『冒険者ギルド』

 十分ほど前まであの忌々しい婦警さんが座っていた場所には空色の警察服や、地味な色の下着――そして通信機や警棒、拳銃などが落ちている。

 俺はそれらを纏めて拾ってから、一先ずあの果物屋の地下室に置く。


 万が一警察が来た時に、これらの道具が家にあれば俺は即犯罪者だ。


 だが、この地下室は果物屋のもの。あの大男と果物屋以外に仲間がいるかは解らないけど、ここに銃とかを置いておくのも不安がある。

 一先ずは通路を絨毯で隠し直して、ドアの取っ手を転移で外し、ドアの淵をボンドで固定して、裏から木と釘なんかで止めておけば大丈夫だと思う。


 とは言え人死にが出たあの家を拠点にするのはどこか気が引ける。

 やはり、異世界にも新しい拠点が欲しいかな。


 じゃあ、どこにどうやって?


 異世界では身分証も何もない俺がどうやって拠点を買えるのか。買えたとしても、あの街はリモーナたち王族のお膝元。俺がいない間に家宅捜索されたりして、銃とかを勝手に持っていかれたら嫌だ。


 いや、そもそも転移能力がある俺に銃とか警棒なんて必要ないんだ。


 婦警さんを全裸で大通りに飛ばした時は、苛立ちの反動とも言える爽快感にテンションが上がってて「やったッ! 警察の装備を手に入れた!」と内心喜んでいた。

 けど、冷静になってみると想像以上に要らない物な上に、他人に見つかったり盗られたりしたら非常に不味いものと言う最悪の代物になってしまった。


 とりあえず、あの地下室の入り口は封鎖しておくか。


 入り口をボンドと木で固めた上で、転移ゲートを使って階段の所に土嚢を放り込んでいく。土嚢は学校の体育倉庫にある奴だが、入学以来使ってるのを見たことないし、俺に対する傷害や損壊行為を見て見ぬ振りした学校だ。窃盗でも、これくらい見て見ぬふりをしてくれるだろう。


 そもそも衛府蘭高校は治安が悪く学校の備品が盗まれるなんて日常茶飯事だし、移動手段も転移なので俺が盗ったとバレることもないだろう。


 学校の土嚢を根こそぎ使って、あの地下室の階段を完璧に埋めた俺は自宅に戻る。


 今日は疲れたな。ゲートに運び込むだけの作業とは言え、この土嚢運びは多分明日の俺に筋肉痛を齎すだろう。

 だけどその分、あの地下室は物置としてかなり信用できるようになった。


 取っ手のないドアを引いて開けるのは不可能だし、押して開けようにも土嚢が詰まってるから不可能。そもそも隠し通路を探そうとする人がそう多くないだろうし、見つけたとして開かない扉を必死になって開けようとする人はもっと少ないだろう。


 とは言えこれも急場しのぎ。やはり安心できる拠点が欲しい。


 が、すぐじゃなくて良くなった。幸い俺には王女から貰い換金していない金貨5枚が残っているし、地下室には大量の銅貨や僅かな銀貨がある。

 じっくりと良いところを探せば良いだろう。


 ……今日は異世界で初めて戦闘を経験して、人死にを見たり、婦警さんとひと悶着あったり、土嚢を運んだり。色々あって疲れたので、軽く勉強したら寝てしまおう。




                   ◇



 翌日。今日は土曜日なので、普通に学校は休みだ。


 テレビでは突如大通りに現れた謎の露出狂女が話題になっていた。

 最近大した事件がないことと元警官と言うインパクトも相まって、お笑いをしなくなって久しいお笑い芸人が「警察とはあーたらこーたら」と薄っぺらい持論を展開している。


 どうやらあの婦警さんは懲戒免職になった上で、精神鑑定にかけられるようだ。

 転移がどうのとか言っても、誰も信じてくれなかったのだろう。俺が異世界に召喚されて自分だけ帰ってきたと言う事実を彼女が信じなかったように。


 いい気味だな。


 面白いニュースが見れてテンションが上がったから、今日は勉強が捗った。


 ただ午後になると集中力が切れ始めてくるので、異世界に行くことにした。

 転移する場所は果物屋の前。昨日転がっていた死体は誰かが回収したのかなくなっている。だが、人が死んだと言う割に人が集まっていると言う様子はなかった。

 ……憲兵とかいてもおかしくないと思ってたんだけどなぁ。


 まぁ、通りがかりの人に追いはぎするような治安の悪さだ。これくらいの人死に、この国では日常茶飯事なのだろう。


 俺は割り切って街を歩く。俺の所持金は金貨一枚と銀貨二枚、銅貨5枚ほどだ。

 この国の金銭の価値が解らなかったので適当に持ってきた。あと、逆のポケットには10円玉が15枚ほど直に入っている。歩くとジャラジャラ鬱陶しいのが難点だ。


 そんな俺の目的地は、所謂『冒険者ギルド』ってやつだった。


 この世界に冒険者なんてものが存在するかも不明だし、そのための組合があるかも不明である。だが、異世界も勇者召喚も実在したのだ。ギルドくらいあったっておかしくない。


「あの、すみません。『冒険者ギルド』を探してるんですけど……」


 道行く親切そうなおばさんに尋ねると、あっさりと冒険者ギルドは見つかった。


 大きな酒場のような外装をした二階建てのその建物の中は、外装通りの酒場。昼間だと言うのに大柄な男たちががやがやと騒ぎ、それはまるで宴のような五月蠅さだ。

 軽く横を見ると雑多なチラシがびっしりと貼られていて、そんな酒場にはやや似つかわしくない、役所のような受付が見える。


 その受付の女性は、この酒場に似合わないくらいに清潔感があって綺麗だった。


「ようこそ『冒険者ギルド』へ。依頼の受注ですか? それとも登録ですか?」


「登録で。その……冒険者ってのになってみたくて」


 なりたい理由は大きく二つ。一つは身分証が欲しいから。

 登録に身分証が必要なら詰みだけど、こんな治安の悪い国だ。全員が全員身分証を持ってるとは限らないし、なくてもどうにかやれる場所はあると踏んでいる。

 そしてファンタジー小説だと、冒険者ギルドへの登録は身分証が要らないのがテンプレだ。


 もう一つは、冒険がしてみたいから。

 俺の転移能力は硬貨を転移させるだけで大抵の相手は倒せるし、躱すことも攻撃を防ぐことも転移があれば容易い。そして何よりどんな危険な状況でも最悪逃げることが出来る。これが何よりでかい。


 魔物や悪党をぶっ倒すのは爽快だろうし、勉強の息抜きにもぴったりだろう。


「解りました。登録ですね。身分証はありますか?」


 え、詰み?


「そ、その……ないです」


「なるほど、解りました。となると登録手数料は銀貨2枚になりますけどよろしいでしょうか?」


 俺はスッと銀貨2枚を差し出した。

 受付嬢が少し驚いたように目を見開く。


「わ、解りました。でしたらこれで登録しておきます。ではこの紙にお名前と、あと使えるスキルを記入してください。……文字は書けますか?」


「多分」


 遠目に見えるチラシの文字は日本語に見えるし、言葉も通じる。日本語で大丈夫なら問題ない。


 俺は用紙に名前と能力名を書いていく。

 あ、能力の所って星のランクを書かないといけないのか。だったら星7、と。


 俺が書いた用紙を手渡すと受付嬢が目を細める。


「その、能力は正直に書いていただかなければ困るのですが……」


「ええ。正直に書いてますよ?」


「その……歴史上最もランクの高いスキルは星5。それだって異世界から召喚された勇者様しか入手できません。星3でも高いくらいですのに。吐くならもっとましな嘘を吐いてください」


「いえ、だから本当なんですってッ!」


 婦警さんと言い、受付嬢さんと言い、なんで俺の事を信じてくれないんだ。

 嘘なんて全然吐いてないのに。


 受付嬢さんと暫く睨みあいを続けていると、大きな手がポンと肩に載る。振り向くと2mは超えてそうなガタイの良い大男がにやりと笑っている。


「おうあんちゃん。くだらない嘘を言ってリースさんを困らせるもんじゃないぜ?」


「……別に嘘吐いてないですけど」


「そうかい。だったら俺と試合ってみるか? 俺のスキルランクは星3だ。このギルドではかなり高い方だが、もしあんちゃんが星7ってなら俺に勝つくらい容易いだろう?」


 大男は背中に背負った大きな斧に手をかけながら挑発するように言ってくる。


 正直、このタイプに負ける気はしないし、スキルの練習がてらボコボコにしてやっても良いだろう。

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