第3話 盗賊と勇者

 薄暗い鐘撞き堂の中、頭の悪そうな男が三人。昼下がりに侵入した盗賊たちは、がさつに室内を歩き回り、朽ちて横倒しになった柱を踏み荒らしていた。


「ハッハッハ……案外簡単に入れたな」

「こんなにあっさり入れるなんて……ちょっと不用心じゃねぇでやんすか?」

「まぁな……だが、そのおかげでこうしてオーブを盗めるのだ。感謝しなければな! ガッハッハ!」

「いやあ、楽しいっすねぇ……へへへっ」


 愉悦に笑みを浮かべ、室内を上機嫌に物色し始める三人組。しかし目的のものが見当たらなかったらしく、次第に焦燥したように一際図体の大きな男、オダマキが顔を歪め、声を荒らげる。


「おい、ダンデ……オーブはどこだ!?」

「どこにもありやせんぜ……っかしーなぁ」

「何故だ! オーブは聖堂院の調和の鐘に納められているのではなかったのか!?」

「さぁ……」


 残りの二人、ダンデとライオという男たちも首を傾げる。彼らの手に入れた情報が確かであれば、彼らの狙う“オーブ”は確かにこの鐘撞き堂、更に言えばここにある三つの鐘に収められているはずだったのだが、しかしそれらしきものは見つからない。オダマキは苛立ちを隠そうともせずなお荒々しく探し回る。

 そしてオダマキが鐘の中を覗き込むのが四度目ほどになった時、勢い良く聖堂の扉が開かれ、鐘撞き堂が少し明るくなった。扉の開く音と差し込んだ光に盗賊たちは振り返って警戒しながら後ずさる。そしてすかさず腰に吊っていた短剣を構え、やってくるであろう誰かを迎え撃つ姿勢を取り、誰何の声を上げる。


「む……何者だ! 怪しい奴め!」

「それはこっちの台詞だ!」


 予め食料の類を盗んでおいたため、神官たちを買い出しに出向かせ人気を払ったつもりだったのだが、伏兵がいたとは。それにしても随分と甲高い声だ。確かここに男はほとんどいないはず。となると出てくるのは勇ましい女神官だろうか。何にせよ、自分たちはこの短剣一つで多くの衛兵を凌いできたのだ。どんな人間が来ようと問題はない、まずは退路を確保して――。

 オダマキがそのようなことを考えて扉を睨んでいると、彼の想定とは異なり、颯爽と、と言うには少々稚拙な動きで、二人の子供が飛び込んでくるではないか。盗賊たちは呆気にとられ少々思考を停止させた。

 そんな盗賊たちの様子にはまるで気付かず、どこからか木製のバットのようなものを調達し得物にしているイブキは、本人にとっては勇猛果敢に盗賊へ叫ぶ。


「やい、オッサン!」

「オッサンではない、ワシは偉大なるオダマキ様だ!」


 オッサンという呼称が不服だったオダマキは、はっと気を取り直し目の前の小さな闖入者を睨んだ。ついでとばかりに名乗るのは彼のいつもの癖であるが、相対しているのが一端の衛兵や戦士ならともかく、イブキのような少年であるこの状況はどうにも間が抜けている。

 そして不幸にも、イブキは彼の言葉を捉え違えたらしい。彼がこれまでに会った人物は日本ではまず見ない名前のものばかりだったため、オダマキの言葉を率直に受け取ることになる。


「じゃあオダマキサマ! どうやって入ったんだ! ここの扉は巫女にしか開けないはずだろ!」

「……えっ」


 畳み掛けるようにどこか間の抜けた詰問をイブキがする。だよね、と確認するように横目に見られたリラも頷きそれを肯定するが、オダマキは虚を突かれて目を白黒させる。何せ、そのような防衛機構があるなど思わなかったし、そもそも機能していないらしいぞ、とも思ったため。

 そしてオダマキが呆けた声を出し動きを止めたのを見て、イブキもリラも困惑して視線を彷徨わせることになるのだった。


「えっ?」

「……ちょっと待ってて」


 出鼻を挫かれた気持ちでイブキたちが固まる。てっきりこのまま襲い掛かってくるものだと思っていたのに、少し離れたところで盗賊たちは密談を始めてしまった。しかしここで殴り掛かるのもヒーローっぽくない。そう思ったイブキはリラと顔を合わせ、大人しく彼らの相談が終わるのを待つことにした。

 一方盗賊たちは密談らしく小声ながら存分に慌てふためき現状の理解に努めていた。


「そうなの!? そうだったのー!?」

「なんかあっさり開いちゃったでやんすよ!?」

「い、いや、これはチャンスだ! 敵が知らないことをこちらが知ってるのは大きなアドバンテージになる! 兵法の基本だ!」

「じゃあ隠すんですかい? そうなると、俺らに巫女の協力者がいるってことにしとかないと誤魔化せねぇっすよ?」


 現実的なダンデの言葉にオダマキが少し悩む。ほんの少しの沈黙の後、オダマキは一つ頷いて話を再開した。何かを閃いたらしい。仄かに愉悦に歪められた口元を見てライオは何ぞ不吉な予感めいたものを感じる。


「……そうだな。ちょっとこっち見ろ」


 そう言ってオダマキはまずダンデの顔を両手で挟むようにして近寄せ観察した。イブキとリラはその様子を観察しながら肩を竦め首を傾げる。

 妙な緊張感の中、オダマキはダンデとしばし見つめ合い、しかしあっさりと解放する。


「次、お前」


 そして同じようにライオも顔をまじまじと見られる。また同じようにあっさり解放されるが、更にその笑みが深まったのをライオは見逃さなかった。


「ふぅむ……」


 続けて懐から手鏡を取り出し、最後は自分の顔をじっくりと観察する。オダマキは少し考える素振りを見せ、手鏡を仕舞い、そしてライオに向かってあっけらかんと言った。


「……よし、ライオ。お前、今から三分間女の子。いいな?」

「え、ええっ!?」


 突拍子もない命令に肝をつぶすライオと肩を震わせ笑いを堪えるダンデ。それらを尻目に、オダマキがイブキに向き直った。手持ち無沙汰そうに待っていたイブキも姿勢を威勢の良いものに戻し、何事もなかったかのように再び対峙する。

 オダマキはイブキを見下ろし余裕の笑みを湛えて口を開いた。


「はっはっは……こちらにはこちらの巫女がいるということなのだ!」

「何だって!? 一体どこに……!」


 予想だにしない言葉にイブキが驚いて辺りを見渡す。勿論ここには盗賊三人とイブキ、リラしかいない。まさか協力者が、とリラも驚きを隠せないらしい。その様子を見てオダマキは不敵に笑い、声高に宣った。


「貴様の目は節穴かぁ? ワシの隣にいるのが見えんのか! なあ、ライオ!」

「……うっす(低音)」

「え……えぇーっ!? お前が巫女なのーっ!?」


 ダンデに背を押され一歩前に出たライオは、もうどうにでもなれ、と自棄になりながら言葉少なに頷いた。身近に女性などいない。どうすれば女性らしく見えるのかも彼には分からなかったし、どうして自分がこんなことをしなければならないのかも分からなかった。

 対するイブキは、とうとう驚きのキャパシティが限界を迎え、目を丸く見開き口をあんぐりと開けて全身で驚愕を表す。すると一歩後ろにいたリラがそのイブキの肩を叩き、その言葉振りを咎めた。


「あっ、駄目ですよ、そういうこと言っちゃ。最近は性差別とかでBPOが厳しいんですから」

「あ、そ、そっか……いや、ごめん、うん。ライオだっけ。デリカシーなかった。ごめん……」

「……うっす(低音)」


 まさか騙し通せると思っていなかったライオは思わぬ話の展開に憮然とした表情で一歩下がる。ダンデはそんなライオを見てとうとう我慢しきれずゲラゲラ笑う。

 一連の流れをオダマキもまた可笑しく思いつつ、更に一歩前に出て注目を集める。


「ふはははは……ボロが出そうだから無駄話はここまでだ。ワシらはここに眠る秘宝を頂きに来たのだからな」

「秘宝だって!?」

「……秘宝?」


 オダマキの言葉にイブキはさらに驚き、しかしリラは首を傾げる。オダマキはその様子を気にせず続ける。


「しかしここに見当たらんということは……つまり貴様らが持っているということだな! 大方、ワシらが来ることを見越して予め保護していたのだろう……さあ、持っているオーブを渡してもらおうか!」

「ふざけるな! お前たちに渡すオーブなんて一つもない!」

「小癪なぁ!」

「……」

「……」


 とりあえず威勢よくイブキが反抗すると、オダマキが再び短剣を構え臨戦態勢に入る。

 それを見たイブキもまた得物を構え、すわ正面衝突か、と思われたのだが、しばしの睨み合いの後、イブキが所在なげに視線を漂わせ、手を下ろす。どうにも引っかかるというか、よく確認せず思い切ってしまった、という感があったからだ。


「……ちょっと待っててくれる?」

「ちょっとだけだぞ!」


 先程とは反対にイブキとリラが密談する。オダマキたちも今襲い掛かるつもりは無いらしく、三人で暇をつぶし始める。

 そこへ完全に背を向けて、イブキが小声で、しかし困惑を隠さず言った。


「……オーブって何!? ホントに一つもないけど!?」

「わ、私に聞かれても知りませんよー!」


 リラが話を振られても困ると言わんばかりに手と首を振る。実際彼女もこの聖堂院に秘宝だのオーブだのといったものがあるとは全く聞かされていない。

 自分は取り返しのつかないことをしているのでは、と思ったイブキは、パニックになって身振り手振りを大きくしながら焦る。いくらヒーローに憧れる彼でも、本物の刃物を持った大の大人に勝てるとは思えなかった。


「えー、えー、どうしよ!? なんか襲ってきそうだけど!?」

「えっと……正直に言ってみるとか……?」


 そんなイブキにリラがおずおずと提案する。するとイブキは一転少し固まり、目を瞬かせて少々考え、そしてあっけらんと言う。


「……そうじゃん。オレたち追い出しに来ただけで、あいつらが何を集めてようと関係ないじゃん。……よし」


 二人はお互いに頷き、先ほどと同じように盗賊一味と対峙する。彼らの雑談が一段落ついたらしいところでイブキは声を掛けた。


「おまたせ」

「気にするな。さあ、オーブを渡してもらおうか!」


 掛けられた声に返答しながらオダマキ一味も振り返る。そしてその毛深い腕を差し出し、勝利の笑みを浮かべてオーブを要求した。少年たちの密談の内容はきっと、命の保証と引き換えにオーブ、あるいはその情報を差し出すことについてだと思っていたからだ。

 元よりこの子供たちがオーブを保管しているとは本気で思っている訳ではない。だが、実際に所有していて、それを大人しく差し出すようであればよし。そうでなくとも聖堂院にいる子供ならオーブの情報くらい持っているだろう――そういった確信のもとでオダマキは行動していた。


「いや……言いづらいけど、ないんだ」

「ガッハッハ! 隠しても無駄だぞ! 世界の調和を司るオーブ、それがこの鐘に封じられていたことは調べがついている! さあ、出せ! 痛い目に遭いたくないならな!」

「いやぁ……ほんとに一つもないんで……」

「……は?」


 だから、少年がこの上なく気まずそうに頭を掻くのを見ても、どうも理解が及ばなかった。しかしそれも数瞬のこと。次第に、どうやらこの小僧は本当に何も知らないようだ、ということをじわじわと理解すると、とても信じられない気持ちで思わず呆けた声を上げてしまうのだった。

 そんな盗賊の様子を見て、敵ながら気まずさを覚えるイブキとリラ。リラは何かを思いついたように懐を探り、小さな包み紙をおずおずと差し出した。


「あ、飴ちゃんならありますよ……?」

「いらんわんなもん! ……え、マジ? マジで知らないの? じゃあお前ら何しにきたの?」

「や、ただドロボーを追い出そうと……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 その場にいる全員が幾度目かの気まずい空気を感じ、それぞれに顔を見合わせる。そうし始めて秒針が一周を少し超えた辺りで、とうとう耐えかねたダンデがオダマキに耳うつ。


「ぼ、ボス……一旦撤退しやしょうぜ。オーブは無えみてぇだし、ガキどもが騒いだら誰か来るかも……」

「……ハッハッハ! 小僧ども、命拾いしたな! 今日のところはこのぐらいにしてやろう! ではさらばだ! ハーッハッハーッ!」

「あー、次回をお楽しみにってことでさぁ」

「……うっす(低音)」

「あっ、ちょっと!」


 自棄になったように高笑いし、オダマキが走って逃げ出す。それに続き、気まずげに声を掛けるダンデ、最後まで碌に話せなかったライオも扉から飛び出す。イブキが腕を伸ばして引き止めるも、廊下に彼らの姿は既に無かった。

 唐突に訪れた静寂。呆気に取られるイブキと、ただただ嬉しそうなリラ。遠くから微かに聞こえる鳥の囀りが妙に物悲しい。


「……行っちゃった」

「やった! やりましたね、勇者さま!」

「いいのかなぁ、これで……」


 追い払えて喜んでいいやら、見せ場が無くて悔やむやら。いまいちヒーローらしい姿を見せられず微妙な面持ちのイブキ。本音を言えば、もうちょっと格好いい活躍をしたかった。しかしリラが跳んで喜ぶのを見て、これはこれでよかったのだと思い直し、一つ頷く。


「……ま、いーか!」

「はい! さすが勇者さまです!」


 そして、二人でハイタッチ。息のあった二人の手が打ち合って渇いた音が響き、それからコロコロと子供の笑いが響く。



「勇者、だって?」


 ――それを嘲笑するような、冷たい声が聞こえるまでは。

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じゅぶないるヒーローズ! 水無月ふに男 @junio

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