『取り調べ』

( ^ω^ 三 ^ω^ )ヒュンヒュン


 クラス丸ごと異世界に召喚され、俺だけ帰って来れた。

 先ほど一瞬だけ異世界に行って、その後すぐに戻って来れた辺り行き帰りは自由。それでいて一切疲れがないことから、然したる制限はなさそうだ。

 実際、今俺は部屋の隅から隅までを反復横跳びのように転移しているにも関わらず体力が減る兆候すら一切見られない。


「おまけにこのスキルってのは、こっちでも使えるみたいだな」


 あの水晶玉の老人が言っていた通りなら、このスキルは行ったことがある場所と視覚範囲内なら自由かつ無制限に『転移』し放題な能力らしい。

 だが、こんなチート臭い能力がこっちの世界でも使える利点は現状だと通学時間がゼロになることと、不良に絡まれてもすぐに逃げられそうなことくらいしか思いつかない。金儲けに使えそうに見せかけて、営業のノウハウがないから算段がない。


 仰向けに寝転がりながら天井に貼られた『獣医になる』の書初めを見る。


 ま、こっちでスキルが使える云々は副産物に過ぎない。

 重要なのは俺に凄惨ないじめをし続けて来た橋田や他のクラスメートたちが、帰還不可能な異世界に隔離されたことだ。

 明日から俺は、ようやく普通の高校生活が送れる。楽しみで仕方がなかった。



 翌日。『転移』によっていつもより30分ほど早く学校に着いた俺はたった一人の教室で自習していた。なけなしのお金で買った参考書を持って来ても破かれない。勉強中にいきなり殴られることもない。

 誰もいないので集中力を削いでくる夥しいほどの落書きが施された俺の机は隅に追いやり隣の席を俺のものにする。教科書は綺麗なままの橋田の置き勉と交換だ。

 一応被害届を出されれば窃盗罪になるけど、俺の教科書を使い物にならなくしたのは橋田だし、これは実質的な弁償だ。それに被害届を出す橋田は今異世界だ。


「んふふふ……」


 幸せって、今この瞬間を表現するために存在している言葉なんだろう。

 鼻歌を歌いながら上機嫌で自習をしていると、副担任の先生が教室に入ってくる。


「い、伊藤か。他のみんなはどうした? どうしてお前だけここにいる?」


 副担任は震える声で、やや俺に怯えを見せながら遠巻きに訪ねてくる。

 そうか。みんな異世界にいるから音信不通なんだ。心配したクラスメートの両親が学校に連絡を入れていてもおかしくない。


「みんなは今、異世界にいますよ。俺は、俺だけは帰って来れました」


「い、異世界?」


 副担任の先生は立ち眩みしたようにふらっとして、そのまま教室を出ていく。

 数分後、尚も自主勉を続けていた俺の元には二人の警察官が立っていた。


「伊藤 天。お前には衛府蘭高校2-A組集団失踪事件の重要参考人として、署まで同行してもらう」


「俺は、被害者ですよ?」


「それを確認するために来てもらうんだ。それとも手錠が必要か?」


 憤った様子の警官の態度に思わず転移して自宅へと逃げてしまいたくなるが、俺は犯罪者になりたいわけじゃない。

 転移で逃げるのはいつでも可能だ。弁明を試みた後でも遅くはないだろう。




 無機質な白い部屋。量産型の長机とパイプ椅子。朝なのと窓とドアが開けっ放しになっているから取調室と書かれたその部屋は明るかった。

 俺の対面に座るのはベテランのニヒルなおっさんではなく、明るそうで容姿が整った若い女の警官だった。


「かつ丼は出るんですか?」

「お金をくれればコンビニとかで買ってきますよ」

「じゃあお茶は?」

「それくらいなら」


 そう言って婦警さんが持ってきたのは湯呑に入った温かいやつではなく、ペットボトルのお茶だった。全然イメージと違う。


「それで、単刀直入に尋ねますが……衛府蘭高校2-Aの生徒たち――貴方のクラスメートはどちらに居ますか?」

「異世界です。もっと言えばバルバトス王国です」

「……嘘や冗談は虚偽として扱われますよ?」


 信じてもらえないのは予想していたが、それでも俺は事実しか言っていない。


「はぁ。伊藤さん。新田先生から聞いたところによると貴方、昨日までクラスメートから虐められていたそうですね」


 新田先生は副担任だ。


「ええ。警察にだって何度も助けを求めましたが“学生同士の喧嘩だろ?”と言われて一切取り合ってもらえませんでした。それが今なんの関係が?」

「詳しい事情は私の方では解り兼ねますが……例え虐められていたとしても、このような形で報復するのは間違っています」

「このような形とは?」

「……殺し、死体を隠ぺいすることです」


 出来るんだったらこんなに我慢せずとうの昔にやっている。だが、証拠を残さず、30人のクラスメートを殺害してその痕跡を隠ぺいするのは不可能だ。


「そんなことしていません。寧ろどうやってやるんですか?」

「それを今、貴方に聞いているのです」

「だったら言いますが、不可能です、そんなこと。仮に相手が一人でも数十kgはある死体を運ぶ力なんてありませんし、土壇場で人を殺す度胸もありません」


 三十人の死体をどうこうできるパワーとそれだけの殺戮を可能にするほどの精神があれば殺す前に、力でねじ伏せられる。いじめられてなんかいない。


「死体も出ていないのに、憶測だけでものを言わないでください」

「死体って……ッ! やっぱり貴方――」

「こんなのものの例えでしょう? 現実問題として30人が死ぬなりどこかで監禁されているなりしているのに未だ痕跡見つけられないなんておかしいと思いません?」

「……だ、だけどッ!」


「クラスメートに関しては先ほど言った通り異世界です。昨日の昼過ぎぐらいに、俺が橋田に殴る蹴るなどの暴行を受け、クラスで飼っているハツカネズミを生きたまま食べさせられようとしたその瞬間に、教室の床が蒼白く光ったと思ったらいつの間にか異世界に居たんですよ」


「そ、それを、仮に信じるとしてッ……だったら貴方はどうして、貴方だけこっちの世界に戻って来れてるのよ?!」

「それは俺が、転移のスキルを手に入れたからです」

「……転移?」


( ^ω^ 三 ^ω^ )ヒュンヒュン


 スキルを使って取調室の端から端まで転移を使った反復横跳びをして見ると、女の警官はあり得ないものでも見たかのように目を見開いて驚いた。


「これで、クラスメートたちが異世界に行ったってことを信じてもらえましたか?」


 俺が問うと、婦警さんはこくりと頭を落とした。


「話すことは話しましたので、俺は帰りますね」


 俺はそれだけ告げてから、転移で教室に戻った。

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