『毒親からの解放』
二人分で1泊6000円のアパホテル。
一か月泊まり続ければ18万円。皮算用して如何に借家のコスパが良いかを実感しつつも、未成年が家を借りるには最低限保護者の同意が必要になる。
拠点が欲しい……。
それは家に帰ればクソみたいな親が待ち構えている俺にとって切実な願いだった。
「ねえ、ソラ。もう一回、も一回しよ♡」
そしてそれは――俺の腕に抱き着いては甘えたような声を出し、催促している――のぞみも同じだった。
「ってかハマり過ぎだろ。今日だけで何回目だよ」
「15回くらい? ねえお願い。ソラとしてると心の虚が満たされていくの。沢山、虐めて良いから」
とんでもない回数だがこれは、俺が絶倫と言うわけではない。のぞみの『ヒール』によって出せども出せども回復されていくのだ。しかもその度に身体の調子自体は凄く良くなっていく。
実際、ただのもやしだった俺の肉体は少し筋肉質になっていて、お腹も縦筋が入るくらいには割れ始めていた。
だがそれは肉体の話。精神的には何度もしているので、結構疲れる。
それになにより……
「嫌だよ。結局最後はこってり絞られるから」
「しないからッ、ね? お願い♡」
絶対嘘だ。――確かに最初は俺にずっと攻めさせてくれるんだけど、ある程度で満足しちゃうとその後のぞみに押し倒されてそれはもう思いっきり絞られるのだ。
虐められているときのトラウマが蘇るような恍惚とした笑みを浮かべられるから、心から嫌なはずなのに、何故かゾクゾクしてしまう。下手に気持ちいいから拒むに拒み切れない。
快楽に弱い自分が情けなかった。
……精神攻撃は万能な転移能力の数少ない弱点だな。
俺に迫り、半ば強引に唇を重ねてくるのぞみを軽く押しのけながら、話題逸らしも兼ねて切実な悩みを打ち明ける。
「なあ。拠点が欲しいと思わないか?」
のぞみはいちゃいちゃムードを即座に止めて、一転、真剣な表情で考え込む。
「欲しい。何としてでも。……でも、未成年が家を借りるには保護者の許可が必要よ?」
流石に境遇が似てるだけあって、一度は考えるよな。
のぞみは更に真剣に考え、いや、でも……と繋げた。
「倫理的にはアウトかもしれないけど、法的には白よりの方法が思いついたわ」
「脅すとかはなしの方向が良いんだが……」
「……むぅ」
俺の転移能力を使って腕を切り落とすなり何なりして、のぞみが『ヒール』で治す。傷一つ残らないから証拠が残らず法的には無罪。脅迫罪は親告罪ではないが、基本的に被害届が出されなければ捜査されないので無罪となる。
が、流石に何の恨みもない人相手にそんな非道な真似はしたくない。
関係ない人にまで非道な行いをすれば完全に橋田たちと同じ土俵だ。
「……そもそも、ソラや私が拠点が欲しい理由って何かしら?」
「それはまぁ、親の存在?」
「ええ、だったら――」
その先は皆まで言われなくても解った。
「殺せば――「異世界に転移させてしまえばいいんだね! ……って殺す?」」
「……異世界に転移ならむしろ私がしたいのだけど」
「いや、それよりもまず殺すって何? 殺せば殺人罪。まだ未成年だし、虐待を受けてたってバックストーリーもあるから情状酌量はあるだろうけど、それでも多分5年は刑務所だよ?」
「安いものじゃない。たった5年で15年以上の苦痛が消え去るの。それに刑務所の生活だって、学校での日々に比べれば寧ろ天国みたいなものだと思わない?」
……まあ、その意見も解らなくはない。殺人の際に情状酌量が認められたケースを調べたりするくらいには橋田たちを殺そうか真剣に考えたこともある。
だけど、俺には夢がある。『獣医』になると言う夢が。
だから、殺すわけにはいかない。人を殺して前科がついてしまえば獣医になるのはほぼ不可能になってしまうからだ。
希望を持って生きるためには法を遵守しなければならない。
だが或いは、のぞみみたいに――夢も希望もなく生きていたのだとすれば、俺も簡単に「殺す」だなんて言えていたのだろうか?
とことん名前と実態が反している皮肉な境遇の女だと思った。
「だとしても、殺しはなしだ。のぞみが殺して死体が出れば俺も共犯扱いされるかもしれないし、俺には捕まりたくない理由もある」
「そう……なら仕方ないわ」
「あと、勘違いしてそうだから一応言っておくけど転移させるのは俺の親だけだぞ」
「え゛……?」
俺、のぞみのことは依然として嫌いだし――特にのぞみの笑顔が大嫌いだ。
のぞみが笑いそうなことはしない。そうでなくとも、俺自身はのぞみの両親に恨みとかないし、境遇が似ているから気持ちは解るけど、義憤にも駆られない。
顔を青褪めさせてショックを受けているのぞみを見ると、やはりこの選択が間違っていないのだと確信する。
「……なら、せめてソラの所に私を住まわせてくれるのよね?」
「のぞみが俺を楽しませてくれる限りは、な?」
「……私を見捨てたら、全国ニュースで私の名前を見ることになるわよ」
「そうならないように、精々俺に尽くしてくれ」
のぞみが少し不安そうな表情をする。やっぱりのぞみはそう言う顔をしている方が可愛い。そのままずっと笑わなければいいのに、と思った。
◇
ホテルで一夜を過ごした翌日。俺は一日ぶりにのぞみを連れて自宅に帰る。
自室に戻ると親父が居て、俺の鍵付きの引き出しを鋸で切っている最中だった。その様を後ろから無言で見つめる。
ほぼ壊れかけだった俺の引き出しは15秒ほどで完全に壊され、開けられる。
「た、大金ッ! 100……200……200万以上もあるッ! あの親不孝息子め。こんな大金を隠し持ってやがってぇえ!?」
「親父、それ一応俺の金なんだけど……」
「ああッ!? ソラてめえ帰って来てたのか? いきなり驚かせやがって……ってか、また性懲りもなく女を……しかも一昨日のと違うじゃねえかッ!!」
のこぎりの刃を俺の方に向けながらがなり立てる。だが、クソ親父の怒鳴り声にはいつものような鋭い剣幕や憎悪がない。
機嫌がいい。俺の引き出しの中に入っていた大金を見つけたからだ。
俺は親父の手元まで転移ゲートで繋ぎ、握り締められている260万円の束に触れ転移によって俺の手元に引き寄せる。
咄嗟だったが、どうやら『転移』はゲートと瞬間移動の併用も出来るらしい。出来るのことの幅が広がった。だが、今それはどうでも良い。
「あれ? 俺の金ッ! おいソラてめぇ、何をしたッ!? この前から奇妙なことしでかしやがってッ!」
のこぎりをブンブン振り回し脅しをかけてくる。そんな親父の荒れ狂う様に、後ろにいるのぞみは耳をふさいで目を瞑り、しゃがみ込んでいた。
のぞみに向けられたわけじゃないのに、怯えているのだ。
俺ははぁ、とため息を吐く。
俺は転移ゲートでクソ親父の背中の前に繋ぎ触れる。転移ゲートを通じているからクソ親父が振り回しているのこぎりで俺が怪我するリスクはない。
俺はクソ親父の背中に触れながら異世界の情景を思い浮かべる。
思い浮かんだのはあの紅い霧のような花粉が印象的だった『紅霧の森』
転移したその瞬間にグサッ、とクソ親父ののこぎりが木に刺さった。
「はぁ? お、おい、ソラッ。なんだここは? おいッ!」
怒鳴りつけ俺に掴みかかろうとしてくる親父の手は空を切る。
俺は自宅に転移した。目を瞑り耳をふさいでしゃがみ込んでいるのぞみの頭にポンと手をやると不安そうに俺を見上げてくる。
「もう、終わったの?」
「ああ。クソ親父は異世界に転移したからな。今日からここが俺の家だ」
もう二度とクソ親父がこの家に帰って来ることはない。俺はようやく、ようやく、あのどうしようもないクズ――毒親から解放されたのだ。
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