第1章 ドラゴンの召使、ギルドマスターにならんと欲すもギルドがなかった(2/6)
◆
「これはこれは遠いところをよくぞおいでくださいました!」
満面の笑みでルルを迎え入れたのは50がらみのがっしりした男だった。薄い髪に厚い顎。
宿屋の奥、主人の私室に通されたルルはそこにいた男から丁寧な礼を受ける。
「どうぞお見知りおきを、商人のゴステロ・ザバディと申します。冒険者ギルドを設立なさるとの事で、さぞやご立派な方と想像しておりましたが、あー、その……」
揉み手をしながら、ゴステロはルルを上から下まで見下ろした。
「……ええ、大変お若い方で。その若さで勇者様とご昵懇だとか? いやあ、大したものですな。ええと、あなた様が冒険者ギルドのマスターを務められることになるので?」
ルルはゴステロからの値踏みするような眼差しに居心地の悪さを感じる。場違いだと言われているようだ。なので、もじもじしながら言った。
「はい、魔術師ノーウェア様からの通知が届いているかと思うのですが」
「ええ、もちろん。ようこそ、囲われ村へ、勇者様のご友人ルル・ノレール殿。詳しくは存じませんが、ギルドマスターになろうというお方だ。きっとお強いのでしょうな」
差し出された手を、ルルは握った。
「よかった、そんな話は聞いていないと言われるかと思っていました。どうかよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ! このゴステロ、お力になりますよ。何しろ、冒険者ギルド設立となれば大きな仕事になります。いい物件にもう目星をつけてありましてね。改修工事さえすれば、立派に冒険者ギルドのギルドホールとして利用できるでしょう。その際、工事の方、格安で引き受けさせていただきますとも」
ルルはゴステロの話に不安を覚える。
新しく冒険者ギルドの建て替えをするという話にでもなっているのだろうか? そんな話はノーウェア様から聞いていないのに。
「あの、申し訳ありませんが、今の冒険者ギルドは村のどこにあるのですか?」
「はい? いえ、まだ建物の改修工事が始まってもいないので、ありませんが」
いよいよ不安が募ってきた。
「ない、のですか?」
「はい。だからこそ、ルル殿がこれから作られるのでしょう?」
「僕はてっきりこの囲われ村に冒険者ギルドがあって、そこのギルドマスターを引き継ぐのかと思っていたのですが……」
「いえいえ。ルル殿が一からこの村に冒険者ギルドを立ち上げて、その初代ギルドマスターになる、というお話だったはずですが……」
ゴステロの目が俄かに鋭くなる。
「どうも、お話が行き違っているようですな。ええと、失礼ながらルル殿? 冒険者ギルド設立のための資金はいかほどお持ちで?」
「お金、ですか?」
ルルは勇者達一党から離れる際、ノーウェアに言われて装備品などをすべて返却してしまっていた。もともと竜使いとして優れた武具や防具を必要とはしていなかったので大した持ち物はなかったが、そのせいで今、財産と言えるものもほとんどない。ここまで来るためにと渡された旅費は100チェブラ―金貨を100枚で1万チェブラ―とまあまあまとまった金額だったが、ほとんど使ってしまった。主にスルトの飲み食いに。今はその残り、10チェブラ―銀貨10枚と1チェブラ―銅貨が6枚の合計106チェブラ―しかない。
ちなみに20チェブラ―あれば宿や店で十分な食事が摂れるし、500チェブラ―も払えば滅多にないごちそう、例えば牛の希少な最上位部位のステーキなども食べられる。
安価な揚げ菓子、ウマイボゥなら10本1チェブラ―だ。
ルルは財布の中身を思い返しながら言った。
「あの、ほとんど持ち合わせはありません」
「なるほどなるほど。……まったく話をするだけ無駄だ無駄。ルル殿、どうぞお引き取りを」
ゴステロは揉み手を止め、しっしっ、と手を振った。
「そんな困ります。僕はギルドマスターとして勇者様のお力にならなければならないのです」
「しかし、ルル殿にはギルドを構えるだけの資金がない。まったく大きな商売になるかと期待させておいて、素寒貧ときた! いいですかな、ルル殿。十分な額が用意出来たら、またいらしてください。それまではお話しする意味がない。さあ、お帰りを」
「そう仰られても、これは僕に与えられた使命です。勇者様の為に……僕は役立ちたい。勇者様一行から外れても、僕にはできることがあるとノーウェア様は言ってくれました。僕は……僕は皆のために働きたいんです!」
ゴステロはじろりと一睨み。
「ルル殿は、ずいぶんとお若いのでしょう?」
「はい、14歳になります」
魔竜様と災竜様の話が正しければ、とルルは心の中で付け加える。
「まだ子供ではないか」
ゴステロはやれやれと天を仰ぐ。
「そんな歳で冒険者ギルドの、しかもマスターなんて務まるとお思いか?」
「勇者エンナ様も僕と同い年ですけれど、立派に勇者を務めていらっしゃいますよ」
「……そりゃ勇者様は剣と魔法で敵を引っ叩いてりゃいいんだから、強けりゃ若かろうがなんだろうが務まるだろうさ」
もごもごとゴステロは口の中で呟いたようだった。
それから、ごほんと咳払いし、真面目腐った顔になる。
「だが、ギルドマスターともなれば海千山千の冒険者達を率いて組織を運営したり周りと折衝したり、まあ、色々大人としての力が必要となるわけだが、それはわかっているのかね? ルル殿のような子供にそんな役目が果たせると? どう思う?」
「至らないところはあるかもしれませんが、精一杯努めたいと思っています」
「いやいや、わかっとらんな。努力でどうにかなるものではないのだよ。経験がないと。私みたいに商会を運営して人を大勢使う立場で長年過ごしてこそ、見える風景というものがある。ルル殿にはそんな真似はできまい? 諦めた方がいいのではないのかね。こんな片田舎でギルドマスターを頑張ろうだなんて無駄だ無駄だ」
ルルは打ちのめされた気分だ。
ちょっと前まで、自分達は勇者様の役に立っている、そして必要とされていると思っていた。なのに、実は自分達は勇者様にとって悪評をもたらす厄介者だったという。そう気付かされて、ならば、と勇者様の迷惑にならない形で力になろうと志した。そうしてギルドマスターになるべく来てみれば、今度はこの仕打ち。やることなすことうまくいかない。
ゴステロの言う通り、僕のような子供が何をしても無駄でしかないのだろうか?
……いや、ここで諦めたら何のために里を出たのか。
そう思ったルルは、思わず強い口調で言っていた。
「そうは仰いますが」
ルルの目に力がこもる。肩にも力が入り、身を乗り出す姿勢になった。
「お金さえ準備できれば、問題ないのでしょう? いくらあればよいのですか?」
ゴステロはぎょろっとした目で再び、ルルを見つめてきた。
「……ほう?」
金蔓になるかどうか今一度判断し直したのか、咳払いをして口調を改める。
「……まあ、そうだな。いや、そうですな。私としては十分な金額を支払ってくださるお客様であるなら、ルル殿が何をなさろうが文句はありません。ギルド設立に手も貸しましょう。それだけの額が用意できるのでしたらね」
「いくらです?」
「20万チェブラ―。金貨で2000枚といったところです」
ルルは一瞬、言葉を失った。20万チェブラ―といえば、魔法の飲み薬なら40本、少し上等な魔法の武器だって買えるくらいの金額だ。ウマイボゥなら200万本。普通の人にとっては滅多にお目にかかれないような額になる。
ルルは喘ぐように問う。
「あの、それはどうしてそれだけのお金が必要になるのですか?」
「冒険者ギルドとして手頃な物件に目星は付けていると申しましたでしょう? そこを買い取ってギルドホールに改修するための費用です。それだけ支払っていただければ、改修後の建物の権利書をお渡ししましょう」
「ギルドホール……」
「冒険者達が依頼を引き受けたり商談したり宿泊できる施設ですな。その物件を今言ったギルドホールへと手直しして補修すればすぐにでも冒険者ギルドの看板を掲げられるでしょう。そこは実に立派な建物でしてね。元は神々を祭る教会だった場所ですから霊験もあらたかというもの。まあ、神官がいなくなってからは荒れ放題の穴だらけで、屋根もない有様ですが……少なくとも、四隅に柱と壁はあります」
「そこを買えば冒険者ギルドとして認められるようになる、と……?」
「まあ、冒険者達が集うギルドホールもないのに冒険者ギルドを名乗っても、誰も耳を貸してはくれないでしょうな」
「……わかりました。必ず20万チェブラ―用意してみせます。そうしたら、すぐに冒険者ギルド設立に取り掛かってもらえますか?」
「ええ、もちろん。是非そうしていただきたいですな、ルル殿。もっとも、その元教会の建て替え、今から私が村の大工衆に口をきいて差し上げても4週間はかかるでしょうがね」
「4週間、ですか」
てっきり冒険者ギルドで新しい生活がすぐに始まるのだと思い込んでいたルル達には、その間、寝泊まりする場所もない。金もなければ、安らぎもない。
「さて、さすがにもうよろしいですかね? では、お帰りはあちらですぞ、ギルドマスター殿」
邪険に右手を振るゴステロの言葉には労りもなかった。
◆
ルルは村の広場に戻ってくる。
市はまだ盛況で、先ほどより人出も増しているようだ。
その喧騒の中、ルルだけは浮かない顔。
ため息も出た。
ゴステロに必ず20万チェブラ―用意すると大見えを切ったものの、まったく当てがない。
……僕のようなただの子供が大金を稼ぐ手段なんてあるのだろうか?
「なあにをしょげておるのか、ノレノレ」
そう声をかけられて、ルルは地面に向けていた視線をようやく上げる。
「スルト様」
市の人々を背景に、スルトが腰に手を当て立っていた。ルルがゴステロのところから出てくるのを待ち構えていたようだ。
「遅かったな、ノレノレ。わたしの方はもうターコー焼き屋を3軒も見つけてしまったぞ」
そういってスルトはルルの手を引いた。
「その中でも一番うまそうな屋台はこっちだ。早速案内してやろう。ついてくるがいいぞ。迷子になるなよ」
「はい、スルト様。ただ、その前にご相談したいことが……実は冒険者ギルドの件ですが、あ、っとと、ス、スルト様⁉」
ルルが喋ろうとするのも構わず、スルトはずんずん先に進んでしまう。ルルの手は掴まれたままなので、ルルはパワフルな少女に引きずり回される態でついていかざるを得ない。
人混みを掻き分け、屋台の並びを順に進み、
「さあ、ここだ!」
スルトは弾んだ声で言うと、その屋台、ターコー焼き屋台の正面に張り付いた。
「これがな、実に絶妙な黄金色に……」
背伸びしながら、焼けていく球状の粉モノをガン見しはじめる。
スルトの言葉が途中で消えた。
その目はまさに無心の境地。次々にひっくり返され、焼きあがっていくターコー焼きに魂を奪われたかのよう。
「あの、スルト様?」
ルルがその背後に立って肩に手を置いたとき、スルトは忘我の状態から回復したようだった。
「……おっと、店主の針捌きに見惚れてしまった」
振り返り、ぱあっと表情を明るくするスルト。
「ともかく、これでようやくターコー焼きを食べられるな!」
そして、屋台のおやじに注文する。
「とりあえずターコー焼きを2人前寄こすがいい」
「嬢ちゃん、やっと注文してくれるのかい。1人前10個入で5チェブラ―、2人前なら10チェブラ―銀貨1枚になるよ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。スルト様! 実はお金については節約せねばならない事情が生じまして、僕ごとき召使の分までご注文いただくわけには……」
焦った顔で止めるルル。対してスルトは口を尖らせた。
「なんだ、また待たせるつもりか? わたしはノレノレが来るまで、ずっとずーっと我慢していたんだぞ! もう、本当にどれだけ待たせるつもりだったのだ? ノレノレにはいつもいつも困ってしまうな!」
「僕が来るまで、ずっと待っていた? 僕など待たずに、先に召し上がっていただいてよろしかったのに」
「だって、ノレノレと一緒に食べたいからな。その方がもっとおいしいだろうし!」
「一緒に……」
ルルは言葉を途切れさせた。
と、スルトはちょっと視線をそらして首を掻く。
「あー、その……ノレノレ、さっきの話とかまだ気がかりなのだろう? 顔を見ればわかる。ノレノレは世間知らずだから知らないのも無理はないが、そういう時はとにかく腹に旨いものを入れて満腹になるのがいいのだぞ。腹が減っているとよくない考えばかり浮かぶものだからな!」
「……そこまで僕のことを見ていてくださったのですか」
「ま、まあな。主人なら従者の状態に気を遣うのは当然だ。壊れでもしたら困る」
「……さすがです、スルト様。僕のご主人様がスルト様なのは本当に幸せなことです」
ルルのそれまでどこか強張っていた表情が不意に崩れる。
一方、ターコー焼き屋台の親父は顔をしかめた。
「おいおい、で、結局頼むのかい、頼まないのかい?」
ルルは何の躊躇いもなく、財布のひもを緩めた。
「いただきます。スルト様、いくらでもお頼みください。たとえ、全財産を失おうとも悔いはありません」
「お、いいのだな? なら2人前と言わず遠慮なく」
これで、ルル達の旅費の残りは51チェブ
ラ―になった。
◆
「ともかく。スルト様、そういう訳で僕達はお金を稼がなければならなくなりました」
市の喧騒の中、ルルは決然として言った。
大量のターコー焼きに満足したスルトは何度も頷きながら答える。文字通り膨れた腹をポンポン叩きながら、
「うむ、なるほどなるほど。話は分かった。ノレノレは20万チェブラ―欲しい。けれど、それだけ稼ぐ手立てがない、と」
「はい、スルト様……もし、これから1日金貨1枚貯めても2000日かかってしまいます」
「そんなちまちまやってられるか。ふうむ。こういう時、それこそ冒険者ギルドがあればよいのにな」
「冒険者ギルド、ですか?」
「そうだぞ。冒険者ギルドがあれば、そこで仕事を探すこともできるだろうに。20万チェブラ―など魔獣討伐の依頼がこなせればすぐに稼げる。金のない、でも野心はある、そんな命知らず達が夢を見られる居場所だ」
「……そういうものを僕達は作らなければならないのですね」
「そうなるな。まあ、別に命まで賭けたくない連中には、それ用の薬草採取とか失せ物探しとかの仕事が用意されていれば便利だろう」
「はい、スルト様。そんなギルドが今あったら、どんなにありがたいことか……」
ルルは実感のこもった声で同意した。
スルトは顎を掻きながら、欠伸交じりに言う。
「言ってみれば、職業斡旋所みたいなものだろう? 冒険者ギルドというものは。いや、冒険者を派遣して、その報酬の何割かを手数料としていただく派遣業者か? 仕事を受けてくれる冒険者達がいなくては成り立たない。まあ、冒険者達に安価な宿や飲食、その他余程の便宜やサービスを提供できなければ、阿漕な冒険者ギルドはすぐに潰れてしまうんだろうな」
「施設としてギルドホールを建てるのはそういう理由なのですね……」
ゴステロの20万チェブラ―での改修工事提案はただの金儲け狙いというわけではなく、一応理に適ったことだった。そう思ったルルの背に、ますます20万チェブラ―の必要性がのしかかる。
ルルは己を奮い立たせるよう、力強く言った。
「……やはり、僕達が冒険者ギルドを設立するのは大きな意味があると思います。勇者様の為に冒険者達を育成するというだけでなく、困っている人々に冒険者達を紹介し、かつお金がなくて仕事を探している冒険者達も助けられる……これはみんなの役に立つ行いに他なりません。僕が作りたいのはそういう冒険者ギルドです」
「冒険者からも依頼人からも絞れるだけ搾り取って中抜きする。冒険者ギルドとはそういう悪いものだと思う者も多いぞ」
「だからこそ、ですスルト様。そう思う人が多いのであればこそ、そうではない冒険者ギルドをこの地に作らなければならないと僕は思います。色々な仕事を引き受けられる、どんな小さな困りごとでも助けられる、そんな依頼斡旋の場として役立つものにするのです。低レベルな、それこそ僕のような子供でもお金を稼げるような場を提供して、みんなが不自由なく過ごせる世界ができれば……少しは勇者様の目指すものに近付けるのではないでしょうか」
ルルはどこか遠くを見る目で語った。
それに対して、スルトはぽんと手を打つ。
「その為にも先立つものがないことには話が始まるまい? だが、今日、わたし達がこの村に辿り着いたのは実に幸運だったのかもしれないぞ」
「それはどういうことでしょう、スルト様?」
スルトは手を広げて、周囲の様子を示した。
「まさに市が立っているからだ! こういう人が大勢集まる場なら金を稼ぐ機会もあるだろう。誰か何か仕事を頼みたい者がいるかもしれない。市を回ってよい儲け話でもないか探してみるのだ、ノレノレ」
「なるほど、さすがスルト様です。実に世慣れた振る舞い。俗世のことにも造詣が深くておられるのですね。僕だけだったら、きっとただ手をこまねいて人に話しかけることもできず、悩んでいるだけでした。スルト様はそんな僕の背中をいつも押してくださいます」
「そうだろうそうだろう。やはり、ノレノレはわたしが教えてやらないとダメだな。決して、わたしがノレノレと一緒に市を見物して回りたいだけ、というわけではないぞ」
スルトは念押しして、それからルルの手を引いた。
「それでだな。先程、向こうに吟遊詩人が立っていたのだ。冷やかしに行くとしよう!」
「吟遊詩人の歌を聞いて、何か冒険の依頼に繋がるものはないか探るのですね。さすがスルト様です」
だっ、と駆け出すスルト。引っ張られるルルの耳に、調子はずれの歌が聞こえてくる。
『~♪~おお、勇者の一党は影の悪魔と相まみえたり~♪~』
弦楽器をかき鳴らしながら歌うエルフ。まばらな人だかりができている。その中にスルトとルルも加わった。
『~♪~勇者エリンが聖剣~影を切り裂かんと欲するも~ええとなんだっけ~♪~』
赤ら顔のエルフはふらふらと揺れながらしゃっくりをする。しっかり歌え、などとヤジが飛ぶ。
『~♪~剣で影は殺せぬものなれば~あわれ勇者エリンは影の網に捕らえられん~♪~』
スルトが頷く。
「これはわたし達の歌だ!」
『~♪~さればと竜使い~炎あれと炎竜に命ずれば~炎竜が炎~影を追いやるなり~♪~』
「うんうん、あの時のノレノレは格好良かったぞ。もっとも、わたしが寛大な心でノレノレからのお願いを聞いてやったからこそあの悪魔を追い払えたんだけどな!」
「はい、スルト様。その節は僕の願いを聞き届けてくださりありがとうございました」
「うふん、そうそう、ノレノレは常にわたしに感謝してくれていいぞ?」
『~♪~炎竜に報いんと~竜使い秘薬を投じて餐でもてなす~それすなわち竜餐(ドラゴンクッキング)と人の呼ぶ~♪~』
「影の悪魔を倒した後のドラゴンクッキングは格段に良かったな」
「確かその時お出ししたのはドラゴンクッキング力味です。丁度いい具合に漬かったアカクビ草が手許にあったので」
「ビリリと辛くて炎のように熱いやつだった」
「スルト様がいつも美味しそうに食べてくださるのが僕の喜びですから」
『~♪~巌のファルグリム誤りて~竜餐を口にすれば~たちまち火を噴き血は沸き上がらん~♪~』
そのくだりを聞いたスルトは吹き出した。
「そういえばあの岩盤ドワーフ、欲張ってわたしのドラゴンクッキングまで食べてしまっていたな!」
「あれはスルト様用のドラゴンクッキングで味付けが違ったのです。人やドワーフ用に毒抜きすればおいしく食べられるものを、あの時のファルグリム様の反応は不本意でした。機会があれば、もっと素晴らしいドラゴンクッキングをご用意すると申し上げたのに、もう二度と手を出さないと神にまで誓われて……」
『~♪~されど巌のファルグリム~竜餐によりて湧き出る力は竜のごとく~肌は鋼のごとくなりけり~♪~』
「それにしても、素材さえあればもっと色々な風味のドラゴンクッキングを作れるのですが」
「ノレノレはドラゴンクッキングが本当に得意で大好きだな」
『~♪~さても巌のファルグリム~敵をなぎ倒すに常に苦虫しかめ面なるは~竜餐を口にしたればなり~♪~』
「僕がドラゴンの里で身に着けたこの世で最高の料理ですから。もっと皆さんにもこの素晴らしさを知ってもらいたいです」
『~♪~されば続きは~おひねりの後で~あれあれ~? おあしが少ないなら第一部完~♪~』
ふざけるな、ちゃんと最後まで歌え、等の声援を受けて、エルフは深く一礼して見せた。そして、深く響く声で名乗り上げる。
「呪歌のご用命があれば、いつなんなりと。エール一杯から受け付けておりますれば」
ルルはその姿に拍手を送りながら、スルトに向き直る。
「すっかり聞き入ってしまいました。今の歌の中に、何か冒険のヒントが見いだせればよいのですが……あれ? スルト様?」
いない。先ほどまで吟遊詩人を囲む人の輪に張り付いていたはずなのに、少し目を離した間に消えてしまった。
ルルは右に左に視線を投げかける。
いない。
右には、派手な羽飾りやら毛皮の帽子を並べている露店。
左には、大きめのテントに人が群がっている。「次のレースが始まるよ!」などと威勢の良い声も上がっていた。
その、どこにもスルトの姿は見当たらない。
ルルは急に心細くなった。そこで、暇そうにしている右の露店の店主に尋ねてみる。
「すみません、女の子を見ませんでしたか? 赤毛でとても神々しい少女なのですが」
「また、迷子探しか。見てないな。それより、何か買っていってくれよ。これなんかどうだ?」
薄汚れた身なりの店主は、縄で繋がれた白い小動物を指し示した。縮こまって震えている様は子犬のようだ。
「どうだ? かわいいもんだろ? 実はこれ、魔獣なんだぜ」
「魔獣? まだ子供のようですが……」
「俺は国境の向こう側のノーマンズランドで猟師をやってて、たまたま捕まえたのさ。ほら、ここにある毛皮の帽子も全部俺が獲ったので作ったんだ」
「申し訳ありませんが、急ぎますので……」
「そう言わずにさ。この魔獣、金貨1枚、100チェブラ―で買わないか? 飼ってもいいし、魔獣の肝や牙、爪は魔法の薬や道具の材料になるぞ。大きく育ててから絞めれば大儲けできるかもしれんぜ?」
薄汚れた身なりの男の売り込みを躱し、ルルはスルトの姿を求めて市をさまよい始める。
人の多い、市の中心部を探すべきか。
それとも、市の端の方から探すべきか。
市の端の方には、荷馬車や手押し車に混じって貴族が乗るような小綺麗な馬車も止まっていた。駐車場のようになっているらしい。
と、ルルは市の人混みの中に見知った顔を見る。
村に入る前に会話を交わした若い農夫、確かトウイとかいう若者だ。そのトウイが、きょろきょろと、まるで今のルルと同じように焦った様子で市場内を覗きまわっている。
ルルが気付いたのと同時に、トウイもルルに気付いたようだ。こちらに足早に近づいてきた。
「やあ、あんたか。なあ、うちのフラグを見なかったかい?」
ルルは挨拶もそこそこに尋ねられた。
「ちょっと目を離した隙に、どこか行っちまって……」
ルルは、スルトと一緒に石投げをしていた少女の姿を思い浮かべる。
「トウイさんもですか? 実はスルト様も姿が見えなくなってしまって……」
「そっちもかい? まったく、小さい子供はすぐにどこかいっちまうからなあ……」
トウイはぼやき、頭を掻く。そして、ルルに頭を下げてきた。
「なあ、そっちの子と一緒にうちの妹も探しておいてくれないか? あいつ、絶対に名前も知らない人にはついていかないって言ってたのに……。俺、まだ針を買えてないんだよ。それを済ませないと母さんに怒られるし。頼むよ、礼はするからさ」
「そういうことでしたら構いません。お任せください」
こうしてルルは2人の少女を探すことになった。
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