第2章 新米女騎士、辺境を守護する前にまずは監査と戦う(1/3)

ルル達が囲われ村にきて数日。

 その間、ルル達はアリアンナの砦で寝泊まりをしていた。

 ギルドホールが完成するまでの間借りである。

「それでどうなのだ? 冒険者ギルドは立ち上げられそうなのか?」

 その日の朝、国境の巡回へ向かう前に、アリアンナはルルに尋ねた。それから、ルルの顔をまじまじと見つめる。

「ちょっとやつれたな……」

「はい。大揉めに揉めましたが……。お陰様で何とか僕も捕まらずに済みそうです……」

 ルルは朝食の卵料理を作る手を休めずに答える。表情は冴えないが、その手つきは淀みない。手慣れたものだ。

 ギルドホール改修・買い取りの支払いに贋金を支払ってしまったルル。

 そのせいで、約束を守っていないのはそっちだ! とゴステロに喚き散らかされた。

ゴステロはよほど腹に据えかねたようだ。

その後、冒険者ギルドの設立どころか、贋金使いということでルルを罪人として処罰するという話にまでなってしまう。それが何とか事なきを得たのはアリアンナの取りなしのお陰だ。

「あのプラチナ貨は私も見たが、まったく本物と見分けがつかなかった。ルルも決して騙そうとしてあの贋金を使ったわけではない」

 よく見てみれば、贋金は『愚者の黄金』と呼ばれる魔法で作られた代物で、時間が経ってその効果が切れたために発覚したのだとわかった。

 アリアンナの説得により、ゴステロも不承不承ながら情状酌量の余地はあると認める。

それでルルを罪人として処罰するという話はなくなったが、約束は約束。冒険者ギルド設立のための20万チェブラ―支払いは必ず実行しなければならない。ということでルルは今や借金を背負う身となった。

それも、こうなると20万チェブラ―では済まなくなる。借金額には返済が終わるまでの利子も含まれるからだ。

これからルルは返済完了までの利子も含めて、月に2000チェブラ―の支払いを20年間、およそ総計50万チェブラ―の支払いを続けなければならない。

それがゴステロとのやり取りで決まった新しい約束となった。

「50万⁉ ぼったくり価格の20万のさらに倍以上だと⁉」

「僕らにはまったく手許にお金がないのにギルドホールを引き渡してくれるというのですから、これでも有り得ないほど破格な条件なのだとゴステロ様は仰いました」

 そう聞いて、アリアンナは考え込む。

 ゴステロほどの商売人が代金支払いもなしにギルドホールの改装・引き渡しまでしてくれるというのは妙な話にも思えた。普通なら贋金と分かった時点で取引自体がご破算でおかしくない。なのに、ここまで冒険者ギルド設立に協力してくれるというのは何か思惑があるということだろう。

「ああ見えて、ルルの事を評価していて借金も完済できると踏んでいるのか……あるいは、よほど腹が立っていて、これからも事ある毎に借金の件をかさに着てノレノレに圧をかけたりいびり倒したりしたいのか……借金という鎖でルルを自分の手駒にしようということかもな」

「……贋金を掴ませたあの仮面の魔術師、今度見つけたら、わたしが落とし前をつけてやる」

 と、スルトが息巻く。

一方のルルはすっかり消耗してしまっている。さらに頭の痛いこともあったからだ。

「……というわけで一応、ゴステロ様には納得していただきました。ただ……」 

言いながら、ルルは卵料理を皿に盛り付けていった。

「ただ? どうかしたのか?」

「冒険者ギルド設立に反対する村人が何人かいらっしゃるようで。建て替え工事を見ていい顔はしておりません」

 ルルがエプロンを外すその横で、スルトが鼻歌交じりに皿を並べていく。炊事場にあるテーブルがそのまま食卓となっていった。

 アリアンナはその食卓に黒パンを添えながら尋ねる。

「彼等は村に冒険者ギルドができるのが嫌なのか」

「冒険者といっても所詮は流れ者だから何かのきっかけできっと村に害をなす、と言っているようなのです。昼間からふらふらしていて怪しいとか、常に武器を持ち歩いているから事件を起こすのではないか、と」

「昼間からふらふらして武器を持ち歩いているのは私も同じようなものだな」

 今日は国境への巡回の途中、点在する小さな集落も見回る予定のアリアンナは肩を竦めた。

 ルル達3人は食卓に着き、祈りを捧げるなどして朝食を口にし始める。

「朝からこってりとしたドラゴンクッキングは最強だな……」

 スルトは真っ赤な卵料理を頬張り、しみじみ言う。

「アカクビ草のソース、もっといかがですか、スルト様」

「よかろう、くれなさい」

 ルルの問いに短く答えるスルト。

「私も少しもらえるか、ルル」

「うふん、どうやらアリアンナも我が郷土の味に染まってきたようだ」

「そうかもしれないな、スルト殿。特にこのソースはドラゴンの生み出した偉大な文化だ。これを摂るようになってから、国境の巡回が苦にならなくなってきた。今も活力を感じる」

「今日もキメてるな!」

 スルトが親指を立てる。

……うん? と首を捻るアリアンナ。言葉の意味がよくわからない。

「アカクビ草のソースを摂取することで耐久力が上がったのだと思います。脚力も強化されてより速く、より遠くまで歩けるようになっているはずです」

 ルルの見立てに、アリアンナは大きく頷く。

「道理で。それなら走って回ってもいいかな。私一人でも辺境警備をこなせる気がしてきたぞ。これもルルが砦に来てくれたお陰だ」

 そう言いながら、アリアンナは再び肩を竦める。

「これで私は今まで以上に昼間からふらふら出歩くことができるわけで、村の連中にますます怪しまれるな」

「アリアンナは辺境警備を任じられた立派な騎士という身の証がありますから、そんな怪しまれたりしないでしょう?」

 ルルはお茶を入れてから、言葉を続ける。

「……ですが、冒険者ギルドに集う冒険者はそういうものではないですから、色々と心配する人がいるのはわかります。……冒険者ギルドができることでいいこともあると思うのですけれどね」

「ほう、というと?」

「トラブルの解決を冒険者達に依頼できるようになります。街道に魔獣が出て通れない、などという時も冒険者が速やかに解決を試みてくれます」

「本来なら、そういう役割は私のような王国の兵士や役人が担うべきなのだろうが、このような辺境ではそうはいかない面もあるからな。自警団任せになって、囲われ村のように衛兵がいない場合すらある」

「まあ、そのようなメリットがあったとしても、それでも罰当たりだという人もいるようでして」

「……ああ、あの建物が元は神殿だったからか。」

「ええ。元は『複数(パン)の神々(テ)の集まり(オン)』を祀った神殿で多くの人が祈りを捧げに訪れていたそうです」

 ルルの話を聞いて、アリアンナは腕組みし口をへの字に曲げる。

「そんな大切な神殿が朽ち果てぬようにきれいに掃除するなり清めるなりしておかなかった時点で、その者達の信仰心も察せられるというものだが」

「いずれにせよ、このまま冒険者ギルドを立ち上げると色々な所から反発を受けそうで、どう納得してもらえばいいのか悩んでいます」

「そういうことなら、私も冒険者ギルドに反対している者達に、冒険者ギルドができることで得られる利益など説いてみよう。少しは役に立てるはずだ」

 アリアンナは快活に請け負った。

 と、その袖をスルトが引く。

 ひそひそ声で、

「……アリアンナはそれでいいのか? 冒険者ギルドができたらノレノレとわたしは村に移るぞ?」

「うん? ギルドの責任者になるのだから、それも当然だ」

「つまり、この砦からノレノレはいなくなってアリアンナは1人に戻るわけだ。……それでアリアンナは寂しかったり胸が苦しくなったりしないのか? 人間とはそういうものなのだろう?」

 スルトは穢れない眼差しでアリアンナを見つめてきた。

 何を懸念されているのか理解して、アリアンナは一瞬絶句する。

「な……! そんなことは全然、考えたこともない! 何を言っているんだスルト殿は!」

「いや、別に気にならないというなら、それで全然良いのだ」

スルトはすまし顔で頷いてみせた。

一方、アリアンナはごちゃごちゃ言う。

「そ、それはまあ、ルルが居なくなると困る点もあるが……ああ、あの、ドラゴンクッキングが食べられなくなるのは困るかもしれないな! 現状、ルルの作ってくれる食事のお陰で巡回業務もこなせているわけだし。そういう点では、ルルに砦から出て行って欲しくはないな、うん。いや、これはもちろん私のわがままというか個人的な事情だから、全然、出ていってくれて構わないのだが、あ、いや! 出て行けと言ってるわけではないぞ⁉ 出て行って欲しくはないのだが、その、これはやはり本人の意思に基づいて決めるべきものであろうから、あー、ルルはどう思う?」

「そういうことでしたら、アリアンナさえよければ、ドラゴンクッキングをお教えします!」

 ルルの目が輝いていた。

「この素晴らしい料理をアリアンナも気に入ってくれたのなら、是非学んでください! 食材は幸運なことにこの地でも手に入るようなので、決して作るのが不可能な料理ではありません! ちょっと間違えると痺れたり体が緑色になったりするのでその点だけ気を付けてもらえれば、後は安全な調理法なので!」

 ルルは布教の機会を逃さない。

「あ、ああ、そうか……」

 その勢いに押されてか、アリアンナの声は幾分力がないように聞こえた。そんな彼女に追い打ちをかけるようにスルトが言った。

「アリアンナに料理を教えようなんてチャレンジャーだな、ノレノレ」

 と、砦の外で大きな声が上がる。

「開門! 開門せよ!」

 アリアンナは訝し気に目を細めた。

「うん……? このような早くに誰だ? というか、門など閉めていないのだが……」

 それだけ呟くと、素早く砦の正門へと急ぐ。

 異変を感じたルルとスルトも後に続いた。

 そうして正門の前で目にしたのは兵士達の一団だ。

王国兵士の小隊が並び、その前には騎乗した男がいた。

貧相な小男で、ドジョウ髭に落ちくぼんだ目をしている。冴えない風体だが、王国兵士達を率いているのはこの男のようだった。

小男はアリアンナを見ると甲高い声を上げた。

「アリアンナ・ラ・ロシュコーか? この砦の責任者の?」

「そうだが、貴殿は?」

 油断なく気を配りながら、アリアンナは問い返す。

 だが、ドジョウ髭の小男はすぐには答えない。まずは嫌味をひとくさり。

「ふん、門は開け放し、砦はボロボロ、砦主はひよっ子の娘、出迎えに出たのは従者のガキどもばかりときたか……。私は軍監察官のオーブリーだ。王国軍兵士の教育・軍紀・風紀の監視指導の任務に就いている」

「監察官殿、ようこそ円筒砦へ。改めて、円筒砦を預かる近衛騎士アリアンナ・ラ・ロシュコーです。それで本日のご用向きは? 本日、監察官殿がいらっしゃるとの連絡は受けておりませんでしたが」

「ご用向きだと? 私は監察官だぞ? やることは1つだ。この度は貴様の指揮している円筒砦の監査指導に来てやったのだが……なんだこのありさまは?」

 オーブリーは馬から降りもせず、砦に向かって糾弾するように指を差す。

「城壁に穴が開いているではないか! これで辺境警備の任を全うできると思っているのか? いつ壊した? なぜ直さない? こんな弱みを曝け出しておいて平然としている貴様の性根が信じられん、恥を知れ、恥を! これだから世間知らずのお嬢様は! 騎士の真似事などして迷惑だというんだ」

 アリアンナは直立不動の態勢で、言葉を返す。

「監察官殿、城壁の修復については何度となく辺境軍本部に願い出ておりますが、許しがいただけません。私が着任した時からずっとこのままです。おそらく、私が着任する以前から修復されずにいたと思われます」

 オーブリーはドジョウ髭を震わせる。

「はあ⁉ 今、なんと言った? はああ? 軍本部から許可が出ていないから防衛上の大きな瑕疵をそのままにしている? はああああ⁉ 貴様は馬鹿か?」

 オーブリーは背後の兵士達を振り返って、命ずる。

「お前ら、笑え」

 兵士達は怪訝な様子で顔を見合わせていた。が、再度、

「笑え!」

強く命じられて、兵士達は大声で笑い始めた。

「ロシュコー家のお嬢様のお上品なジョークであらせられるぞ、笑え笑え! 笑えん冗談だ」

 ぴたりと兵士達の笑いを止めさせ、オーブリーはドジョウ髭を撫でつける。

「ではなにか? 貴様は辺境の野人共や薄ノロの異種族共が砦に攻めかかってきたときも、軍本部にお伺いを立てるのか? これから落城して敗死したいので許可を、と? 馬鹿げている、まったく馬鹿げている。砦主の権限で、城壁の修復など言われずともやっておくものだ!」

「仰る通りです、オーブリー殿。ただ、城壁の修復にかかる予算を本部から回してもらわねば取り掛かれないこともご理解ください」

「……そんなこと知るか! 砦付近の農民共にでも命じて修復させればよいだろう! 従わぬ者がいたら、2、3人斬って捨てて見せしめにすれば喜んで言うことを聞くようになる! 金が足りないからできないのではない、知恵と工夫が足りないのだ!」

「そのような苦役を近隣住人に課すことは、長期的に見て辺境警備任務への理解を妨げ、良好な協力関係の維持には繋がらないものと考えます」

「やかましい! グダグダと屁理屈を……これだからお嬢様育ちは。口ばかり動かして手を動かさん! とにかく貴様は怠惰で砦主としての責任を放棄している! さっさと直せ!」

 オーブリーは唾を吐き捨てると、アリアンナをねめつけた。

「……そうだな、3日やろう。3日で城壁を修復せよ。監察官からの指導だぞ。それまでに改善が見られなければ、貴様を監察官の指導に従わなかった不服従と軍紀違反で逮捕する」

「……逮捕、でありますか」

「そうだ! 王都へ連行しそこで正式な罰が下されるだろう。ふふふ、これで軍務尚書様もお喜びになる」

「……軍務尚書殿の差し金か……」

「む……」

 アリアンナの呟きに、オーブリーは口を噤んだ。

 余計なことを言ったと気づいたのだろう。

 咳払いして、取り繕う。

「では、3日後に会おう、ロシュコー家のアリアンナ」

「……砦に滞在はされないのですか?」

「こんなボロ砦でどんなもてなしが受けられるというのだ? 上等なワインに血の滴るようなステーキでも出してくれるとは思えんが? なら、近くの村の宿で寝泊まりした方がよほどマシだろう」

 そう言うと、オーブリーは乗馬を操って、アリアンナ達に背を向けた。そのまま、後は見向きもせずに囲われ村へと向かっていく。その後を兵士達が整然と追っていった。

「……やはり手を伸ばしてきたか」

 アリアンナが黙然と呟く。

 それまでアリアンナの背後で控えていたルルはようやく息を吐いた。

「あの方は一体何なのですか? 突然来たかと思えば言うだけ言って帰ってしまわれましたが」

「私に対する嫌がらせの総仕上げといったところかな」

 アリアンナは口の端を片方、僅かに上げる。皮肉とも自嘲ともとれる笑み。

 アリアンナのそんな態度に、ルルは危ういものを感じた。

「嫌がらせ、とは? あの監察官殿は悪意を持ってこの砦までやってきたのですか?」

「ピーピーうるさかったぞ、あの男。そんな悪い奴なら燃やしてやればよかった」

 スルトは、ふん、と鼻を鳴らす。

「そうしてくれていたら私も気持ちよかっただろうが、同時に私達は反逆者として追われる身になっていた。あの男は私を挑発して、手を出させようとしているのだろう。大義名分をもって私を処断するために、な」

「なぜそのような真似を? アリアンナ、差し支えなければ事情を話してもらえませんか。僕達はアリアンナの力になりたいんです」

 アリアンナは黙り込む。去っていったオーブリー達の方向をじっと眺めて、しばらくの後、

「……今日の国境巡回は明日以降に回すとしよう。来てくれ、ルル。立ち話には少し長い話になる」

 アリアンナは砦の中へと踵を返した。


  ◆


 事の発端は、アリアンナの小さな気付きから始まった。

 アリアンナが新米女騎士として初めて命ぜられた任務。

 それは王都東門の警護だった。

 アリアンナが失望しなかったかといえばウソになる。占領された王国領から魔王軍を駆逐するでもなく、ただ番兵をしろと命ぜられたのだから。ぬるい仕事だと思っていた。だが、

「俺達は王都の守りの要を担っている。万が一城門が破られたなら、その時は俺達が最後の壁となって死なねばならない。それが俺達に与えられた本当の任務だ」

 と、そう仲間の騎士に教えられ、アリアンナは近衛騎士とはどのような任務でも常に覚悟を求められるものなのだと学んだ。

 その王都東門は王城へと通じる四方の門の内の1つだ。

そういった門の警護は普通、王国軍の兵士達の職務となる。

 しかし、王都東門は貴族達の居住区に近く、往来する者もその関係者が多い。

 ロシュコー家という、貴族の名門とされる家の出であるアリアンナは貴族の礼儀作法にも通じており、貴族相手の対応に慣れている。それ故に、近衛騎士ながら王都東門の警護を任されるに至ったのだった。

 同様の理由で、王城東門には貴族出身の近衛騎士がよく警護につく。

 アリアンナの同僚である、何某という男もそうだった。

 何某はとある貴族の三男坊で仕事ぶりは熱心。

夜間の警護も自ら買って出る真面目な男という評判だった。

アリアンナも先輩にあたるこの何某によく面倒を見てもらったという。アリアンナに近衛騎士の心得を教えてくれたのも彼だ。

「親切で人当たりのいい人だったな。私が初めての立哨で、しかも冬の寒空の中震えていると、温かい飲み物を差し入れてくれた。靴先に紅カラシの実を入れると足の指がかじかまないと教えてくれたのも彼だ」

 そんな何某に、アリアンナは仲間の近衛騎士達のことを告発したのだ。

 それまで近衛騎士達の多くは外食などせず、自分で用意した粗食を口にしていた。

近衛騎士たるもの、いつ戦場に出ても良いように粗食に慣れ親しんでおかねばならない。

それは何某の信念であり、教えでもあった。その考えはアリアンナにも影響を及ぼし、彼女もまた黒パンにリンゴォ1つという食生活に慣れてしまうことになったがそれはさておき。

何某のその教えは、他の仲間の近衛騎士達にも浸透していたし、皆それを信奉していた。

なのに、その仲間達がいつの間にか、王都の高級飲食店などに出入りするようになっていたのだ。それも頻繁に。

近衛騎士達はそれまでの粗食のツケを取り返すかのように、よく食べよく飲んだ。アリアンナも何度か付き合わされて、高級料理屋に連れていかれたことがある。何人かの近衛騎士達がその代金をすべて支払い、ごちそうになった仲間達は彼等におべんちゃらまで使うようになっていた。

それまで質実剛健を旨としていた近衛騎士が、だらしなく酔い潰れる様も見た。

だが、アリアンナだけは変わってしまった仲間達のことを残念に思い、そして、次第に疑問を抱くようになっていった。

羽振りが良過ぎたのだ。

一介の近衛騎士達の給与でそのような店を月に何度も訪れることはできない。貴族のボンボンであるなら近衛騎士の給与など当てにしなくても可能だろうが、それにしても度を越していた。それに、誰もが裕福ではない。中には貧乏貴族の出の仲間もいる。

そんな彼等が高級飲食店通いを続けられるのはどう考えてもおかしい。

そこでアリアンナは王都東門に務める下働きの少年や荷運び、夜警などの助けを借り、仲間達の身辺を探った。

証拠はあっけなく出てきた。

仲間の近衛騎士の1人の私物入れの中から禁制の魔法薬、とても人前では言えないような倫理に反した素材を使った魔力増強の秘薬や老化抑制の薬などの入ったケースが見つかったのだ。

羽振りの良くなった近衛騎士達が夜間の立哨をしている時だけ王都外から東門にやってくる行商人がおり、彼等はその行商人からケースを預かっていたのも明らかとなった。

近衛騎士の一部は、禁制品の密輸を手助けして分け前を受け取っていたのだ。

明らかな不正。

 アリアンナは証拠品を手に、何某に彼等の罪を告発した。すると何某はこう言った。

「やめておけ。その告発で多くの人が傷つくことになるぞ」

 何某に仲間を庇う姿勢を見たアリアンナは、結局仲間達の不正を近衛騎士団の更に上層部へ報告し、公表することにした。

ただ問題だったのは、仲間達が受け取った禁制品を王都内の某有力貴族に渡していたことだった。その有力貴族が王都内での禁制品販売の元締めになっていたことは明らかで、仲間達を告発すればこれがより大きなスキャンダルに発展することはアリアンナにもすぐわかった。

それでも、アリアンナは戦うことを選んだのだった。

告発の結果、密輸に関わっていた近衛騎士達は元より、その騎士達を通じて禁制品密輸を行っていた某有力貴族も罰せられた。公職を退かざるを得なくなり、表向きは病気療養のため、と表舞台から姿を消す。

また、監督不行き届きで近衛騎士団の上層部や王都東門警護隊長も責任を取らされた。禁制品密輸を取り締まれなかった王都の衛兵隊にも、某有力貴族の息がかかっていてあえて見て見ぬふりをしていたのではないかとの噂がたったくらいだ。

そして、この件の首謀者として捕らえられたのは、何某その人だった。近衛騎士団上層部の捜査によって明らかになったことではあるが、実は裏で糸を引いて近衛騎士達から上前を撥ねていたのはアリアンナの尊敬する先輩の何某だったというのだ。捜査を妨害し、事件を隠蔽しようと暗躍していたとも。

恩義のある彼の逮捕にアリアンナはショックを隠せなかった。

彼がそんなことをするわけがない、という思いがなかったわけではない。

だが、何某はそれ以降アリアンナとは顔を合わせることもなく、何処かへと消えた。流刑にされたとも処刑されたとも囁かれている。いずれにせよ、何某の真意を問いただす機会は永遠に失われてしまったのだ。

何某は脅された上で無理やり悪事に加担させられていた、などとまことしやかに語られたりもした。何某こそは人の好い顔の裏で仲間の騎士達に恩を売って悪事に引き込んでいた悪党だったと詰る声も聞かれた。

だが、アリアンナにはもうそれらの真偽を確かめるすべはない。

こうして王都では禁制品の密売は姿を消し、不正は正された。

某有力貴族の失脚により王都の政治勢力図が幾分変わったが、多くの庶民には関係のないことだ。

罪を告発したアリアンナは特に評価されることもなかった。それでも構わなかった。褒められたかったわけではない。近衛騎士として為すべきことをしただけ、という自負がある。これからも正しいことをするだけだ。そう思っていた。

だが、この事件が終わってからしばらくして、アリアンナは突然、辺境警備の任に着くよう命じられる。王都から辺境へ。アリアンナの見識を買って是非砦の長になってほしい、との要望があったという話だが、これは近衛騎士として左遷に等しい。他にも、アリアンナの捜査に協力してくれた下働きの少年や同僚などが些細な理由で解雇されたり閑職に回されている。

噂では、失脚した某有力貴族の親戚である大貴族が報復として告発に関わった者を処分して回っているとのことだった。

「多くの人が傷つくことになるぞ」

 近衛騎士何某の脅しとも警告ともつかない言葉が現実になったわけだが、アリアンナにはどうしようもない。辺境警備に向かえというのは正式な命令なのだ。名門ロシュコー家の力をもってしてもそれは覆らない。その大貴族とやらの思惑通りに、アリアンナは辺境の円筒砦へと赴任せざるを得なかった。たった1人で、誰一人味方のいない状態で。

 これがアリアンナに対する嫌がらせの始まりだった。

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