『取り調べ(独断)』

 昨日、無実を証明したはずなのに再びやってきた婦警さんに対して露骨にため息を吐きながらもこくりと頷くと、婦警さんは俺の家につかつかと上がってくる。


「……警察署で話を聞くんじゃないんですか?」


「貴方の家の方が楽でしょう?」


 ……別に俺は転移があるからどっちでも変わんないけど。態々俺の家で話を聞くと言うところにきな臭い雰囲気を感じる。

 婦警さんをリビングに案内して、水道水を出しておいた。


「それで……単刀直入に言うとやっぱり私は、貴方があの集団失踪事件の犯人だと思います。これ以上罪を重ねることはありません。衛府蘭高校2-Aの生徒をどこにやったのか白状してください」


「だから、それに関して俺は一切なにもしてないですし、彼らは異世界に居ます」


「クラス全員で異世界に召喚されて、貴方だけ帰って来る能力があったから帰ってきた――その話を信じろと?」


「はい。それが事実なんですから、信じてもらうしかないです」


「じゃあ聞くけど、なんで貴方だけしか帰ってこなかったの? 他の人は? 仮に帰れる能力があるなら貴方だけじゃなく他の人も帰すべきじゃないかしら? 力を得た以上貴方にはクラスメートを助ける義務があると思わないですか?」


「思わないです。貴方、俺が彼らにどんな目に遭わされたか知ってますか?」


「ええ。虐められてたんでしょう? でも、そんなのが彼らを行方不明のままにさせて良い理由にはならない。彼らを心配する家族がいて友達がいるんです」


 ……物凄く、イライラする。


 そんな事ってなんだ。あいつらがやってきたことはいじめなんて生易しいものじゃない。俺の教科書をいくつも使い物にならなくする器物損壊に、度重なる暴行や傷害、恐喝や恫喝の数々。あれは犯罪だ。

 そしてその犯罪に困った俺は警察に頼ったのに相手にされなかった。


「警察は俺に、いじめなんて自分で解決しろと言いました。なら、彼らも異世界から帰れない現状は自分で何とかするべきでは?」


 バンッ! 婦警さんは俺ん家の机を叩きつける。


「異世界異世界異世界って、そんな戯言本気でこっちが信じるとでも思っているの? 貴方の転移能力は信じる。確かに、この目で見たから。

 だけどッ、その転移能力があれば私たちが探せない範囲に彼らを隠すことは容易になることの証明でしかないじゃないッ!!」


「それでも異世界に召喚されたんですよ。……それに仮に、彼らの死体がはるか遠い場所で見つかったとしても俺が殺害し運んだ証明は――転移能力の証明は現代の科学じゃ不可能なはずだ。疑わしきは被告人の利益に。どのみち俺は無罪だ」


 俺がそう言うと、婦警さんの目が変わった。


「やっぱり、貴方が殺したんじゃない。遠い地に転移を使って彼らの死体を埋めたのね。言いなさい、どこに埋めたのか。……さもなくば」


 婦警さんは徐に拳銃を取り出し、銃口を俺に向けた。


 心臓がバクバクと煩い。怖い。向けられる殺気に泣きそうになる。


「言ったでしょう、仮にって。本当に彼らは異世界なんだ。……それに、今の俺に銃を向けるのは法律違反だ」


「そうね。でも関係ない。そもそも貴方の取り調べは私の独断よ。――頭の固い上の連中は貴方の思惑通り“転移なんてあるはずない。彼らの痕跡が一切見つかっていない以上犯人探しも出来ない”と言っている。

 だけど、私はあの日、貴方の転移をこの目で見せられて確信した。貴方は悪よ」


 独断? こいつ、根拠もなく、ただ自分の正義感だけで行動してるのか?


「貴方の悪は法では裁けない。だけど……いや、だからこそ、私が裁く必要がある。例え差し違えになっても」


 それはまるでドラマに出てくる主人公のような目をしていた。

 どこまでも自分の正義感に酔いしれながら俺に銃口を向けてくる婦警さんに、どうしようもない怒りと悲しみが押し寄せてくる。


 ……なんで、俺に向けてくるんだ? その銃を。


「お、俺は本当にやってないのに……」


「嘘を吐かないで。はやく教えなさい。彼らの居場所を」


 俺はずっと待ち望んでいた。ずっとずっと――橋田の凄惨ないじめから救い出してくれるヒーローを待ち望んでいた。

 この正義感を、勇気を――俺を救うために使って欲しかった。助けてほしかった。

 なのに、この人は無実の俺を思い込みで攻撃するために正義感を発動している。


 ツーッと涙が落ちていくのを感じた。


「なんでッ、俺を助けてくれなかったくせにッ」


「……そうね。貴方がこうなる前に助けられなかったのは悪かったわ。でも、だからと言って彼らを殺していい理由にはならない。例えどんな酷い目にあったとしても」


 こうなる前にってなんだ。俺は彼らを助けてないだけで殺してはいないのに。


「……じゃあ解りました。今から彼らがいる場所に連れて行きます」


 やったことないから、出来るかどうか解らないけど、この思い込みの激しい婦警さんには実際に異世界に行ってもらわなければ理解してもらえないだろう。


「手、貸してください」


 仮に一緒に行けなくても、俺だけは転移できる。銃で撃たれると言う事はないはずだ。……だが、一緒に転移できた場合はどうしようか?

 すぐに銃とか撃たれたら嫌だし、日本から人を運べたと言う事実がクラスメートに広まるのはなんか不都合な気がする。


「まあ、解ったわ」


 婦警さんの手を取り、俺が思い浮かべたのは果物屋の中にある地下室だった。

 俺が日本から人を運べたことをクラスメートに知られるメリットデメリットを熟考してからでもこの人を城に運ぶのは遅くない。


 ……ただ、移動した瞬間に銃でバーンとかされたら嫌だし、他にも色々と武器とか持ってたら不便だから、その辺諸々排除して転移できないかな?


 そんなことを考えながらあの地下室に転移した。


 次の瞬間、俺の目の前には全裸の女性がいた。


「なるほど。ここに……ってキャァッ!」


 婦警さんは必死に身体を隠しながら、赤い顔で俺をキッと睨みつけてくる。


「は、裸にして……ど、どう言うつもりよッ!!」


 怒ったように俺に殴りかかろうとしてくるのを転移で後ろに下がって躱した。と、そこでふと思いつく。……別にこの婦警さん、ここに閉じ込めて放置すれば良いんじゃね? と。


 俺を助けてくれなかった警察が独りよがりの気持ち悪い正義感を発揮して俺に銃口を向けたって事実が死ぬほど気に入らないし、ここに放置しておけば勝手に全部解決――と考えて思い直す。


 いや、ダメだな。恐らく独断でも俺の事を散々疑わしいと言ってたであろう警察官が突如行方不明になると流石に俺が疑われる。

 一応今回はこの人が俺の家に上がってきたせいで、この人の髪の毛とか指紋とか残ってそうだし、それを全部綺麗に始末出来る自信はなかった。


 とは言えそのまま帰しても、それはそれで難癖付けて捕まえてきそうだし――。


 と、そこで妙案を思いついた。


 俺は婦警さんの背後に転移して背中に触れる。俺が思い浮かべるのは、大して行ったこともないけど嫌い故に深く印象に残った街。

 オシャレな服屋やカフェが立ち並ぶ一通りの多い繁華街。そこに婦警さんを伴って転移し、そのまま速攻で自宅に帰る。


 そして自宅から楕円型の転移ゲートを上空に出して、上から――突如全裸で人通りの多い繁華街に投げ出された婦警さんを見る。


「キャァァッ!」


 悲鳴を上げる彼女に、街の人の視線が集まる。スマホを取り出して撮りだす人、通報する人がちらほらと見受けられる。

 警察服を脱いで外に出ればそれは最早警官ではなく、ただの露出狂。


 全裸で街中に出てしまった彼女がいくら、俺に転移能力があるだの、俺の転移によっていきなり街中に投げ出されただの言っても頭がおかしくなったと思われるだけ。精神病棟送りが関の山だろう。


 彼女は、誰よりも俺を怒らせた。


 助けてほしかった俺を助けなかったくせに、俺を侮辱し、剰え銃を向けた。

 警察が駆けつけ、取り押さえられる彼女を見てからゲートを閉じる。いい気味だ。それに、今回の出来事は収穫も非常に多かった。


 まあ、これくらいで許してやるか。


 フフッとほほ笑みながら、先度まで婦警さんが座っていた場所にある脱ぎ捨てられた服と、警察の装備を見やった。

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