『誠意ある謝罪』

「伊藤くんにしたことは本当に悪かったと思ってる。……だから、謝罪の印に――私の爪、剥いで良いよッ」


 キュッと閉じられた桜色の唇は震えているが、長い前髪からチラチラと覗く黒い瞳にはどこか執念めいた光が宿っていた。

 頬が攣りあがるのが解る。楽しい。愉快ッ。面白そうッ!


「じゃあ5枚で交換してあげるよ。……ただ、俺うるさいのあんまり好きじゃないから剥ぐときに悲鳴を上げないでね? 叫んだりしたら、交換はなし」


「うん。それで良いよ」


 平井さんはそう言って手を差し出す。その手は意外にも白く綺麗だった。

 数か月前に見る機会があった時には手にいくつかあった根性焼きの痕のようなケロイドがとても印象的だったから本当に意外だった。


 恐らく、何かしらのスキルの影響なんだろう。だったら容赦は必要なさそうだ。


 俺は自宅の工具箱に転移ゲートを開き、ペンチを取り出す。それからほんの少しだけ伸びている平井さんの人差し指の爪の先を摘まみ、梃の原理でぺりっと剥がした。


「ッ! ~~~~ッ!! ふ~っ、はぁっ、はぁっ、はぁっッ!」


 爪を剥がした平井さんの人差し指の先から血が滲む。平井さんは瞳から大粒の涙をこぼしながらも歯を食い縛って声を出さない。でもプルプルと震えている。

 今の平井さんを見ていると嗜虐心が堪らなくそそられる。虐める側ってこんな気持ちだったのだろうか? 気持ちがいい。新しい扉を開きそうだった。


「ごめんなさい、伊藤くん。ごめんなさい……」


 平井さんは懺悔のように謝罪を溢している。……どのことについてだろうか?

 俺の背中に安全ピンを気絶するまで何度も突き刺しエセ刺青を入れたことなのか、それとも裸で縛られた俺の股間を何度も蹴りつけたことだろうか?


 平井さんは気が弱く、そして去年の冬ごろまで橋田の彼女だった佐藤林檎の遣いパシリだった都合上、橋田や石橋たちの次に俺の虐めに加担していた女だ。

 橋田たちに無理強いされていると言う建前の元、俺に残虐なことを何度もしてきた彼女の事は正直橋田たちの次くらいに嫌いだった。


「そもそもお前、俺に攻撃してた時、恍惚と嗤ってただろ」


 中指の爪を剥ぐ。


「ふぐッ、うっ、ううっ~~ッ! ち、違うのッ! 本当にッ。あれは悦んでやってたんじゃないのッ!」


「ふーん」


 ま、どっちでも良いけど。あまりの痛さにボロボロと大粒の涙をこぼしながら、平井さんはカタカタと震えていた。彼女が苦しんでいる様を見るのは愉快だ。

 俺は薬指の爪をペンチで挟む。ただペリッって剥がすのも良いけど、今回は捻るようにグリッと剥いでみた。


「うッ、んっッ、あ゛ッ、ひっ、はッ、はぁッ、はぁッ……」


 歯を強く食い縛る。口元からだらりと涎が溢れている。ボロボロと涙をこぼすが、それでも平井さんは悲鳴を上げない。素晴らしい根性だ。

 その異様な光景に、A組の連中はけたけたと嘲笑を向けていた。


「平井、どんだけ弁当食べたいの?w」

「確かにこの世界での飯は不味いけど、あそこまでやる? 普通」


 他人の不幸があれば無条件で嗤いに掛かるA組の連中にはイラっとするけど、確かに弁当の為に自分から爪を剥いで良いと言うのはやや常識外れだ。

 平井さんに食いしん坊キャラのイメージはない。


「平井さん。どうしてそこまでして弁当が欲しいの?」


「ひっ、はぁッ……別にご飯が欲しかったわけじゃない。……私、不味い料理には慣れてるし。だけどッ、ここで謝れば伊藤くんは許してくれそうだったからッ、んぎッ――あッ、ひっ……ふぐぅッ、……ぐっ」


 小指の爪を剥がした。平井さんは泣いている。泣いていた。

 爪はあと一枚だ。


「……平井さんは、俺に許して欲しいの?」


「あひゃっ、ひッ、ふぅ……ゆ、許して欲しい。伊藤くんみたいな人に恨まれ続けるのは嫌だ。――伊藤くんは、私と似てるからッ。仲良く出来ると思うのッ」


 数か月前に見たあの根性焼きの痕は多分、親にやられた。

 学校では使いパシリだけど、家に帰れば虐待を受ける。どこにも居場所がない――恐らくそう言う意味で平井さんは俺と似た境遇にある。


 或いは、ここでちゃんと声を上げずに耐えきった平井さんを見れば許せるのだろうか? そもそも俺は彼女を恨んでいるのだろうか?

 嫌いではある。あの恍惚とした笑顔を思い出す度に殺意が芽生えてくる。


 俺は平井さんの口の中に小さな転移ゲートを開く。それによって口を閉じ歯を食い縛ってるはずなのに、平井さんは口を開けているのと同じ状況になる。


「口を開けたまま、悲鳴を我慢できるのかね?」


「ま、待ってッ。それは……ッ、ズル――あッ、アッアッあッアっあッ~!!! ひっ、ひぃっ、ひぃっ、ふぅぐぅぅぅッ!!!」


 何とかそれでも悲鳴を耐えようとしているけど、転移ゲートによってちゃんと食い縛れない平井さんは最早悲鳴と言って差し支えないほどの声を上げた。

 平井さんは目に大粒の涙を滲ませ、ボロボロと零しながら俺を無言で見てくる。


 流石に、4つ目までちゃんと耐えた平井さん相手に能力使って口を開けさせたのはアンフェアだったかもしれない。

 それに、ここまでボロボロに泣く平井さんを見てると胸がスカッと晴れて恨みも軽くなってくる。


「4つまでちゃんと耐えたその気概に免じて、今、ちゃんと謝るなら許してあげるよ。ちゃんと誠意のある謝罪なら受け入れてあげる」


 剥がしとった5枚の平井さんの指の爪を手の内に収めながらそう言うと、平井さんは崩れるように地面についで頭を地面に擦り付ける。

 土下座。ただの土下座なら……と思うと、平井さんは俺の足元に口を近づけて――靴を舐めていた。


「何をしてるの?」


「……ごめんなさい。伊藤くん、ごめんなさい。……私、伊藤くんには許して欲しいから――許して貰うために何でもする。いくらでも靴を舐めるし、剥ぎたいときにはいつでも私の爪を剥いでもらっても良いと思ってる。私はそれくらいされても当然なくらい酷いことをしたし、これくらいじゃ償いきれるとも思っていない。

 でも、それでも私は伊藤くんに許して欲しいんです。ごめんなさい」


 ……これが平井さんの本心かは解らないけど、それでも本当にこれから先俺が言えば爪剥ぎも靴舐めもしそうな決意だけは伝わった。


 俺は正直、どんな謝罪をされたとしても許さないつもりだった。

 許せないだけの酷いことをされてきた。だけど、それでも――拷問に使われるほど痛いことで有名な爪剥ぎを自分から提案して、俺が悲鳴を上げるなと言ったら、俺が能力で口を開けなければ本当に悲鳴を上げない勢いだった。


 それは誠意。俺がされてきたことを考えても、許しても良いと思えるほどの誠意を感じ取れた。

 俺は黙って、平井さんの頭の上にチキン南蛮弁当を置く。


「少なくとも誠意は感じ取れた。……許すかどうかは今後の償い次第だけどね」


「伊藤くんッ……!」


「さぁ、他に。平井さん並みの誠意を見せられる奴はいるか?」


 俺が声を上げてもクラスメートたちは黙りこくっている。じゃあ、残り二つは明日の朝飯だな。俺はビニール袋に弁当をしまいながら背を向ける。

 転移しようとしたその瞬間に、ギャルっぽい見た目の赤崎さんが


「ねえ、平井さん。その弁当、私に寄こしなさいよ」


 と、平井さんから弁当を奪う方向にシフトチェンジする。それに伴って他のA組の連中の目が光る。チッ。お前らにくれてやったんじゃねえよ。

 俺はポケットに手を入れ、誰の関節から壊すかと考えながら小銭に触れると


「……赤崎さん。ここはもう学校じゃないの。もしこれを盗ったら、怪我した時に絶対に治さないから」


 振り向くと平井さんは爪を全てはぎ取ったはずなのに、普通に箸を使って弁当を食べている。更によく見ると爪は戻っていた。

 そっか、平井さん、回復能力を手に入れたのか。


 クラス内カースト最下層だった俺が星7の『転移』を手に入れて立場逆転したように、他にも優秀なスキルを得たことで地位が上がった奴もいるのだろう。そっか。


 なんか少し愉快な気分になりながら、俺はリースと共に割り振られたスイートルームへ転移した。




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