『王女との商談』
「伊藤。どうしてお前がここにいる?」
教室に戻って自主勉を再開していた俺に、副担任が少し怯えたように俺を見る。
「身の潔白を示し終えたので、戻ってきました。それよりも、俺は授業を受けたいんですけど」
「そ、そうか。でも伊藤以外の生徒が出席してないからそれは出来んな」
「……出席してても、聞かない奴らなのに?」
「だとしても、だ。伊藤、今日の所は学級閉鎖とするから帰りなさい」
……まあ、自主勉するだけなら家でも良いか。
俺は荷物を纏め、人気のない踊り場まで移動してから転移によって自室に帰る。
婦警さんには見せた以上、隠す意味もそんなにないが、あえて見せびらかす意味もない。
「思わぬところで空き時間が出来てしまったな」
橋田たちの虐めのせいで遅れていた勉強を取り戻したい気持ちもあるが、今はまだ高二の六月。ちょっとくらい息抜きをしたって良いだろう。
俺は住んでいるボロアパートから遠目に見えるスーパーに転移して、お菓子を二千円分くらい買いこんだ。ラインナップはポテチとチョコとグミキャンディ。質より量で選んだので二千円でも結構沢山ある。
俺はそのまま異世界に転移した。
◇
風穴が空いた壁に、ボロボロに砕かれた石畳。それをせっせと直すおっさんたち。
それと、あの時俺たちを召喚した時にもいた王女リモーナがいる。リモーナは俺を見るや否や小走りで駆けつけては、ちょこんと男を勘違いさせそうなあざとい動作で俺の腕に触れてくる。
「転移の勇者様! ……今までどちらにいらっしゃったんですか? お見かけしないので心配していたんですよ?」
「どうやら転移の能力を使えば俺だけは元の世界に帰れるみたいだからな。こっちの世界で役立ちそうなものを買って来た」
「なるほどっ! そう言うわけだったんですね! ……それが、その……」
「ああ。チョコレートだ。一つ食べて見るか?」
リモーナの視線が袋に向いていたので、お徳用のミルクチョコレートを取り出して一つ渡すとリモーナは顔を真っ赤に染めて手を胸の前で交差させながら後ずさった。
「私はバルバトス王国の第一王女リモーナ・エラ・ロッサ・バルバトス。如何に星7の勇者様でも、媚薬でこの私を手籠めにしようとは――恥を知りなさい!」
睨みつけてくるリモーナ。この世界ではチョコレートは媚薬扱いされるのか。
「いや、その……俺たちがいた世界だとチョコレートって一般的なお菓子だし、そう言うつもりはなかったんだ。……チョコレートが苦手ならこっちとかはどうだ?」
俺は少しシュンとして見せながら、ハイチュウを一つ差し出した。
「そ、その……これは何ですか?」
「まあ、飴の一種です。この銀の包み紙を剥けば食べられます」
「なるほど。……では一つ頂きますね」
王女は恐る恐ると言った体でハイチュウを一つ口に放り込む。ゆっくりと吟味するように咀嚼してから、王女はその碧の瞳をかっと開いた。
「あ、甘いッ。それにこの芳醇で濃厚な葡萄の香りッ。貴重な砂糖をこんなにふんだんに使ったお菓子なんて、王族の私でも食べたことありません! こんな素晴らしい高級品を用意できるなんて、勇者様は元の世界では相当な身分だったりしますか?」
「そんなことないよ。そもそも俺の国には身分制度ってものがないしね。それにそのお菓子はその気になれば誰でも簡単に手に入れられる」
「な、なるほど。でも、これは素晴らしいお菓子です。その、残りのそれを買い取らせては頂けませんか?」
「勿論良いですよ」
「本当ですか!? で、では……クラウス。勇者様にお支払いを」
ハイチュウの残りを手渡すとリモーナが指をパッチンと鳴らす。すると後ろの執事がそっと俺の手に金貨を10枚ほど乗せた。
「え?」
「こんなにも美味な異世界のお菓子。その対価としては些か安く思われるかもしれませんが、この国は現状魔王の脅威に怯える立場。余裕がないのでこれでご勘弁を」
ズシリと重いその金貨は全部でざっと300gはありそうだった。
え、えっと金って確か1gで5000円くらいするよな? だから×300で、15……いや、150万円!
一生分のハイチュウを買ってもおつりが出る値段だよ!!
ま、まぁでも、くれるって言うならありがたく貰っておこう。
「ところで、その他のものもお菓子ですか?」
「ええ。現状この国になくて俺の国にある良いものがこれくらいしか思い浮かばなかったので」
「なるほど。そのお菓子の他にも色々と便利そうな異世界の道具などを買ってきていただけると助かるのですが……。出来る限り高値で買い取りますので」
ハイチュウで金貨十枚だったから、もっと良いのだともっと貰えるってことか。
金だと日本での換金もそう難しくないだろうし、換金できれば貧乏でお金がない俺でもそれなりに色んなものを買えるようになる。それを更にこっちで売って、また換金すれば……無限にお金が稼げるようになってしまうな!
転移でお金を稼ぐのは難しいと思っていたが、思わぬ形で商談になってしまった。
「まあ、そう言う事ならまた持って来るよ」
「ありがとうございます。……それと、そちらのお菓子は他の勇者様方への差し入れですよね?」
「……まあ、そうですね」
差し入れと言う表現はあながち間違っていないが、これまで散々な目に遭わされてきた俺があいつらに対して素直に親切を働くはずがない。
「でしたら、私が案内しますよ」
リモーナに伴って、俺も外の方へ出ていく。
異世界の空はやや緑がかっていて、うっすらと浮かぶ月は二つあった。地球ではありえない空模様が改めてここが異世界なんだと知らしめる。
「そう言えば、勇者様の転移は他の誰かを同伴することも可能なんですか?」
「いや、試したことがないから解らない」
「もし可能だとしたら、やはり他の勇者様方を連れ帰ってしまうのでしょうか?」
「んなわけない。見てなかったのか? 昨日の橋田の俺に対する所業。それを見過ごすあいつらのことを」
あのクソみたいなクラスがこの世界に召喚され、俺だけが帰れるようになった。
それで俺は初めて、あの地獄のような日々から解放されたのだ。地獄を生み出した橋田を、それを見過ごすどころか嘲笑までしたあのクラスメートを。態々日本に連れて帰りたいだなんて思うはずがない。
「……そうですね。そう言っていただけると助かります。魔王を討伐する前に帰ってしまわれたら、この国は滅んでしまいますから。……と、勇者様方はそちらですね」
リモーナと雑談しながら歩くと、少し広い場所に出る。
それは写真で見たコロッセオのような広い円盤状の闘技場のような場所で、しかし観客席のようなものはない。その闘技場には傷だらけになって横たわるかつてのクラスメートたちと、ボコボコに凹んだフルプレートメイルを着込み、膝をついている騎士たちが散見される。
「はーっはっは! やっぱり俺が最強ッ!! お前らッ、二度と俺に指図するんじゃねえぞッ!!」
大きく高笑いした橋田が、俺たちがいる方向とは別の出口を通ってどこかに行ってしまった。……今まで俺に矛先が向いていた橋田の傍若無人が、今は騎士や他のクラスメートに向いているのか。
酷い目に遭っていた俺を嘲笑していたクズどもが報いを受けるのは気分が良いが、橋田が好き勝手しているのは気分が悪かった。
でもまあ良いか。
橋田とその取り巻きが居なくなったのを確認してから、俺はかつてのクラスメートたちの目の前に姿を現した。
「やあやあみんな昨日ぶり。いきなりだけど、日本のお菓子、いくらで買う?」
―――――――――――――――――――――
次回 元クラスメートたちにお菓子を異世界価格で売り付けます。
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