『弁当オークション』

 お湯に入れられたクズ野菜と、とても人の食い物とは思えない臭い肉(胡椒抜き)と、鰹節のように堅いパンをうんざりもそもそと食べるかつてのクラスメートたちがいる食堂にて。

 ちゃんと美味しいチキン南蛮弁当が入ったビニール袋を掲げると、A組の連中の目が光った。


 A組の連中が三十人弱なのに対して、弁当は三つだ。


「よ、良かったッ。俺、前回お菓子買わなかったからお金余ってる。おい、伊藤ッ。俺、今ならその弁当3万円で買うぜッ!」


 体育会系の岩崎が手を挙げた。


「ズルいッ! 私、前回買ったからもうないのにッ! ねえッ、伊藤くん。なんで全員分買ってきてくれないのよ!? 良いじゃない。帰れないにしてもせめて全員分買ってきてくれたってッ!」

「や、やめようよッ。それで伊藤くんが機嫌を損ねて帰っちゃったらそれこそ虚しいだけよ」

「だけどッ」

「……そうだ。じゃあ私たちで今持ってるお金をかき集めて、買った弁当を分け合わない? 一口だけでも食べられる方がずっと良い」

「それ良いわねッ。い、伊藤! こっちは5万円集めたわ! それで売りなさい!」


 姉帯さんと片野さん――その他グループの女子7人くらいでお金を集めていた。

 5万円。


「そ、それだったら俺たちだって!」

「じゃあ取り分はどうするんだよッ!?」


 ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい、A組の連中はあーだこーだと言い争いをする。あの女子グループ以外で協力してお金を集められるやつもいない。ああ、醜い。愉快だ。

 愚かしい元クラスメートたちを見て楽しんでいて、ふと気づく。


 俺は近くにいた田中に聞いた。


「なあ、そう言えば橋田とか岸田とかはいないのか?」


「ああ、それなら彼らは今遠征に出ているんだ。――強いからね。僕らと比べて一回りも二回りも。だから既に実践訓練に出ている」

「ま、あいつらよく城のものぶっ壊すし、体よく厄介払いされたってのが本音だとは思うけどな。あいつらがいないとちょっとだけ平和でマシな地獄になる」


 渋沢が田中の説明を補足する。

 まあ、あいつらが居たら「全部俺のものだ。伊藤ッ! てめえを殺して奪い取るッ!」とか言ってオークションが成立しないだろうから、良かったのか?


 いや、でもパワー系の橋田じゃ俺の転移ゲートの盾をどうにも出来ないだろうし、いたらいたで面白かったと思うんだけどなぁ。

 いないものは仕方がない。報復はまた別の機会にすればいい。


 それより今は眼の前のこいつらだった。


「なあ、伊藤ッ。俺に売ってくれ。3万だッ!」

「わ、私たちは5万よッ!」


 3万円。5万円。計8万円。霞む。確かに大金だが、金貨交換で手に入れた260万円に比べれば安すぎて霞む額だ。

 お菓子なら兎も角、弁当を渡すにはかなり足りてない。


 俺は女子たちに3つくらい食べた開封済みの男梅グミを、岩崎にはお腹いっぱいで食べきれなかった生クリーム乗せプリンを手渡し、計8万円を受け取る。


「「は?」」


「決めたッ。弁当はお金では売らないッ。それじゃあ前回お菓子を買った奴らにアンフェアだし、そもそも俺はもうお金に困ってないしなッ」


「ど、どう言う事だよ」


 弁当ではなくプリンを渡され唖然としている岩崎が震える声で聴いてくる。

 目的と違うお菓子を渡されても金返せと言わないあたり、相当追い詰められていることが伺えた。これは吊り上げられるかもな。


「いやさぁ、皆さんご存じの通り俺、橋田に虐められててさ。その時助けてくれないどころか一緒になって俺を攻撃したり、罵倒したお前らの事、心底嫌いなんだよね」


「なによそれ、逆恨みじゃないッ! 虐められるような伊藤が悪いんでしょッ!」


「ま、そう思うなら弁当は買わなくて結構。でもね、俺は優しいから謝ってくれれば許してあげても良いと思うんだ。こっちの生活の質が悪すぎてやつれつつあるお前らを見ると特に、ね」


 田中が目を細める。


「伊藤くん。君が受けていた仕打ちには同情するし、復讐心も理解できるけどそれは悪趣味じゃないかな?」


「ハッ! 同情? 俺が橋田に裸踊り強要されてた時に嗤いながらカメラで撮ってSNSにアップしたお前が俺にどんな同情をするんだ?」


「…………」


「田中くんさぁ、本当はどうしよもないくらいの能無しおバカさんなんだからいい加減賢ぶるの辞めたら? 見るに堪えないよ?」


 田中が眼鏡をずりおろし、唖然としている様に頬を吊り上げながら言う。


「俺を楽しませてくれたら、投げ銭代わりにこの弁当をあげるよ。みっともなく謝罪するでも良いし、スキルで俺の役に立ってくれるでも良いし」


 そう言うと、A組の奴らは顔を見合わせ始める。俺は袋から一つ弁当を取り出してパックを開けた。

 匂いが近場に広がる。近くの席にいた人たちがごくりと生唾を飲む。


 渋沢が辛抱ならんと言った表情で弁当に手を伸ばそうとするが、転移ゲートを展開して防ぐ。転移先は壁。弁当に手を伸ばしたはずが壁に手を激突させることになってしまった渋沢は痛そうにしている。


「馬鹿だなぁ。俺の転移だって日々進化してるに決まってるじゃん」


「じゃ、じゃあ日本に私たちを連れて帰ることって出来るの?」


 姉帯さんが遠慮がちに手を挙げた。それに関しては多分、出来る。リースと何度もこっちとあっちの世界を行き来してるわけだし、出来ないわけがない。


「いや、出来ないな。同じ世界同士なら最大一人まで連れて転移することは出来るんだけど、世界を超えるには莫大なエネルギーが必要でな。俺一人がやっとだ。

 無理をすれば、腕一本だけなら帰れるかもしれないが試してみるか?」


 息を吐くように嘘を吐いた俺の言葉を信じたのか、姉帯さんは顔を青褪めさせて首を振った。本当は転移にエネルギーなんて必要ないけどなッ!


「じゃ、じゃあッ、と、特別に伊藤におっぱい見せてあげるってのはどうッ? 私、結構大きいし、カレシにも綺麗ってよく言われるの!」


 頭の緩そうな金髪ウェーブのビッチ、野崎さんがそんなことを言い出す。俺はこれみよがしにあからさまなため息を吐きながら俺の後ろに立っているリースを指さす。


「リースがいるから俺、全然女に飢えてないんだよね。って言うかお前みたいな中古ドブスの汚え乳なんか見て誰が楽しいんだよ。馬鹿か」


 俺の言葉に何か言いたそうに口をもにょもにょさせているが、リースのあまりにもの可愛さに流石に分が悪いと思ったのか引き下がる。


「お、俺、スキル『影移動』でどんな情報でも簡単に手に入れられるんだ! 何か知りたいことがあったら教えてやるから俺に――」


「なんだその聞くからに『転移』の完全下位互換みたいな能力は。この国についてお前に聞きたいこととか何一つないし、欲しけりゃ自分で手に入れるわ」


「…………」


 転移が最強に便利すぎるから、並大抵のスキルじゃそもそも俺の役に立てない。

 故に、選択肢は実質的に一つなのだ。


「わ、悪かったッ、伊藤。俺、お前を助けてやれなかったッ! 虐めに加担するようなこともしてしまった。本当に悪かったと思っている。申し訳ないッ。この通り!」


 岩崎が土下座した。弁当の為に。

 だが、だから何だと言うのだ。土下座なんて召喚される前は毎日させられてた。殴られ蹴とばされ脅され。お金も取られたし教科書や参考書は破られたし、その上で土下座もしょっちゅうさせられた。


 弁当と言う餌欲しさにしただけの安い謝罪の言葉と軽い土下座。反吐が出る。


「不愉快。誠意が足りてない。却下」


 イラっとしたので岩崎の頭を思いっきり踏みつけてやると、前髪を長く伸ばして目が隠れた根暗そうな女子が前に出てくる。

 彼女は確か平井 希望。

 一年生の中頃に、橋田たちの悪ふざけで俺を全裸に剥いたうえで女子のパンツを顔に被せ、机に縛り付けると言う非道な嫌がらせを受けたことがあったが、そのパンツの持ち主が確かこの娘だったはずだ。


 彼女は彼女で虐められる側っぽかったが、それ故に橋田やその取り巻き、他の女子たちと一緒に俺への攻撃に加担することも多かった――嫌いな奴だ。

 そんな平井さんが、前に出て少し震えながら言った。


「伊藤くんにしたことは本当に悪かったと思ってる。……だから、謝罪の印に――私の爪、剥いで良いよッ」


 平井さんは中々に楽しめそうな余興を提案してきた――

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