第1章 ドラゴンの召使、ギルドマスターにならんと欲すもギルドがなかった(6/6)


  ◆


 翌日。

 朝も早いうちから、円筒砦に一人の男が訪ねてきた。

「こちらに昨日、うちの坊主を助けてくださった方がいると聞いて参りやした」

 男はケト・テッセラと名乗り、ルルの姿を見ると深々と頭を下げた。日焼けした顔の大柄な男だ。

「昨日はうちの坊主のライナスを魔獣から庇ってくださり、ありがとうごぜえやす。おかげであの大騒ぎの中、怪我もなくてすみやした」

「ああ、あの子のお父さんですか」

 ルルはウィンターベアが市を襲った際、転倒した子供を抱きかかえていたことを思い出した。

「ぜひお礼を言いたくてここまで来た次第で、へえ」

 ケトはぺこぺこと頭を下げる。

「気にしないでください。できることをしただけですから」

「そうはいきやせん。大事な坊主の命の恩人だ。ぜひ、恩返しをさせてください」

「いえ、本当に気にせず……」

 そんなやり取りに横からアリアンナが、待て、と入り込む。

「ケト殿、確かあなたは……。ルル、ケト殿のご厚意、受けておいた方がいいぞ」

 アリアンナは自信たっぷりにルルに助言する。

その言葉を聞いて、ケトも身を乗り出す。

「おっと? 何かあっしに手伝えることがありますかい?」

「ルル、君の今抱えている問題をケト殿に話してみるといい」

 アリアンナに促され、ルルも「実は……」と、冒険者ギルド設立で苦労していることなどを口にした。金は用意できたのに今更になって許してもらえなくなった、と。すると、ケト、

「……そいつは聞き捨てならねえ話ですな。ようがす。あっしに一肌脱がせてくだせえ」

 そう申し出てくる。

「まずは村へと行きやしょう。あいつらも待ってやすんで」

「あいつら、とは誰ですか?」

「村の職人連中でさあ」

 ルルの問いに、ケトはそう答えた。

「ケト殿は村の大工や作業人のまとめ役、棟梁を務めているのだ」

 アリアンナがそう補足する。

 こうして、ルルとスルトはケトに連れられて再び囲われ村を訪れることとなった。

 歩いていく内に、村の姿が見えてくる。

「どうやら、昨日の騒ぎの後片付けはまだまだみたいだな」

 ルルの前を意気揚々と歩いていたスルトが、村の様子を見て言う。

「瓦礫も廃材もそのままだ」

 昨日の市が嘘のように人通りは少ない。ウィンターベアの襲撃で広場周辺が荒れ果てているから当然か。それでも人がいないわけではなかった。

 作業着姿の男達の一団が瓦礫の山の前に群がっている。

 瓦礫の山を選り分け、運び出しているようだ。互いに声を掛け合い、騒々しい。

そして、その一団にひときわ大きな声を上げている者の姿があった。

ゴステロだ。

「……はやく片付けろ! このままだと馬車も通れん! 転んでケガ人だって出るぞ!」

 ゴステロ一人、動くでもなく、声だけ張り上げていた。

 それを見て、ケトが突然大声を出した。

「おおい! 中止だ中止! 作業止め!」

「おんや? 棟梁?」

「なんだなんだ?」

 その声に、作業をしていた男達の手が止まる。顔を見合わせ、手にしていた廃材などを地に下ろしていく。

 作業の中断にゴステロが喚いた。

「なんだというのだ、一体! ええい!」

 そして、ぎょろりとルル達の方に目を向けてきて、

「ケト! どこへ行っておったんだ! 棟梁のお前が指示もせず!」

駆け寄ってくるゴステロ。

だが、ケトは畏まるでもない。

「うちの坊主が世話になったこちらのお方に礼を言いに行ってやしてね。恩人には何はさておきまず頭を下げに行くのが筋ってもんでしょう? それにこの片付け仕事、引き受けるにはまだちょっと話し合いが必要だと思うんでさあ」

「恩人? ……ルル殿のことか?」

 ゴステロはケトの横に立つ、ルルをねめつける。

「こんにちは、ゴステロ様。ご機嫌いかがですか?」

「……何のつもりだね、ルル殿? 村の復興を妨げるのか?」

 ルルは困惑する。

「そう仰られても、僕には何のことか……」

 と、ケトが割って入ってきた。

「ゴステロの旦那、ルルから聞きやしたが、例のボロ教会、建て替えて20万チェブラ―でルルに売るって言ったらしいねえ?」

 ケトがそう尋ねると、ゴステロは目をぱちくり。

「……うん? そんなこと、言ったか……?」

「随分とお高いんじゃねえですかい? 改修費用自体は建材や何やかやの費用とうちらの工賃なんかも全部含めて1万チェブラ―が精々ってところでやしょう? そもそもあの教会跡地はゴステロの旦那が二束三文で買い叩いた建物で、元々2万チェブラ―もしない代物だ。それが、全部で20万チェブラ―?」

「……色々、思わぬところで金はかかるんだ。ほんの少し余裕をもって予算を多く見積もっておくのは、商売人として当然の判断だ」

「ゴステロの旦那、あんた、ルルが不慣れなのをいいことに、ぼったくりすぎじゃねえですか? 大体、あの建物はもともとが教会だった所為で、再開発しようとしたら文句を言い出す連中が出てくる物件だ。売るに売れない厄介なお荷物でしょう? それを何も知らないルルに高値で引き取らせて、売り抜けようだなんて阿漕にも程があるんじゃねえですか?」

「失敬な! わしは正直ゴステロで有名な男だぞ⁉ 大体、費用が20万チェブラ―でも必ず用意すると約束したのは、ルル殿だ。この取引に納得して同意したのだ。それを横からケチをつけられるいわれはない!」

 その時、スルトがルルに向かってそっと目配せしてきた。

 つけこむなら今じゃないか? という意思表示。

 ルルは、はっと気づく。

「そうです、これは約束でした。20万チェブラ―用意すれば冒険者ギルド設立に手を貸してくれるという、僕とゴステロ様の約束。僕とゴステロ様がそう取り決めたのです」

「おお、ルル殿。言ってやってくだされ。この取引に何もやましいことなどないのだ、と」

「ですので、ゴステロ様。20万チェブラ―を用意した以上、約束は守っていただきたいのです。冒険者ギルドをこの村に作るのに協力する、と。建物を売ってください」

 途端に、ゴステロの表情が曇る。

「いや、それは、しかし……ドラゴンに関係する者を村の一員にするわけには……いつ襲われるか……」

 と、ケトが手を上げて言う。

「約束は守ってもらわねえと、ゴステロの旦那。俺達が皆、証人だ。ゴステロの旦那は20万チェブラ―支払ってもらう。ルルは冒険者ギルドをこの村に設立する。それでいいじゃねえですか」

 周りの作業着の男達も口々に同意した。

「そうだそうだ」

「ゴステロの旦那が約束を守らないお人だって言うんなら、俺達がここの瓦礫を片付けても約束の賃金を貰えねえかもしれねえからな」

「旦那が約束を大事にする人だって認めてくれねえ限り、村の片づけには手を付けられねえ」

 ゴステロは顔を赤らめ額から湯気を出す。

「……お前ら片付け作業は……これは脅しか⁉ くそ……! ……ああ、ああ、もうこんなところでやり合っていても無駄だ無駄。わかった、20万であの建物の改修と引き渡しを認める。冒険者ギルドの設立に協力する。……これでいいか⁉」

 最後は噛みつかんばかりの口調で言った。

 それでケト達は歓声を上げる。

 スルトも誇らしげにルルを見上げてきた。

「よくやったな、ノレノレ! ようやく冒険者ギルド設立のスタートだ」

「これもアリアンナの助言やケトさんが村の人達に働きかけてくれていたお陰です。何とお礼を申せばいいか……」

 そのケトは何でもないという風に手を振って応えた。

「じゃあ、俺達は村の瓦礫を片付ける作業に戻りやす。そちらが終わったら、早速、改修工事に移りやすんで。完成を楽しみにしていてくだせえよ」

「はい、ありがとうございます!」

 こうしてルルは名実ともに、この地で冒険者ギルドのギルドマスターとなる道を歩み出した。

 これは後に、ルルが冒険者達の庇護者となって世界を救う、記念すべき第一歩となったのだった。

 かに思えた。

「……ルル殿……」

 ゴステロが固い声を上げる。その手には革袋。

 ゴステロが約束を守ると誓言したその場で、ルルは冒険者ギルド改修工事・引き渡しの代金として、プラチナ貨20枚の入った革袋を渡している。1枚で1万チェブラ―に値する高額貨幣が20枚でちょうど20万チェブラ―。

 その中身を確認したゴステロの表情は何とも言えない白い顔。

「? どうかされましたか、ゴステロ様」

「これを」

 ゴステロは抑揚のない声で言う。

 その手には、革袋から取り出したくすんだ色の金属の小片が何枚も握られていた。

「……このプラチナ貨……偽物のようなのですが」

「……はい?」

「……あれだけわしを阿漕だなんだと言っておいて、そのわしに贋金を掴ませる……と?」

 本当に心の底からコケにされたと感じた人間は、まず怒るではなく笑みを浮かべるという。

「……え……?」

 ルルはこのプラチナ貨を渡していった、変なお面をつけた魔術師の姿を思い浮かべていた。

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