第35話 災いの解答


 ファウストロス、俺は世界の頂点に立つ野望を持っていた。


 だが、奴は俺を超える力を持っていた。

 同じ力では勝てない、だから俺は別の力を手に入れた。


 しかし、それでも俺は奴を抜けなかった。

 俺は勇者と決闘を行い、相打ちとなった。

 

 奴は自分の命と引き換えに俺の身体を消滅させ精神だけの存在にした。

 それも用心を重ねて精神を二つに分離までして。

 

 意識もなく世界を漂うだけの存在となった俺は勇者の目論見通り何もできなかった。

 それはもはや死に等しい。

 

 こうして、俺の野望を打ち砕いたと勇者は思っただろう。

 

 あいつは俺の執念を甘く見ていた。


 俺の二つの精神は示し合わせたかのように無意識の中で復活のために動いていた。

 

 何をしたか。

 強い欲望を持った者に取り憑き、俺の復活の為の贄を集めさせた。

 

 テヴェレとデレボールと言ったか。

 片方は薄れつつも強かった魔王になりたいという欲望。もう一つは世継ぎの子どものために人界の安寧という欲望。

 

 どちらも他に比類を許さないほどの強い欲望だった。

 

 精神体の俺にできたことは僅かな思考操作のみ。

 盲目になるほどの強い欲望がなければ操ることはできなかった。

 

 まさに俺にとって都合の良い者たちであった。

 

 あいつらは疑うことなく自分の望みを果たすべく戦争を起こした。

 自分の望みを果たしているのではなく、俺の贄を集めているとは知らずにな。

 

 勘違いはするなよ? 俺はやる気を与えただけで方法はあいつら自身が考えた。

 心のどこかではそんな考えがあったんだろう。

 

 最後はあいつら自身も俺の贄となったがな。

 

 テヴェレは流石は魔人族と言うべきか最後まで抵抗したが、それでも復活寸前の俺の力の前には無抵抗に等しい。

 

 一時は王となり己の望みを果たしたのだ。悔いはないだろう。

 

 クククク、ハハハハハハ。




 周りを忘れて大笑いするファウストロス。


 それよりも先に怒りが来た。


 全て、全てこいつが。こいつのせいで。

 魔族と人族の戦争のきっかけ。


 その後の歯車がずれたかのような不幸の連鎖も。


 全てはこいつから始まった。


 先程までの恐怖が怒りに染まった。


「だが、予想外としては一つ。貴様ら、現代の魔王と勇者が残っていたことだ。それも両者ともに深淵と聖力を使えるとは……だが、今の俺には恐れるに足らない」


 ファウストロスは軽く片腕を振った。


 すると鋭い風圧が飛んできて僕とアリシアの頬を切り裂いた。

 避けたところから血が垂れる。


「っ……」

 

 不意を突かれたとはいえ見えなかった。

 

 その悔しさの反撃とばかりに傷をアリシアのものと同時に治癒する。


「無理をするな。魔族の身体に聖力は毒だ」


 含み笑いでそう言ってくるファウストロスにさらにイラッとしてしまう。

 だが、力の差は明らか。

 

「リウォン、大丈夫だ。二人で行けば何とかなる」

「本当にそう思うのか?」


 僕はファウストロスの言葉を無視してアリシアの言葉を反芻する。

 

 大丈夫。

 一人で敵わなくても二人なら!!

 

 僕は聖剣を持ち直す。

 アリシアも既に魔剣を構えている。


「いいだろう。格の違いを見せてやる」


 ファウストロスは片手に刀身が紫色の長剣を取り出した。


「さぁ、来い。遊んでやる」


 お互いに牽制し合う中、まずはアリシアが動いた。

 一瞬にしてファウストロスの背後に移動し突きを繰り出す。


「チッ!!」

 

 アリシアが舌打ちをする。

 ファウストロスは目も向けずに長剣を肩上から背後に回してその刀身で防いで見せたのだ。


 完全に動きが見切られている証拠だ。

 これだけでも力量差は明らか。


 しかし、今は二対一。


 透かさず僕も斬り掛かる。


 高速の剣術と魔族の身体能力と魔力を加え、一つ一つが必殺の力を持つ。

 それを隙と見えるところに何度も打ち込んでいく。


「邪魔だ」


 ファウストロスは背後に浮かぶアリシアを魔力の衝撃波で吹き飛ばす。


 そして、僕の全ての攻撃を防いでしまった。

 それも全力で打ち込んでいるはずなのに、まるでクッションに斬り掛かっているかのように威力を削がれている。


 すると、ファウストロスはあからさまな溜め息を零した。


「嘗められたものだ。聖力も深淵も使わずに俺に勝てると? ……そもそもの話、貴様らの攻撃などこうしてしまえば無力だ」


 ファウストロスは指を鳴らすと自身を包み込むように魔力の球体が出現する。

 これはロスの……。


「ロスは我が半身。つまり、俺の魔法の一つ“絶対防御マイペース”だ。これを防……」

次元斬ディメンションスラッシュ!!」

「がっ!!」


 僕が突破できなかった“絶対防御”をアリシアはいとも簡単に切り裂いた。

 そして、その中にいるファウストロスの背も。


「小癪な!!」


 ファウストロスは右の人差し指をアリシアに向けると一瞬でその肩を貫いた。


「がっ……はぁはぁ」


 僕はすぐさま傷と一緒に黒の侵食も治癒魔法で消し去る。


「ふっ、ふふ、まさか“絶対防御”が破られるとはな」


 そう言いながら背の傷に黒いもやが集中したと思ったら、いつの間にか傷がなくなっていた。


「しかし、わからん。そんな力を持って人間に拘るのはなぜだ? 深淵しか使わずそれでいて人間に拘る。不可解だ。魔人化すればその力は全て思いのままだというのに。現に俺はそうした。奴を、勇者を超えるためにな」

「そうした、だと?」

「そもそも魔人族の起源は俺。つまり、元は人間だ」


 ……ど、どういうこと?


「考えてみろ。見た目自体は人間と何も変わらない。昔、俺は禁術で深淵を手に入れた。人間の身体では毒のこの力を順応した者。それが魔人族だ。その子孫も魔人族になるとは思ってもいなかったが」


 ということは他の魔族もそれぞれの動物が深淵を手に入れたことが原因?


 ……気になるけど、今はそんな状況じゃない。


 僕は聖力を用いて斬り掛かる。

 だけど、その途中で激痛が身体中に駆け巡り動きが止まってしまう。

 

 ……聖力を使いすぎた?


「ふ、見た目は無傷だが、中は重傷の域を超えているな。その治癒魔法で自分を治したらどうだ? ああ、治してもすぐに傷付くか。ククク」


 あまりの激痛に集中力が保てなくなり足場としていた魔方陣が消失する。

 そのまま地面に向かって落ちていく。


 動け、動け!!


 無駄な足掻きだけど片手を上に伸ばす。

 その伸ばした手をアリシアが掴んでくれた。


「大丈夫か?」

「ちょっと不味いかもしれない」

「……私の深淵の攻撃もそこまでダメージが与えられなかった。次元の吸い込みも持ち堪えやがったし」


 そのとき、ファウストロスから大笑いが聞こえてくる。


「いい、いいぞ。貴様ら、俺の部下になれ」

「何だと?」

「どうせこのまま戦っても貴様らに勝ち目はない。そして、俺は貴様らの願いを叶えてやれる」


 そのときファウストロスの周りに赤い文字が浮かび上がった。

 どこかで見覚えが……

 あっ、まさか……


「グリモアコード!? 大魔王の魔法」

「半分正解と言ったところか。グリモアコードとは魔王の証。深淵を扱える魔族、その頂点に立つ者の前に現われる。つまり、現時点では俺が最強の魔族と言うことだ」


 ……えーと、つまりグリモアコードは誰でもじゃなくて最強の魔族しか使えない魔法ってこと?


 それじゃ、僕たちの身体が入れ替わったのは僕とアリシアの魔力の暴走って話だったけど……。

 つまり、あのときアリシアがグリモアコードを所持していたけど無自覚で……。

 

 僕は身体を支えてくれているアリシアを半目で見詰める。

 すると、アリシアも同じ答えに行き着いていたらしくすーっと顔を逸らした。


「ふん、こんなことも知らなかったとは。魔王であり魔王でない。いや、そもそも聖力を使っている時点で資格すらないか。だが、貴様らの欲を現実の物としてやろう。断言しよう、お前たちは俺を殺すことはできない」


 ファウストロスの周囲を回っていた赤い文字、グリモアコードはさらに赤く輝きを放ち始めた。


「グリモアコード“無変虚飾イモータル”!!」

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