『異世界観光』
異世界から自宅に帰った俺は、早速ネットで調べて徒歩圏内にあった金買取所に足を運び、王女から貰った金貨を5枚ほど換金してみることにした。
重さは量った結果315g
今の金の相場は1gあたり6200円だが、金貨に施された特殊だが精巧な装飾、保存状態の良さなども加味されて260万円で買い取ってくれることになった。
「ところで、こんな金貨どこで手に入れたんですか?」
「……死んだ祖父の家の蔵の奥から出てきました」
この言い訳は咄嗟に考え付いたものだが、中々に悪くないものだったと思う。
また260万円と言うとんでもない大金を扱うのだが、それでも学生証さえ出せば俺だけで買い取ってもらえたのも幸いだった。
……俺がこんな大金手に入れたと知ったら俺の両親の事だ。きっと全部自分のものにしてしまうに違いない。
この260万は学費に――俺が夢を叶えるための資金にするのだ。
お金を受け取るや否や、すぐに人目のつかない場所まで走って自宅へと戻る。
俺の机の鍵付きの引き出しにはクラスメートたちにお菓子を売って得た20万円と、金貨を売って得た260万円が入っている。
大金だ。お金持ちだ。……突然手に入った大金にソワソワして勉強がいまいち手に付かなかった。
◇
翌日。一応は行ってみた学校はやはり今日も休みだと言われた。
クラスメートたちが行方不明になってるわけだし仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、学費を払っている身としては一時的にでも俺を別クラスに編入させるなどして授業を再開してほしかった。
……凄惨ないじめは知った上で放置するし、受けたいのに授業もちゃんと受けさせてくれない。つくづく腹立たしい学校である。
そんなこんなで自宅で二時間ほど自学自習した俺だったが、引き出しの中の大金と授業を再開しない学校へのイライラが募って思うように集中できなかった。
「……気分転換に、あの世界にでも行ってみるか」
目的は観光。この地球とは全く違う色の空、二つ浮かんでいた衛星、そしてこの世界とは恐らく違うであろう文明を築いた異世界の国の街並み。
転移で行き帰り自在なのだ。危険に遭遇しても瞬時に帰って来れるし、見ない手はないだろう。
軍資金として一応金貨は二枚だけ持っていく。何か良さげなものがあったら買ってみたくなるかもだしな。
残り三枚は鍵付きの引き出しの中で、鍵も俺のポケットの中だ。
俺は召喚された日の事を思い出しながら、あの祭壇のような場所へ転移する。
「て、転移の勇者様!? いつからそこにおいでで?」
転移すると、相変わらず橋田がボコボコにぶっ壊した壁を修理しているおっさんが俺に話しかけて来た。今日は王女は居ないみたいだった。
今日は、王女やクラスメートたちに用はないし寧ろ好都合だ。
……昨日の今日で日本のものを売りつけても有難みとかが薄れそうだしな。
「城下町が見える場所に案内してくれないかな?」
「へ? そりゃ、構いませんが……例えばそこからでも城下町は普通に見えやすぜ」
おっさんに指を刺された通りに壊れた穴から外を覗くと、蜘蛛の巣のように張り巡らされた水路と赤い屋根の家が立ち並ぶ――例えるなら、ベネチアをモチーフにしたアニメ世界の街と言った雰囲気の景色が見えた。
相変わらず空は緑色で、三日月のような衛星と半月のような衛星が見える。
ここはやはり異世界。好奇心が疼く。
視覚範囲内で人が通ってなくて、なおかつ大通りに近そうな良い感じの場所を注視して転移する。僅かな浮遊感と共に景色が一気に変わった。そのまま大通りに出る。
大通りには耳が長いエルフや獣耳の少女は一切おらず、何なら金髪碧眼の美少女も全然いない。やや赤みがかった肌の、西洋系の外国人っぽい人たちが歩いている。
体格も普通で、恐らくイタリアとかオランダ辺りに行けばこんな景色はいくらでも見れそうな気はするけど、それでも――
「すっげぇ」
海外は疎か県外にすら殆ど行ったことがない俺にとって、この未知に溢れた光景は眩しいくらいに輝いて見えた。水路が通っている。その水は少しドブ臭くて、道行く人たちが来ている服は間近で見ると質が悪いのがよく解る。
そして一番気になったのは、街往く人の腰には女子供であろうとも当たり前のようにナイフやサーベルのような武器が携えられていること。
「おう、そこの兄ちゃんこのリンゴ買っていかないか?」
やけにフレンドリーにリンゴを勧めてくる果物屋のおっさんと、活気だった通りの喧騒に俺は確信する。この国、多分相当治安が悪い。
小学生の頃、不審者対策には元気な挨拶が効果的だと習ったが、スラム街の人たちがフレンドリーなのは多分そう言う事なのだと思う。
「いや、良いよ。今、一銭たりとも持ってないし」
「なんだよ。良い服着てるから金持ってそうだったのに」
「じゃあ兄ちゃん、お前の服寄こせよ。高く売れそうだ」
着ている服はポリエステルのシャツとジーパン。上下合わせて2000円程度の安物だが、麻の拙い服よりは需要があるだろうか?
2mはあるんじゃないかと言う大男がいきなり俺の背中にナイフを突き当てて低い声で脅しかけてくる。
「悪いことは言わねえ。服くらいくれてやれ。命に代えるほどのものでもないだろう?」
八百屋が言う。彼が後ろの大男とグルなのかどうかは解らない。だが、想像の五倍は治安が悪いな、この国のこの街は。俺は両手を挙げながら冷静に自室を想像する。
俺は何も言わずに転移して帰宅した。
……どうやらあの世界での観光は、尚早だったようだ。
別に転移してナイフを躱すくらいは余裕だが、肝心の攻撃手段がない。
だが仮に厚手の包丁を買って持って行ったとしても――転移で背後から刺すくらいは出来るだろうけど――それでもスキルと言うものが存在しているあの世界で安全に勝てる保証なんてない。
「『転移』での攻撃手段を考えた方が良いかもな」
別のクラスになったから最近はあまり絡んでこなかったが、あの高校には橋田以外にも俺に酷いことをしてきたやつはいる。そして、全員が異世界に転移したわけじゃない。と言うかクラス別になった奴は全員残っている。
そいつらに絡まれても即座に逃げられるってだけでも有り難いが、返り討ちに出来るならしてみたいってのも本音である。
( ^ω^ 三 ^ω^ )ヒュンヒュン
自室の端から端まで転移で移動しながら考える。――例えばこの転移。2mほどの距離を部屋の中で転移して急に止めたとしても運動エネルギーが残って壁にぶつかるとかそう言ったことはない。
仮に、ジャンプしながら転移したとしても転移先ではそのエネルギーは残らない。
つまり転移をそのまま攻撃に転化するのは難しいと言う事だ。
次に、転移できるもの。俺自身や俺が身に着けている服、コイン、鍵など身に着けているものは自由に転移が出来る。
俺はもしやと思ってポケットから金貨を取り出し、引き出しの中に金貨が移動することを意識した。コインが一枚消える。引き出しの鍵を開け中を確認すると金貨はちゃんと四枚になっていた。
「俺自身じゃなくても、触れているものだけでも転移できるんだ」
そしてそれは視覚範囲内に限らない。
なるほどな。
俺は『転移』を使った攻撃手段を思いついたので、引き出しの中の貯金箱に仕舞っている10円玉などの小銭を幾分か取り出し、ポケットに入れる。それから再び、あの通りに転移した。
「さ、さっきの兄ちゃん!?」
転移すると大男と果物屋の店主が何やら話し込んでいる様子だったが、俺の存在に気付いた店主が驚きに目を見開き、大男が警戒を露わにしながらナイフをこちらに向けてくる。
……大丈夫。もし失敗しても俺はすぐに自宅に帰ればいい。
それにこいつらの目的はあくまでも金銭。殺しが目的じゃないならすぐには襲ってこないはずだ。俺はポケットからジャラジャラと小銭を取り出した。
俺は小銭に『転移』を発動させた――
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