこの世界でハーフエルフが差別されるに至った経緯を話し始めた。




                    ◇




 異世界では大体4年に一度のペースで大規模な疫病か、飢饉が発生する。


 品種改良が進んでいない作物、欠如した衛生環境。

 歩く街はゴミ捨て場と掃き溜めを混ぜ合わせたような悪臭がしているし、道路には当然のようにネズミが走っている。

 だが、この世界には未だ病原菌と言う概念が存在していない。


 病も飢饉も全ては『呪い』『天罰』などオカルトの類だと信じられている。


 これは世界史を選択している俺の知識ベースの話で、グインが話してくれたのはその先からだ。


「ハーフエルフは疫病と飢饉を呼ぶとされている。リースさんと一緒に過ごしているんだ――『不吉の予兆』って言葉くらいは聞いたことあるだろう?」


「ああ」


 リモーナしか言ってないけど、この世界では共通認識だったらしい。


「だが、世界中を歩いてきた俺は知っている。疫病や飢饉の発生とハーフエルフには何の関係もない。なんてったって、ハーフエルフが『不吉の予兆』とされているのはここ、バルバトス王国だけだからな」


「じゃあ、他の国は?」


「区々だ。ある国は魔族となっているし、ある国では狐獣人。ある国は人間となっている国だってある。俺の故郷では疫病や飢饉は神様の試練だって教えられた」


 地球でも歴史を鑑みれば疫病や飢饉の度に王朝が崩壊したりクーデターや革命が起こっていたりするように思える。

 人間――と言うより、知性ある生物は全て疫病や飢饉と言った大いなる厄災の絶望を前にして、誰かを責め立てなければやっていけない。


 そしてその責めを受けるのは本来王族の仕事であるはず。


 だが、王族だって死にたくない。甘い蜜だけ啜って生きていきたい。だから、バルバトス王国ではハーフエルフをスケープゴートに仕立て上げたようだった。


「じゃあ逆に、グインさんたちはどうしてリースを差別しないんですか?」


「まあ、冒険者は世界中を歩き回ってきた奴も多い。そもそもハーフエルフが『不吉の予兆』だなんて言われてるのをこの国で過ごして初めて知ったくらいだ。

 そうでなくとも、冒険者になろうってやつは多かれ少なかれわけありなのさ」


 虐げられる側だったからこそ、リースを理不尽に虐げない。


「それに、リースさんには本当にお世話になったからな。死にかけて倒れてたところを助けてもらったし、命の恩人を嫌う理由なんてないだろ?」


「なるほど。……ところで、ハーフエルフがいつ頃から『不吉の予兆』と扱われたのか解りますか?」


「さあな? 少なくともずっと昔なことは確かだ。年寄りのじいさんに聞いても、じいさんに教わったと言っていたし、そのじいさんもそのまたじいさんに教わったと聞いたらしいからな」


 少なくとも6代は跨ぐほど根深い文化。

 だから、リースに対する差別意識はリモーナの意志ではなく――生まれついた環境によるもの。つまりそう教育されたから、極端にハーフエルフを嫌悪したのだろう。


「とは言え、リースさんがどんな目に遭って来たのかまで俺は知らん。話して貰ったことがないからな。ただ、相当つらい目に遭ったであろうことは確かなはずだ」


 なるほど。やはり、リースに聞かなければリースの過去は――ハーフエルフとバルバトス王国の確執は詳しく理解できない、と。

 ならば、聞くだけだ。


 大丈夫。リースがどんな辛い過去を背負い、どんな凄惨な目に遭っていたのか――リモーナへの報復をする前に是非とも聞いておきたい。


 グインの話を聞いて思いついている最高の報復――その実行をより完全なものにするためにも、聞かねばならないのだ。リースの過去を……!

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