『俺だけ自由に帰れる件』

「ようこそおいでくださいました、勇者様方。どうかこの国を、魔王の魔の手からお救いください」


 少し潤んだ瞳、思わず守りたくなるような儚い仕草、圧倒的な美貌。

 自分の可愛さを完璧に自覚したような洗練されたあざとい仕草で、この国とは縁もゆかりもない俺たちに救国をお願いしてくる。


 そんなお姫様と思しき女の厚かましい要求に、橋田が前に出た。


「お前が俺の性奴隷になるってんなら、助けてやっても良いぜッ!」


「貴様ッ、姫様に向かって無礼なッ!!」


 怪しい格好の老人が杖を橋田に向けるのを、姫は冷静に手を出して静止する。


「構いません。……もし貴方が魔王を倒しこの国を救ってくださると言うのでしたら、私は私の全てを捧げることを厭いません」


「ほぅ、話が解るじゃねえかッ! じゃあ早速……」


 姫の肩に回そうとした橋田の手は、姫によって弾かれる。


「……ですが、それはあくまで魔王を倒してくれるのならと言う話です。私はこれでもバルバトス王国の第一王女、リモーナ・エラ・ロッサ・バルバトス。少なくとも魔王を確実に倒せる保証のない人間が触れて良いほど安い存在ではありません」


「あ゛!? 態々こんな変な所にいきなり呼び出しといてなんだその言い草はッ!」


「……その怒りは御尤もですが、多くの者を召喚したために誰が真の勇者なのか私にも判別がつかないのです。……そして私が身を捧げるのは、真の勇者様ただ一人」


「んなもん、俺以外あり得ねえだろッ!! ……あんなパッとしねえ烏合の衆に、俺より優れた奴がいるはずもねェ!!」


 尚も姫に掴みかかろうとした橋田は、しかし姫の前に生じた見えない透明な壁のようなものによってその手を阻まれた。


「……小僧。ここがお前らの世界より遥か遠い場所にあると言う事を忘れるなよ?」


 怪しげな恰好の老人がドスの効いた声で脅しをかける。

 その言葉でこの場に居るクラスメートのどれだけの人が、俺たちは唐突に未知の方法で全く知らない異国の地に拉致されてしまった事の重大さに気付いただろうか?

 少なくとも俺は、この老人やあの姫に生殺与奪の権を握られていることを完全に理解させられた。


 俺の他に震えているクラスメートもいるが同じなのだろうか?


「クソがッ! じゃあ、どうやったらこの俺が真の勇者だって証明できんだよ! 今すぐ、あのゴミどもを全員ボコボコに〆てくれば良いのか!?」


「……その必要はありません。我々の国には、勇者様の素質を測る魔道具があるのです」


 姫は橋田に軽蔑の視線を向けながら、指をパチンと鳴らす。

 すると一人の怪しげな恰好をした人が大きな水晶玉のようなものを運んできた。


「んだこりゃ?」


「……これは『スキルオーブ』……異世界から召喚されし勇者様方に必ず一つ以上備わっている『スキル』の効果と種類、そして強さの等級を調べることが出来ます」


「ほう? これに手でも翳せば良いのか?」


「はい」


 橋田がニヤリと下品な笑みを浮かべながら手を翳してみると、太陽を虫眼鏡で通して見たくらいの途轍もなく眩い光が発せられる。


「な、なんとっ! ……『聖剣エクスカリバーの使い手』に『剛力無双』一つをとっても最高等級の星5つだと言うのに、それが二つもッ!

 こ、これは、これは……想像を絶するような逸材ですぞッ!!」


 水晶玉を持つ老人が驚きの声を上げる。その反応からどうやら橋田のスキルが凄まじいものであることが察せられた。

 ……少しは、橋田が弱いスキルしか得られず、地獄の橋田政権の終了を期待していたのだが、この様子だと暫く俺の地獄は続きそうだった。


「なあ、リモーナ。これで俺が文句なく真の勇者だと解っただろ?」


 延ばされた橋田の手は、やはり見えない壁によって阻まれる。


「確かにスキルは素晴らしいものですが、まだ他の方のを見ていません。それに、貴方が如何に強い力を持った勇者様であろうとも、魔王討伐の意志が見えなければ真の勇者とは認められません」


「チッ、話が違うじゃねえかッ!!」


「……せめて、魔王の配下の一人でも討伐してもらわなければ――私の身は捧げられません」


「クソがッ」


「ですが、貴方が逸材であるのもまた事実。貴方には好きに扱って良い見目の良いメイドを遣わしますので、今はそれで納得してください」


「……生半可なのじゃ許さねえぞ」


 橋田は面白くなさそうに近くの壁を蹴った。( `Д)┌┛∑;∴ボゴッ

 すると、それがさっき言ってたスキル『剛力無双』の力とやらなのか石の壁がボロボロと崩れていた。

 ……橋田にあんなパワーを持たせたら、俺は多分今日中に死んでしまう。


「では、他の皆さんもスキルの確認をしてください」


 水晶玉を持つ怪しげな老人がクラスメートたちの元にやって来て、次々にスキルを測って行く。クラスメートは30人弱いるが、その内15人程度が星3つ。6人が星4つ。星5つは4人しかいなかった。


 しかも星5つのスキルの持ち主の内一人は橋田の一番の腰巾着の岸田と言う奴で、そのスキルは『聖騎士』……守りわざと回復技に長けるようになるスキルらしい。

 そして他の橋田の仲間たちも最低でも星4つ。神様は力を与える人を間違えている。


 世の不条理を嘆きながら、それでも俺は強く祈っていた。


 ……頼む。俺に、強いスキルをッ! じゃないと俺、今日中に橋田とその仲間たちに手慰みで殺されてしまうッ!!

 俺は強く祈りながら、水晶玉に手を翳す。


 その光は橋田の時に匹敵するくらい強く、そしてその色は只強い光を発していただけの橋田の時と違って黄金だった。


「な、なんとッ、星7のスキル!? 『転移』――なるほど。術者が一度訪れた場所と視覚範囲内を自由に無制限に移動できるスキルか。

 歴史上確認されたのが星5までだったから、それが最高だと思っていたが――まさかこの世にその上があるとは……これは橋田殿とどちらが真の勇者か解らなくなってきましたなッ!!!」


 驚きと喜び入り混じる老人の声が響くと同時に、地震が起こったように地面が揺れた。


「伊藤ォォオオオオッッ!!!! てめぇ。ゴミのグズの分際で俺より良いスキルとってんじゃねえェェェエエッッ!!!」


 まるでビスケットの上を走ってるんじゃないかと言うほど石の床をバッキンバッキンに壊しながら橋田が俺の方に向かって走ってくる。

 マズいマズいマズいマズいマズい。馬鹿力を手に入れた今の橋田にいつもみたいな暴行を受けたら木っ端みじんになって死んでしまう!!!


「は、橋田殿ッ、やめなさいッ!!」


 怪しげな恰好の老人は水晶玉を落として砕きながらも透明な壁を張って俺を守ろうとしてくれるが橋田はそれを意に介さずバリッ、バリッ、バリリリッ!!! と音を立てて突き破ってくる。


 迫りくる命の危機に、得たばっかりの『転移』を使おうと俺は必死になった。


 転移! 転移! 転移! 早く! 転移しろ!! 死ぬッ! どうやって使うのッ!? ねえッ! 早く転移しないと俺死ぬ、死んじゃうッ!!


 時間にして1秒も満たない。しかし命の危機に思考が異常に加速して、俺はその加速した思考で何としてでも『転移』を使って逃げようと思っていた。

 そんな切羽詰まった俺がこの状況で、俺の脳内にはある一つの光景が浮かび上がっていた。


「『転移』ッ!!」


 その瞬間、身体が先ほど体験したような浮遊感に包まれる。

 紙一重で橋田の拳が空を切った。


 ( `Д)┌┛∑;∴ドゴォォォォンッッ!!!

 大きな音を立てて、俺の背後にあった石壁に大きな風穴が空くのをほんの一瞬だけ視認したような気がした。


 ……た、助かったッ!?

 

 気が付くと俺は、自分の部屋にいた。


 汗でぐっしょりと濡れたベッド。天井に貼られた『獣医になる!』と墨で書かれた毛筆の文字。橋田に酷い目に遭わされた後に、涙越しで見るいつもの俺の部屋だ。



 ドッドッドッドッドッと、心臓の音が鳴りやまない。


 夢でも見ていたような気分になる。起こっていた全てに現実感がない。


 だけど、数十分前橋田に散々殴るけるされた顔がずきずきと痛んでいる。それが現状を夢じゃないと証明しているかのように思えた。


「ハハッ。ハハハッ。もし、これが夢じゃないってんなら、現実だってんなら……俺は、俺だけは元の世界に帰ってこれたってことか?」


 そしてそれは裏を返せば橋田たちは異世界に転移したからこの世界からいなくなったと言う事でもある。それは、俺があの地獄のような日々から――橋田から解放されたことを意味していた。


 それと同時に俺は、いつだってあの世界に行けると言う確証があった。


 あの石造りの広場を思い浮かべ『転移』と念じれば、再び、先ほどの王室に戻る。


「伊藤ゥゥウッ!! 避けてんじゃねえぞ。どこに消えていたァッ?」


 再び俺を見つけるなり殴ってくる橋田を眺めながら、俺は冷静に自室の光景を思い浮かべて『転移』と念じる。

 すると再びまたあの浮遊感が訪れて、気が付けば自宅のベッドの上に戻っている。


 目覚まし時計の針はこの間一分と動いていない。


 どうやらこのクラス転移は俺だけ自由に行ったり帰ったりできるらしい――

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