『お菓子オークション』
「やあやあみんな昨日ぶり。いきなりだけど、日本のお菓子、いくらで買う?」
橋田たちに荒らされボコボコに穴が開いた闘技場と、そこに死屍累々と横たわる騎士やかつてのクラスメートたち。
日本のお菓子を持って現れた俺に、かつてのクラスメートたちの目が光った。
「ね、ねえッ、伊藤くんッ。そのお菓子、日本の……だよね? 伊藤くんは日本に帰れるの?」
最初に話しかけて来たのは
ゆるふわウェーブの金髪とそこそこ整った顔立ち。これでこの娘がもっと賢く、高潔な性格をしていたならば惹かれていたのだろうが、実際は中身がゴミなので、どうでも良いクラスメートの一人である。
橋田にボコボコにされている俺を見下ろしスマホで動画を取りながら「惨めw」と嘲ってきたことを俺は忘れていない。
「ああ。俺は帰れるよ」
「じゃあだったらッ!」
「だからと言って俺が、君を日本に連れて帰ると思うか?」
「ど、どうしてよッ! こ、こんなの酷すぎるじゃない。……この国、ご飯もあり得ないくらい堅いパンと野菜の芯をお湯で茹でたスープみたいな酷いもので、トイレだってすっごく汚いし、シャワーだってないのに……訓練だけはこんなに辛い。
私がこんなに酷い目にあっているのに助けないなんて、そんなのおかしいじゃないッ!!!」
片野はヒステリー気味になって俺に飛びかかってくるが、転移で躱す。
シクシシクシクorz
片野は両手を地面に着けて泣き出すが、一切の同情が湧かない。
「じゃあ聞くが、片野。お前は俺が酷い目に遭っているとき助けてくれたのか?」
「…………ッ!」
「俺が橋田に全身を殴打されているとき、ハツカネズミを生きたまま食わされようとしているとき、裸になって土下座させられそうになっているとき――お前はッ、俺を助けようと言う素振りでも見せたことがあるのか?」
「あ、アンタは男じゃないッ! ……それにそれは同級生同士の喧嘩ッ! 自分で解決できない伊藤が悪いのよッ! でもこれは違う! これは理不尽な誘拐なの。私がどうしたってどうにもできない力で攫われて、こんなところで酷い目に遭わされてるの。
それにッ、伊藤が日本に帰れるのだってただの運じゃないッ!
もし私が、伊藤と同じスキルを手に入れてたら伊藤もッ、他のみんなもちゃんと日本に帰らせていたわッ!!」
「で、だから?」
「え……?」
「片野、お前の価値観、考え方は解った。でもな『転移』のスキルを手に入れて自由に日本に行き帰り出来る能力を得たのは俺なんだよ。解るか? ……橋田に酷く虐められ、片野やお前らにその無様を嘲笑われ、それでも毎日耐えに耐えて学校に通い続けた俺なんだよッ!!
俺はお前らが嫌いだ。大ッ嫌いだッ!!! だから助けない。シンプルだろ?」
「そんな……そんな。なんでッ。……なんでよッ! 私、日本に、お家に帰りたいのッ。家に帰ってママの作ったご飯食べて、宿題しないのを怒られるのを疎ましく思いながら喧嘩したりして、それでも心から安らげるお家に帰りたいッ!!」
「そうか。残念だったな。スキルを手に入れたのが俺で運が悪かったな。だけど、お前らは帰れない」
「うっ……ううッ!!」
片野が号泣する。そして俺に直接話しかけてくる図々しさまではないものの、他のクラスメートたちもズゥンと表情が沈み切っていた。
ああ、愉快。愉悦ッ!!
「だが、俺も鬼じゃない。ああ。本当なら俺はクソみたいなお前らがいるこんな場所に一生来る必要なんてなかったんだが、知り合いもなく未知に溢れる異世界にいきなり連れて来られて、虐待のような訓練を受けているであろうお前らが憐れでな。
心優しい俺は、お菓子を買ってきてやったんだッ! 今なら安値で売ってやるッ。
まずこのポテチ――一万円からオークションスタートだッ!!」
俺の言葉にクラスメートたちが顔を見合わせる。それは戸惑い、迷い。
「一万円。たかがポテチにそれはボり過ぎだろ」
「で、でもッお菓子だぞ。俺、飯が合わなくって全然食べれてなくて……お腹ペコペコなんだ」
「だからと言って、一万円払うのか? あんな奴に」
「でも、伊藤は俺たちを帰してくれるつもりはない。……この世界じゃ、一万円札だって無価値だ」
「伊藤。お前、本当に見下げ果てた奴だな」
戸惑うクラスメートたちが小声で話し合う中、担任の渋沢が前に出た。
「お前が虐めを受けていたのは解る。辛かったのだろう。だが、だからと言って皆を帰らせないのも、こうしてスナック菓子を暴利で売ろうとするのも間違っているッ!
お前はあのクラスで唯一真面目で、頑張っていると思っていたが、失望したッ!」
先生の拳も転移で避けた。視覚範囲内なら自由に移動が可能な俺に見える攻撃が当たるわけがない。
「間違っているも何も、貴方は何一つ俺を助けることをしてくれませんでした。橋田の――最早虐めと呼ぶのも烏滸がましい犯罪行為を黙認し、俺を見捨てた。
本当に頑張っていると思っていたなら、助けて欲しかったッ!!」
「そ、それは……お前が自分で問題を解決して成長をだな――」
ハンッ、成長ってなんだッ。あの暴虐で理不尽な犯罪行為の数々を解決できなかった俺が悪いみたいに……ッ。悪いのは橋田で、その犯罪行為から生徒を守る義務を果たさなかったのは先生で、同調し一緒に嘲笑ったお前らだッ!!!
「気分を害した。もう帰る。……俺がここに来ることは二度とないだろう。じゃあな――お前ら、精々この世界で死んでくれ」
「ま、待ってくれッ!!」
俺は萎えた気持ちになって自室に転移しようとして、眼鏡のクラスメート……田中が大きな声を出して制止した。
「……伊藤ッ、俺にそのポテチ売ってくれ。一万円で、買いたい」
「他に、買いたい奴はいないか?」
俺が聞いてもクラスメートたちは俯くだけ。俺は田中から一万円を受け取り、ポテチを一袋手渡した。次に、先ほどリモーナ姫に拒絶された徳用のミルクチョコレートを取り出す。
「次はチョコレート。これも1万円から始めるッ!」
「それも、俺が買いたい」
田中が言う。
「他に――「買いたい! 私、チョコレート買いたい! い、一万五千円までなら出せるッ!!」」
他に買いたい奴は――と言い切る前に、姉帯さんが手を挙げた。……彼女はよく学校にお菓子を持って来てる系の女子だ。
……しかし、この値上げ交渉。良い雰囲気になってきたな。
「他に買いたい奴は? ……いないようだな」
俺はチョコレートを姉帯さんに渡した。
「次にグミだッ! 欲しいやつは――」
「「はいッ!!」」
姉帯さんと笹木さんが同時に手を挙げた。二人は牽制し合うように睨み合う。
「じゃあ、これも一万円から――」
「い、一万五千円で――」
「私、二万円出せるわよ? 姉帯は、チョコ買ったからもうないんじゃないの?」
「ぐ、ぬぬぬっ」
グミは二万円で笹木に売った。それからどんどん残りのお菓子も売れていく。
男子は買わないやつが多かったものの、田中が手を挙げ、姉帯が値上げして以降、女子にはバンバン売れ始めた。
この世界では無価値な日本の紙幣と、この世界では手に入らない日本のお菓子の価値の上昇。もしかしたら二度と俺が来ないかもしれないこと。それらの条件が噛み合ったお陰で売れたのだろうか?
二千円で買ったお菓子は金貨十枚+20万円になってしまった。
儲かりまくりだ。これだけ稼げれば塾に行くことも、滑り止めの私立を受けることも可能になるかもしれない。獣医になれる確率が上がる。
それに何より、かつて俺を嘲笑っていたクラスメートたちが日本だと百円足らずで買えるようなお菓子を大金で買ってくれるのが楽しい。
……持ってきたお金は有限でいつか尽きるだろうが、こいつらの日本の商品に対する欲求はどんどん大きく無限に近づいていく。
このまま売り続ければ、或いはお金以上の何かすらお菓子で買えるようになるかもしれない。想像するだけでゾクゾクする。
「完売に免じて、また来てやるよ」
俺はそれだけ言い残して、自室に戻った。
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