『試合』
「そうかい。だったら俺と試合ってみるか? 俺のスキルランクは星3だ。このギルドではかなり高い方だが、もしあんちゃんが星7ってなら俺に勝つくらい容易いだろう?」
大男は背中に背負った大きな斧に手をかけながら挑発するように言ってくる。
このタイプの大男は昨日戦ったばかりだし、昨日は使わなかった新技だってある。正直負ける気はしないし、戦う気だって満々だ。
だけど、これで普通に勝ったとしても「おう、実は強かったんだな。疑って済まなかったなガハハッ!」みたいなノリで上から目線に認められると言う状況が生まれるだけ。
負けたら多分普通に殺されるか半殺しにされると言うデメリットがあるのに、勝ったメリットは疑いが晴れるだけ。そのくせ相手は負けてもほぼデメリットはない。
なんか一方的に命を懸けさせられてるような気分になってイラついてくる。
「別に戦うのは良いんですけど、俺が普通に勝ったらどうするんですか? まさか、疑ってごめんの一言で済ますつもりはないですよね?」
「な、おいっ「待ってください」」
言い返そうとした大柄の冒険者を受付嬢が静止する。
「確かに貴方の言う事は尤もです。仮にもし、貴方が星7のスキルを持つと言うのであれば貴方は救世の勇者に匹敵する英雄。そんな人のスキルを疑ったとあれば、それは勿論、私もそれ相応の覚悟がございます。
ですが、同時にスキルの偽証は重罪。そこまで大きく出たんです。そちらこそ、負けてもごめんじゃ済まないことを覚悟してくださいね?」
相当な美人である受付嬢の凄みに思わず怯むが、俺は断じて嘘を吐いていない。
怖くても撤回する必要はない。
「何度も言うように俺は、一切の嘘を吐いていないので何の問題もないです。寧ろ、俺としては負けた後に“口約束”だからと貴方が言い逃れしないか心配なくらいです」
「なっ! ……そこまで言うなら聖霊契約書にサインしましょうか? こうすれば聖霊様の力によってあなたも私も約束を違えることが出来ない。
これで、吠え面かいた貴方が必死になって言い逃れするのを聞かずに済みます」
「おい、リースさん、そこまで意地にならなくても」
「なんですか? 星7のスキルなんてあからさまな嘘を吐いて、ここまで舐めた態度を噛ましてきたこの人を黙って見過ごせと言うのですか?」
「い、いや……そう言うわけじゃないが」
「それとも、貴方はこんな大ぼら吹きに勝てる自信がないとでも?」
「そ、それもない。……俺がこんな弱そうな子供に負けるはずがねえ。だが、それでもこいつが嘘を言ってるようには見えないから、つい、な」
「確かに、ここまで堂々と嘘を吐ける胆力は認めますが――世の悪党は大体これくらい猛々しく嘘を吐くものです」
言いながらリースと言う名の受付嬢が聖霊契約書なるものを取り出してくる。
その内容はあの大柄の男と俺の試合で、俺が勝った場合はリースが俺に、俺が負けた場合は俺がリースに生涯絶対服従する、と言うものだった。
例えそれが自殺だろうと何だろうと、どんな命令にも服従しなきゃいけない。
故に、物凄く残酷な殺し方だって出来る。例えば、自分の肉を自分で嚙み切って死ねと言われればそれに服従せざるを得なくなるのだろう。
そして期限は死ぬまでだから実質無期限に甚振ることだってできる。
まあ、俺はそんな残虐な事を大した恨みもないこの人にするつもりはないが。
「さぁ、ここに血判を」
聖霊契約書とやらに血判を押すと、何か心の奥が鎖のようなもので縛られたような不思議な感覚になる。恐らくこれが偽物でないであろうことは確信していた。
「じゃ、やりましょうか」
「ああ。……それと、仮にお前さんが勝ったとしてもリースさんにはそんな酷いことはしないでやってくれ」
「そうですね。まあそれは今後の態度次第ではありますけど」
俺はポケットの中の10円玉に手を触れ、大男の手のひらの中に転移させるイメージを作る。
「うがッ! 痛ッた!!」
大男の手が破裂し大斧を落とすが、大男は同じ手で斧を拾い直す。十円玉を転移させ使い物にならなくなったはずの右手は回復していて、大男はぐちゃぐちゃにひしゃげた十円玉をぽいと投げ捨てた。
「なるほど、強ェな、それ。ああ、なんで回復してるのか? って顔してるな。それはな、俺のスキルは『超回復』――受けた傷を瞬時に回復する能力だからだッ!」
「ご丁寧に解説どうもッ!」
「説明したところで対処不可能だからなッ!」
大男が俺目掛けて斧を振り下ろしてくる。超回復ならちょっとやそっと痛めつけても死ななさそうだ。だったら――
大男が斧を振り下ろした瞬間、大男の右腕からズシャッと血が噴き出した。カランコロンと音を立てて、斧が大男の右側に落っこちる。
「なんだ、それ」
「転移ゲート。貴方の右側に貴方の攻撃を転移させたんです」
「なんじゃそりゃ、反則だろ」
「戦闘に、ルールなんてないでしょう?」
俺の新技、転移ゲートの盾。
どんな攻撃も転移させるから、絶対に破られることのない不可侵の盾。おまけに視覚範囲内なら瞬時に展開できるから、今したみたいにカウンターにだって使える。
予想外とも言える事態に驚き目を見開いている受付嬢の目の前に転移する。
「どうです? 本当っぽいでしょ? いやぁ、言葉遣い間違えましたね。最初っから疑って掛からず、素直に見せてくださいって言えばよかったのに」
俺の挑発にギリッと悔しそうな表情で歯噛みする。
「確かに貴方は『転移』能力を持っているのは確か。でも、それが星7とは限らない。見る限りどうせ回数制限があるんでしょ? その能力。
対してグインの体力はほぼ無限。やり続けてれば貴方が負けるわ」
「残念。俺の能力は無制限に使えますよ」
対してあの大男――グインと言うらしい――の冒険者の再生は無限なのだろうか?
俺はグインの真後ろに転移して、膝関節に10円玉を転移させる。
「うがッ!」
グインは両膝をついて倒れる。
「くそッ、マジで何なんだその能力……。俺には解るぜ。お前、どんな訳ありかは知らねえが、星7の能力者ってのは本当らしいな」
「ええ。最初っから言ってるでしょ?」
「俺じゃお前には勝てねえ。降さ――「グイィィン! 貴方が負けたら私、その男に絶対服従なのよッ!! 何が何でも勝ちなさいッ!!!」」
リースが叫んだ。必死だった。そりゃそうだ。あんな綺麗で、プライドの高そうな女だ。俺が嘘つきだと確信してたからあんな舐めた勝負を仕掛けただけで、嘘じゃないと解れば足掻きたくもなるだろう。
「チッ。リースさんには恩があるからやるしかねえッ。悪いな、もうちょっとだけ付き合ってくれッ!」
グインが大斧を振り回すのをゲートで流す。グインの上半身と下半身が離れる。
それは何とか引っ付くが、グインの腹には大きな疵口が残っていて、何より息切れしている。
「かっはぁっ! この能力はな、使う度に体力を消費するんだ。もう、指一本動かせねえ」
「グインッ! 何やってるんですか! 立ち上がりなさい!」
「済まねえな、リースさん。俺、全然アンタに恩返しできなかった。だが坊主、頼む――リースはプライドは高く意地っ張りな所はあるが、優しい良いやつなんだ。絶対服従にしたって、酷いことはしないと約束してくれ」
グインは呼気を荒くしながらそう懇願してくる。
バトル漫画とかだと、ここで普通に約束するぜみたいな展開になるんだろうけど、今回はバトル漫画と違って死闘じゃないし、このグインって人にも愛着がない。
「それは、さっきも言った通りリースさんの態度次第です。……本当に優しくていい人なら、俺もそれなりの扱いをしますよ」
「そうか。それだけ聞けりゃ問題ねぇ。悪ぃなリース。俺の負けだ」
そう言ってグインはそっと瞳を閉じる。
「う、嘘ッ……」
リースは虚ろな目をしてへたりと地面に崩れ落ちた。
心の中にあった鎖が解き放たれ、それがリースと繋がったのを感じ、確信する。どうやらこの瞬間から、本当に、リースは俺に絶対服従になったらしい。
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