『認証クエスト』

「嫌です。私は、ソラ様とずっと居たい……」


 リースは少し不安そうな表情でボソリと「ソラ様が許してくださるなら」と言う。その言葉に俺はニヤリと頬を吊り上げながらポンとリースの頭に手を置いた。


「元より、リースを手放す気はないよ」


「ソラ様……」


 リースはうっとりした表情で俺を見上げる。

 考えてみたらそれもそのはず。この国は果物屋が平気でカツアゲをしてくるくらいには治安が悪いし、街もドブのような悪臭が漂っている。そしてクラスメートたちがたった一日で悲鳴を上げる程度には食事の質も悪く、この国の人たちが着ている服はあり得ないくらいに質が悪い。


 対して俺と一緒に俺の国で暮らせば、治安は良いし街は臭くないし、料理に砂糖や塩だって使い放題。服も、リースが遠慮するくらいには質が良い。

 別に俺が居ればいつでも帰って来れるし、リースが解放を望まないのも頷けた。


 ……昨晩のアレが良かったからってのが理由なら、男冥利にも尽きる。


「と言うわけですので、ギルマスさん。頭を上げてください」


「むぅ……。リースが良い服着てお前さんにべったりな様子を見てからなんとなく解っちゃいたが、やっぱそうか」


 ギルマスは立ち上がりながら頭をかいて困り顔をする。


「ああ。リースが哀しそうな顔でもしてるなら殴ってでも取り戻せたんだけどなぁ。リースが辞めた穴を埋めるのに苦労する羽目になっちまった」


「……申し訳ありません、ギルドマスター。でも――」


「いや、良い。お前が女である以上いつか旦那を見つけて退社するのは解っていた。ただ、想像よりずっと急だったから面食らってるだけだ。

 ……それと、お前さんの方にも頼む。リースを幸せにしてやってくれ」


「それは解りません。でも、リースと幸せになれたらとは思います」


「ソラ様――」


 リースは顔を赤く染めて、俺に熱い眼差しを向けてくる。

 リースは美少女だし、話してみる限り結構賢い。思い込みが激しいのが玉に瑕だけど、夜のリースは凄くえっちだから圧倒的プラス。


 どうせ俺には恋人なんて出来やしないし、出来たとしても、クラスの女子どもの醜い一面を嫌と言うほど見せられてきたせいで女性をそもそもあまり信用できない。

 その点契約によって絶対に逆らえないと解っているリースなら信用できるし、なんだかんだリースが俺の嫁になるんじゃないかと思っている。


「まぁ、それだけ聞けりゃ十分だ。で、リースの話はこれくらいにしておいてお前さんの話だ。確かソラ……だったか? お前さんは冒険者になるつもりはあるんだよな?」


「ええ、まぁ」


「だったら良かった。お前さん、グイン相手に無傷で勝ったんだろ? そんな逸材を眠らせておくのは世界の損失だからな」


「一応言っときますけど、俺、そんな危険なことはしませんよ?」


「別に良いさ。お前さんのような強いやつにとって安全な依頼でも片付けてくれりゃ多くの人が助かる」


「……また、リースと似たようなこと言いますね」


「ま、リースにギルド職員としての心得を叩きこんだのは俺だからな。で、だ。俺的にはお前さんをすぐに冒険者として登録しても良いと考えている。とは言え、お前さんは身分証も持たない、身元不明の怪しい男だ。組織として簡単に信用できん。

 それにグイン相手に圧倒したせいで実力のそこも見えない。……本当に星7のスキルを持つってならこのギルドにはお前さんの力を測れる奴なんていない」


「つまり、何ですか?」


「要するに、だ。お前さんには認証クエストを受けて欲しい」


「認証クエスト?」


「……冒険者として仮登録した後に、一度お試しで依頼を受けるんです。実力や本人の希望如何で難易度は多少上下しますが――原則として、冒険者になる者は全員受けます」


「なるほど……」


 だったら、なんでギルマスはあんな長い前置きを……?

 そんな疑問を吹き飛ばすように、ギルマスは一枚の依頼書を俺の前に突き出した。


 『紅霧の森』に出現した、突然変異種のサイクロプス討伐。難易度はA+


「ちょっ……認証クエストでAランク以上の高難易度クエストを受けさせるなんて聞いたことありませんッ!」


「だろうな。だが、俺だって星7のスキルを持つ奴なんて聞いたことがない。なら、認証クエストの難易度が前代未聞だっておかしくない」


「……その、参考までにA+ってどれくらいの難易度?」


「……Aで一都市崩壊の危機。Sで一国家崩壊の危機なのでA+は都市数個が崩壊するレベルの被害を出せるモンスターってことです」


 ええ。そんな危険な依頼なら受けたくないんだけど。


「リース、そんな大げさな事を言ってソラをビビらせないでくれ。……そもそも難易度はあくまで指標で、クエスト達成に最も重要なのは相性だ」


「相性?」


「ああ。例えば物理攻撃に強く不死身のアンデッドは戦士には強敵だが、僧侶は浄化魔法一発で消し飛ばせるからカモであるように、冒険者には得手不得手がある。そしてグインを圧倒したソラなら対サイクロプスにおいては有利を取れると思っている」


「……その、サイクロプスってどんな魔物何ですか?」


「そうだな。サイクロプスはとにかく物理攻撃主体で、物理魔法共に高い耐性を持った強力なモンスターだ。特に突然変異種のサイクロプスは通常の倍は大きく、その分パワーと耐久が高い。

 だが、あくまでサイクロプスはサイクロプスだ。搦め手は使ってこない」


「つまり?」


「ああ。簡単に言えばめっちゃパワーと頑丈さが上がったグインみたいな相手だ」


 なるほど。グインみたいな相手。となると確かに相性良さそうだ。

 大抵の物理攻撃なら転移ゲートの盾でカウンターに持ち込めるし、人間相手じゃないなら腱に硬貨を飛ばすよりも殺意の高い攻撃を遠慮なくぶちかませる。

 何より、危なくなっても俺の転移ならいつでも一瞬で逃げられる。


「……依頼達成できなかった場合のペナルティは?」


「特にない。強いて言えば報酬が一切出ないから、戦闘で失った諸々の補填がないことがペナルティみたいなものだな」


 となると、金のかかるものを持ってない俺には実質ノーリスク。


「期限は今週中。無理そうなら別のクエストに変えても良い」


「まあ、そう言う事なら受けてみます」


「そうか。それは良かった。それとリースも連れていけ。こいつ職員だったが並みの冒険者より腕は経つし、魔物に対する知識は何なら俺以上だ」


 リースがふんすと鼻を鳴らした。


「じゃ、頼りにするぞリース。何せ俺は冒険に関しては右も左も解らないからな」


「ま、任せてください!」


 俺はギルマスから『紅霧の森』までの地図を受け取ってから、一旦リースと共に転移で自宅へ帰った。今日中じゃなくて良いみたいだし、初めての冒険。不安もある。

 やっぱり念入りな準備はしたい。


 確か、サイクロプスってものすごく大きいんだよな?


「リース。サイクロプスの内臓の位置って人間と大体同じか?」


「ええ。心臓は胸の中央にありますし、脳は頭にあります。概ね同じだと思います」


 なるほどな。同じ臓器ってことは、機能も同じ。つまり人間を殺せる方法ならサイクロプスも殺せる可能性があるってことか。じゃあ、決まりだな。


「リース。思いの外、サイクロプス討伐はイージー出来るかもしれない」


「!? ……一応相手はA+――舐めてかからない方が良いかとひゃんッ///」


 水を差すようなことを言うリースの胸を揉んで黙らせる。

 ダメそうなら逃げれば良いだけだし、それに……この方法が失敗する未来はあまり見えない。


 俺は近所のスーパーであるものを買ってから、再び異世界に転移し、紅霧の森に向かった。

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